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研究者である私のロールモデルは「セーラームーン」



「大学で働く助教の女性」ときいてどんな人を想像しますか?


私は普段、日本の大学で、助教としてはたらいています。

みなさん「大学で働く助教の女性」ときいて、どんな人を想像しますか?

気が強そうで、融通が利かず、仕事一筋な人といった感じでしょうか?
かっこいい男勝りな女性でしょうか?

男社会の中で、バリバリやっていける強い女性でしょうか?

普段、生活しているとそういうステレオタイプで、私のことを認識されているのかなと感じます

ただ、私は本当にそういう人なんだろうか?
あるいは、私は本当にそういう存在を目指しているから、今大学で助教としてはたらいているんだろうか?

と時折、違和感に感じます


「バリキャリ」と言われることへの違和感


「私の友達のなかで、ミナミが一番バリキャリだよ」

学生時代からの友人に言われた一言です

そのとき、私は「私ってバリキャリなんだ…?」と思いました

たしかに専業主婦ではありませんし、独身なので家庭を優先して仕事をセーブわけではありません

でも、私としては、仕事としてたまたま大学で働くことを選んだだけです。

「バリキャリ」を目指していたわけでも、なりたかったわけでもありません

でも今の私を何かカテゴライズしようとするのであれば、「バリキャリ」ということになるのでしょうか?

私は、このような体験を通じて、日本では女性の社会活動におけるスタイルの多様性が少ないのを感じました

きっと私を形容する言葉がバリキャリしかないのでしょう

また、改めて日本ではカテゴライズする・形式を大事にするという特性が強いことを再確認しました。


では、私はどんな存在を目指しているのか?

自分の原点はセーラームーンかもしれない


では私はどういう自分になりたいになりたいんだろう?
どういう女性が好きだろう?

そう考え始めたとき、私の原点は「セーラームーン」だと気づきました

私は、セーラームーン世代ど真ん中ではないのですが
いとこの存在があったので子供のころにたくさんセーラームーンのアニメを見ました

セーラームーンは「美少女戦士」です

ヒーローの助けを待つ、か弱い美少女ではなく、世界を救うために戦うかっこいい女性です

おしゃれなアイテムを使って変身します

その一方で、友情も大事にするし、恋もする女子高生でもあります

つまり、私にとってセーラームーンとは、

かっこよさを兼ね備えると同時に、可愛さとオシャレさを備え、もちろん恋もする普通の女の子です。

どの場面を切り取るかによって、セーラームーンも見え方が変わるでしょう。

敵と戦うところだけを切り取ると、セーラームーンも「鉄の女」と形容されるかもしれません

でも、セーラームーンは本当に「鉄の女」でしたか?



私はセーラームーンが好きです

私は、ただ一人で生きていける強い存在になりたいのではなく、カッコよさも兼ね備えつつも、恋も友情も大事にするキラキラした普通の女性としての自分も両立したいのです

そんなごく当たり前のことを思いました



(そして、セーラームーン、今はプリキュア?のような幼少の頃のアニメの存在が気づかないうちに女性の社会進出において重要な役割を果たしているのかもなとも思いました)






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