見出し画像

ア【400字小説】

あっという間にデートの時間は終わってしまう。
「ああ、」ってため息を吐いたら、「どうしたの?」って剛《たける》に心配を。
「寂しいの」と言うのは勇気がいるから、黙り込んでしまった。

こっそり登った進入禁止の蔵春閣の屋上。
夜景が見えてきれいだった、寒かったけど。
剛はずっとまつげの長い瞳で見つめるから、恥ずかしくって「そんなに見ないでよ」って突き放して。
そしたら「抱き寄せてもいいですか?」って朝ドラみたいなセリフを。

私は《なんで敬語?》とも聞き返せず、驚いてしまった。
また返事に困窮していると、強引に抱き寄せられて「あ、」と私は声を。

寄せたほっぺが冷たくて、そのことを伝えたら私の声が震えていた。
「寒いの?」って訊かれたから、そうじゃないけれど、「うん、」って。

初めて嗅ぐ、剛の匂い。
空気がとても澄んで。
素敵な時間だなって満喫。
でも、それは一瞬。
剛が「ア!」っていうから、振り向いたら、市の職員らしき人がこんな真夜中に。

❏❏❏

いいなと思ったら応援しよう!