杉川 一二美/Agriすぎかわ
女性も主体的に経営に取り組めば、農業はもっと楽しくなる・・・家族経営協定を締結
■プロフィール
香川県小豆島で保育士として働いていた20代のころ、青年団の交流会で未来の夫となる将登(まさと)さんと知りあい、1991年に結婚。
娘2人が生まれてからは、子育てや家事をしながら、夫と両親について作業を手伝ううちに、農業の面白さにハマり、もっと勉強したいと希望するようになる。
1999年、家族経営協定締結を機に農業改良普及員を先生に勉強会を設立。自分も経営を担う一員としてスイカの裏作として始めたストックなどの切り花を担当することになった。同時に農業の基礎を学ぶために、結婚をきっかけに農業を始めた女性7〜8人を誘って勉強会を企画し、3年にわたって農業の基礎を学ぶ。同年、認定農業者になる。
2012年、夫が西瓜組合の会長になったことを機に(〜2018年)、本格的に若手女性農業者の勉強会「スマイルサークル」を結成。この時に初めて、家族・親族以外から雇用したのを機に、2019年に法人化に踏み切り、取締役に就任。
サークル活動が軌道に乗った2018年、他の女性グループや、グループに所属しない人も気軽に交流できて情報交換できる場所を作ろうと、「とっとり農業女子ネットワーク〜キラリ☆鳥取あぐりジェンヌ」を結成。
共同マルシェの開催や、「おしゃれなPOP作り」の勉強会、オリジナルのロゴマークやポロシャツなどを作成したり、農作業中のトイレの問題の解決など、さまざまな企画を手掛ける。
名実とともに、鳥取県内の農業女性を牽引するリーダー的として、県の指導農業士に認定されているほか、北栄町の農業委員、鳥取県花き振興協議会会長、男女共同参画に関する講演活動など、八面六臂の活躍だ。
■農業を職業にした理由
香川県の小豆島で保育士として働いていた20代、青年団の交流会で鳥取県に住む将登さんと出会う。
小豆島は今でこそオリーブの島として知られるが、30年以上前には、農業は産業のなかでも比較的軽視されていた。しかし、将登さんの「農業は食の源で、国の根幹だ」「命のもとをつかさどるのは農家だけえな」と誇りを持って農業に携わる姿に心動かされて、1991年に結婚。
鳥取県はスイカの生産で全国4位だが、そのなかでも北栄町(旧大栄町)は、明治時代から歴史がある、西日本を代表する「大栄西瓜」の産地だ。夫の将登さんの実家も3代続いたスイカの専業農家。
保育士としてのキャリアはあったが、農業は未経験だったので、結婚してしばらくは夫やその両親に言われた通り、言われたことをやるだけだった。しかし、夫の手伝いでスイカの接ぎ木作業や交配などを手伝ううちに、面白さに目覚め、農業を基礎から学びたいと考えるようになる。
同時に、娘2人を産み、育児や家事をしながら農作業の手伝いをしている生活をかえりみて、保育士時代は経済的に自立していたのに、今の自分はやりたいこと、思ったことがなかなかできず、中途半端な状態だと焦燥感を覚えるように…。
そんななか、農業にたずさわる家族一人ひとりがやりがいを感じられるように、役割分担や報酬について話し合う「家族経営協定」と言う取り決めがあることを農業改良普及員の勉強会で知った。
日本の伝統的な農業は、家族単位が大半を占めるが、家族だからこそ、経営と生活の境界がなく、女性の場合、経営権を持つ夫や息子のサポート役にとどまり、労働時間や報酬などの条件面が曖昧で、そのことに対するストレスや不満が生まれがちだ。
しかし、農業経営に家族全員が参加することで、一人ひとりがやりがいを持って意欲的に農業に取り組むことができるほか、家族経営協定を締結することで、配偶者や後継者にも農業者年金の保険料の一部が助成されたり、認定農業者にはさまざまなメリットもあるという。
夫にも農業改良普及員の説明を理解してもらった結果、1999年に家族経営協定を締結。自分も夫と2人で経営をまわしていこうという意識が生まれ、切花のストックを担当することになった。これを機に農業の基礎を学びたいと希望を伝えて、育児や家事を続けながら、自分と同じように嫁入りした女性たち7、8人を誘って、農業改良普及員のもとで勉強を続け、認定農業者の資格も取得。
2012年に夫が「JA鳥取中央大栄西瓜組合協議会」の会長になったとき、「何か力になりたい」と悩むようになった。かつての自分のように言われたことだけをする農業ではなく、女性も主体的に取り組むことができる機会を増やしたいと、スイカ農家に嫁いだ女性を集めた「スマイルサークル」を結成。
農業の基礎を学びたいと思った時と同様に、「男性は外に出て学ぶ機会があるのに、女性はそんな機会が少ない。言われたことだけをする農業は一番楽しくない。自分の頭で考えて、主体的に取り組めば、農業はもっと面白くなるはず!それが"大栄西瓜”ブランドの発展にもつながる」と考えて、栽培に関する勉強会を開いたり、メンバー同士の畑を見てまわり、良いところがあれば積極的に参考にしたという。
■農業の魅力とは
保育士でしたから食への関心はありましたが、故郷の小豆島には広い農地もなく、農業を下に見るような風潮がありましたから、夫と出会って、農業に誇りを持って取り組む姿にまぶしさを感じました。
でも、会社員の家庭で育ったので農業に関する知識はゼロ。結婚当初は夫や両親の言う通りに体を動かす日々をおくっていました。娘が2人生まれた後も子育てしながら、農作業を手伝っていましたが、そのうちだんだん農業の面白さを感じるようになりました。
たとえば、毎年同じ畑で栽培していると連作障害といって、土壌の養分が減って、病害虫が増えて野菜の育ちが悪くなります。スイカの場合、ユウガオ(かんぴょう)を台木(だいぎ)に使って接ぎ木することで、病害虫や低温に強く、果実の品質を安定させるのですが、台木は根っこを切っても土に挿して数日すると根が生えて苗になることにおもしろさを感じました。また自分が人工授粉(交配)させた苗がどんどん育つことも楽しかった…、要するに農業にハマってしまったんですね(笑)。
あらためて農業にちゃんと向き合いたい! でも自分には基礎がないのでどうしよう?…、悩んでいたときに、農業改良普及員から家族経営協定について学びました。結婚前は保育士として自立し給料もあったのに、農業の場合、女性はあくまで妻であり母であり、子育てしたり家事をしながら手伝うしかなく、いろいろやってみたいことはあるのに、中途半端な立場だとずっと不満に思っていたのです。
そこで夫に「私もあなたと一緒に農業に取り組みたい。もっといろいろなことに挑戦したい」と提案した結果、農業改良普及員の説明を聞いてくれて、家族経営協定を締結することに賛同してくれました。
その際に農業の基礎を勉強したいと願い出たのです。このとき、私と同じように嫁入りして農業を始めた女性数人も誘って勉強会を企画し、3年続けた経験が後のサークル活動につながります。
男性は外に出て技術を学ぶ機会がありますが、当時、女性にはそんな機会は多くありません。夫や親に言われたことだけをする農業は楽しくないじゃないですか。自分の頭で考えて主体的に取り組めば、農業はもっとおもしろくなると思ったのです。
夫が2012年にJAの生産組合の協議会長になったときも同じ気持ちでした。「私も何か力になりたい、自分にも何かできるんじゃないだろうか?」と考えた末、若い女性農業者を集めた「スマイルサークル」を結成しました。私たち女性が楽しんで農業に取り組むことが、これからの"大栄西瓜"のブランドをもっと強固にすると考えたからです。
メンバーを集めるのは比較的簡単でした。私が大栄町に越してきた当時、臨時保育士として働いていた当時の教え子や、その結婚相手たちが成長して親元に就農していたからです。
サークルでは、農業改良普及員を講師に招いて、月に1回、スイカ栽培の勉強会を開いたり、メンバーの畑を視察して、良い点や改善点を指摘し合いました。
農家同士って遠慮がありますから、お互いの栽培環境を見る機会が少ないのですが、私たちはよそから来たお嫁さん同士ですから、そんな遠慮はないんですね(笑)。「○○さんの畑ではこんな風にやってるんだ、ウチも真似していい?」なんてみんなでワイワイ言いながら、家に帰って夫に伝えると言う具合。
スイカの作業は膝をついたり、地面にお尻をついた座り作業がありますから、サークルのみんなで話し合って、熱さや冷えを軽減するアイテム「えぇあんばい」を開発したりしました。今では北栄町のスイカ農家はこれなしでは作業できないほど普及しています。
ほかにも、全国のスイカ産地の後継者が集まる「スイカヤングサミット」に参加したり、農作業着のファッションショーなどを企画して、スマイルサークルが注目をされるようになった頃、鳥取県内の他の女性農業者のグループと知り合う機会がありました。
小さなコミュニティで固まるのではなく、もっと多くの女性農業者とつながって、気軽に交流したいと立ち上げたのが「とっとり農業女子ネットワーク〜キラリ☆鳥取あぐりジェンヌ」です。
2018年の結成以来、スイカだけでなく、野菜や果樹、酪農などさまざまな品目を作るメンバーが参加し、一時は50人を超えました。おしゃれなPOP作りを学んだり、オリジナルのロゴマークや揃いのポロシャツを作ってマルシェを共同開催したり、たくさんのお客さんに喜んでもらえて、とても楽しかった。
コロナ禍を経て、みんなで集まることは難しくなりましたが、メンバーからは農業委員に選ばれた女性もいます。農業の魅力発信コンソーシアムのロールモデルにもなっている智頭町の古谷葉子さんです!
私たちは人生をかけて農業や子育てに取り組んでいます。農業はやればやるほど深みにハマる職業ですが、時間を積み重ねるなかで、どうやってこの時間をおもしろくするか、楽しみを見つけられるかが私の原動力になっています。
女性が楽しく生き生きと活動できる環境であれば、その町は元気になります。自分の今の世界から前に踏み出して、互いに切磋琢磨できる環境を作りたいと思って止みません。
■今後の展望
代表をつとめる夫が、西瓜組合協議会の会長職についていた2012年〜2018年に初めて家族以外の従業員を雇用したことで、翌2019年に法人化に踏み切りました。
家族経営であれば、スイカの卸売価格が大暴落しても、「来年こそは良い年になるだろう」で済みましたが、従業員を雇用すれば彼らの生活を守るために、経営を安定させて利益追求を優先させなければなりません。
そのため、当初はスイカの裏作扱いだったストックやトルコキキョウなどの生産にも力を入れています。2021年からは黒ニンニクの加工も始めていますが、時代のニーズに合わせて、新しく始めたいと思ったことに敏速に挑戦できる小回りの良さも農業の魅力だと思います。
経営規模を拡大するには、雇用の必要もあります。人手の確保が課題ですが、新規就農を目指す研修生を受け入れて、社員にしたり、独立を支援するなどして、経営拡大と地元農業の活性化に貢献したいと思っています。
スイカを育てるには、熟練した人の技術が不可欠です。接ぎ木の機械化やミツバチによる受粉などで省力化できても、大事なポイントは人の手が欠かせませんから、時代の変化には柔軟に対応しながら、継承するものは次の世代に受け継いでいきたい。
今、私は59歳(2024年4月現在)。サークル活動や勉強会も若返りを図りながら、最近では男女共同参画などについて講演活動に力を入れています。女性が暮らしにくい場所に、息子たちはお嫁さんを連れてこないし、ましてや娘は外に出て行ってしまいますから、女性が流出する町の未来は厳しいのです。
私も地域の農業委員をつとめて4期目になります。北栄町に来ている地域おこし協力隊の女性が、活動から卒業したら農業をやりたいと言ってくれているので、その時は農地を紹介したり、空き家を探したり、役に立てると思います。
地方で農業を始める若者にとっては、「田舎は排他的なんじゃないか」などといった心配もあると思います。私自身、30年前に越してきたときには、一挙手一投足を観察されたり、言葉も違うので変わり者だと思われたこともあるので気持ちは理解できます。
ですから、これからは新しく農業を始めようと志す人たちのために、少しでも楽しく暮らせるよう応援していきたい。そうやって生産者の仲間を増やすことが、"大栄西瓜"の産地を守ることにもつながるのです。
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