Billy Nomates 【3】 Blue Bones
今年4月、Billy Nomates のシングル《Blue Bones》がリリースされた。
彼女がギターを持つ姿をはじめて見たのでまずビジュアルが新鮮だった。そしてキャッチーな音と物語性を感じるビデオにわくわくしていると、実は歌詞が結構重い……と気づく。
Billy Nomates について (既存の拙稿)
《Blue Bones》 歌詞・ビデオ読解
Billy Nomates 曰く当楽曲は「自身の鬱との率直な対話」であり、それは「自分のなかで語りかけなければいけない部分」だったという(注1)。この発言を踏まえてビデオの内容を見返したい。
まずなぜフクロウのモチーフが選ばれたのか考えてみると、夜行性という点から、鬱の不眠または過眠から起こる昼夜逆転=「暗い夜に起きている状態」が想い起こされる。シンプルに鬱の「闇(病み)」のイメージとも結びつく。
そしてフクロウは「知性」のシンボルでもあるらしいが、当作品に登場するパペットはほんの少し歪である(おそらくビデオ制作準備中、見た目が気持ち悪いフクロウの人形を探しているという Billy Nomates 本人のツイートも見かけた)。鬱は当事者がもつ本来の「知」を歪めてしまう。フクロウの「歪さ」にはこの状態が反映されているという解釈も可能?
どれも的外れかもしれないが、あれこれ深掘りしたくなるビデオだ。
続いて注目したいのは、YouTube概要欄にクレジットがあるキャラクター。
出演 > "Death - Spencer Jones"
やはり男性の正体は「Death = 死神」だったのです。Billy Nomates はリビングに居座る死神のちょっかい(フクロウも操ってくる)をはね退けたり、付き合ってあげたりしつつ、最後にはこの死神に勝手に羽織われた革ジャンを何気なく奪い返し、新たなミュージックビデオへと飛び移る。
当作品は鬱という病と希死念慮に直球で迫りながら、サビはしっかり未来を向いている。諦観の先にたどり着いた希望が、暗い部屋のなかミラーボールに照らされチラチラ光る。この絵からはおそらく彼女自身がこれまで葛藤ないし共存してきた「死」と、それをいかに独自の音楽(作って、演奏して、唄って、踊って、という全ての表現)に昇華してきたかということが感じられ、じーぃんと来た。
映像の手法的にも気になる点がある。冒頭の不穏なズームやパペットの使用、また陰と陽が戯れる感じはもしかして Don't Hug Me I'm Scared の影響だろうか。Billy Nomates はシリーズのファンなので(注2)監督とどのような意見が交わされたのか興味が湧く。クレジットには監督以外のスタッフの名前もきっちり載っている。ミュージックビデオに詳細なクレジットが記載されるのは珍しい。作り手への敬意を感じる。
《22 spring》 の繊細さとDIY精神
《Blue Bones》リリースの約1ヶ月前にBandcamp限定でひっそりと公開されたこの曲のなかにも「死」があった。
Billy Nomates にしては珍しくメロウな曲調。春に訪れる憂鬱は他の季節よりもっと孤独なのかもしれない。質感は取って出しっぽいが、少し粗いまま聴かせてもらえる音源はむしろ貴重。
DIY精神は彼女の武器である。アメリカの Steve Albini も 彼女のような「ベッドルーム・アーティスト」たちの可能性に大きな価値を見出しているようだ。彼はあるポッドキャストで Billie Eilish の成功例を「音楽制作プロセスの民主化」の結果だと指摘したうえで、イングランドの Billy Nomates が世に出た経緯についても興奮気味に語った(注3)。
グラストンベリーと「政治」とTシャツと
今年 Billy Nomates はグラストンベリー・デビューも果たした。当フェスティバルの「ポップと政治」がテーマの会場「レフト・フィールド」創設20周年を祝うラインナップにおいて、土曜の夜という目玉な時間帯に組み込まれたことからは、彼女に対する業界の評価が窺える。
グラストンベリーはイギリスで最も重要視されるフェスティバルだが(注4)、開催前後のツイッターをみる限り本人は必要以上に大きな出来事だとは捉えていないようだった。ちなみに Steve Albini は上記のポッドキャストで商業的成功よりも個人的創作の達成の方がずっと重要だとも述べている(注3)。Billy Nomates も彼と同様に商業的価値にはそれほど重きを置いていないようだ。現にもっと小規模なフェスやライヴを大事にしている印象がある。
Billy Nomates ソロのライヴ映像は公式に挙がっていないようだが、Sleaford Mods とのコラボ楽曲での登場は上記YouTubeで視聴できる。この映像ではパフォーマンスはもちろん三者三様のTシャツ・センスが窺える。
そしてここで Billy Nomates の「シー・シェパード」Tシャツが気になるのだが、これは支持表明なのか、はたまた皮肉か……? つい「あたしもクジラを助けたい」とポップに歌う《Hippy Elite》を思い出した。この曲はそれでもお金と時間がなければ活動家になる余裕なんてないという労働者目線の嘆きだったが、彼女の真の問題意識は自身の物販の在り方から窺える。というのも、Billy Nomates のバンドT(ソロTといういべきか)製品情報には「100%オーガニック・リングスパンコットン、公正取引、持続可能、環境にやさしい」と示されているのだ。
「善人」でいること(あるいはそう振る舞うこと)がある種のトレンドのようなこの時代に、ミュージシャンもやさしいことや正しくあることが、これまで以上に評価されるようになってきたと感じる。
Billy Nomates の歌詞や言動からもやさしさや正義感のようなものは読み取れるが、多くの場合それらは葛藤を伴う。その姿勢は一筋縄では行かないからこそ信頼できる。加えて彼女の音楽がもつ説得力は、怒りや闇(病み)を生々しく爆発させてくれるところだ。それはきっと、心やさしき怒れる人々の琴線に触れる。
(*執筆中に参考にしていた Billy Nomates のツイッターアカウントは2022年8月現在削除されています。以下に引用したリンクは関係者の反応が残っているので敢えてそのまま使用します。)
注・参考資料
注1:Clash Magazine: Billy Nomates Digs Deep With ‘Blue Bones’(2022年4月13日更新/ヘッダー画像出典)
注2:Don't Hug Me I'm Scared はイギリス製作の映像シリーズ。どの作品も痛快でグロかわいい。Billy Nomates は、今年1月に公開されたヴィーガン向けの飲料 Oatly の宣伝動画を Don't Hug Me I'm Scared の盗作だと非難していた。Oatly 側はこれを否定しているが、筆者もかなりあやしいと思う……。
Don't Hug Me I'm Scared 既存エピソードより:
(2015年10月15日更新)
(2014年1月8日更新)
注3:Caropop Podcast: Steve Albini, Pt.1(31分あたり〜)
Steve Albini プロデュースの代表作品に Nirvana の『In Utero』がある。
余談:筆者が当作品を手にしたのは初渡英した19歳の頃だった。HMVで安売りされていたこのアルバムを、なんかちょっとドキドキしながら購入した。自室に帰ってからCDケースに直に貼られた割引ステッカーを必死で剥がしながら「こっちのお客さんは気にせえへんのか……」と、文化の違いみたいなものを感じた。『Nevermind』より先に手を出してしまったためか馴染むのに少し時間がかかったが、最近は無性に聴きたくなる1枚。
注4:A Brief History of Glastonbury Festival
1970年に開始したイギリスの野外フェスティバル。もとは音楽好きな農家さんが始めた独立系フェスだったのに、今や大きくなりすぎてチケット代が高騰しているのは少し残念。
Left Field 会場について
2002年会場創設に至った背景には、80年代の核軍縮キャンペーンや「マギー(サッチャー)によって破滅させられた炭鉱夫たち」への支援運動など、主催者団体が過去に参加した政治的活動があるらしい。遡って70年代当時に高まった環境保護運動への関心についても言及されている。
関連
映像作家 Tia Salisbury
《Blue Bones》ビデオの監督 Tia Salisbury は(Billy Nomates のレーベルと同じく)ブリストルを拠点とする映像作家。
彼女の作品にフィンランドを舞台にした短編映画があったことなどから出身はフィンランドと推察。配管工 Seppo 氏の単調な生活をブラックユーモアを交えて描いた作品で、おしゃれな北欧家屋の色合いも楽しめる。同時に《Blue Bones》と通ずるテーマが隠れているようにも思えた。
(英語字幕・台詞は少なく、3分以内の短い作品。気になった方は是非。)
注目バンド Yard Act とのコラボ
英リーズ出身の新鋭バンド Yard Act による《Quarantine The Sticks》という曲に Billy Nomates がバッキングコーラスで参加している。これは棍棒(The Sticks)をもった脅威がひとびとに隔離(Quarantine)を強いる様子を投げやりに歌ったもので、表現に誇張はあるかもしれないが、イギリス政府が厳格なロックダウンを施行していた頃の街の絵が浮かぶ。
この曲も含め、彼らのデビューアルバム『The Overload』には全体的に大胆な社会風刺が散りばめられている。その作風とヴォーカルの声質からは The Fall を思い出した。
(ちなみに当アルバムはUKチャート第2位を記録し国内外でバンドの認知度は急上昇した。今年1月のリリース以降はツアーのため欧米諸国を駆け回っていて、上述のグラストンベリーのレフト・フィールドでは Billy Nomates の出演後土曜のトリを務めた。)
個人的に特にミュージックビデオでは《Rich》という曲を楽しんでいる。たった50ペンス(=約80円)の賭け金が当たり "rich" になってしまったひとびと。彼らは金持ちになったがために生活や価値観が変化していき、周囲の憎悪に晒されながら暮らすことになる。
イングランド北部訛りで資本主義社会の寓話が語られる。地方の労働者階級の節回しはイギリス音楽の「伝統」のひとつを引き継いでいるように聞こえる。しかし《Dead Horse》ではこんな一節も。
自身らの音楽のなかで自国の「良き音楽」を惜しむ俯瞰的かつ自虐的視点。
なお「かつて偉大だったこの国」というフレーズは、前段のくだりを踏まえると政治的皮肉も孕む。
兄貴バンド Beak
《Blue Bones》のプロデューサーのひとりであり、Billy Nomates 所属レーベル Invada Records 代表の Geoff Barrow は、近年は Portishead よりも Beak というバンドで主に活動している。以下のパフォーマンスが特にかっこよかった。
お勧めプレイリスト
この記事の内容とやんわり繋りがあるものを中心に、好きな曲を並べました。
(約8,500文字)