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浦島太郎、20年後の話【400字小説】

海で白い波がたっていた。心の余裕があった。海の鳥が鳴いている。犬が砂浜を走っている。街での暮らしにも慣れた。最初はどうなるかと思った。「なんとかなるよ」と親切にしてくれた若者の幸太の言葉が耳に残っている。幸太は自殺した、やさしすぎて。悲しい、今でも悔しい。幸太の死を突き付けられて、昔に帰りたいという気持ちはなくなった。生き残っただけ儲けもの。雪はまだ降らない。もしかしたら今年も降らないで終わるかもしれない。なかなか近年、雪は積もらない。「雪かきがなくて楽だよ」とか「風情がなくて寂しいな」という声が聞こえた。音楽が聞こえる。砂浜で波乗りをしている少女たちを見守る親だろうか、音楽を流しているのだ。振り返って海を背にする。そこにはビル群が建ち並んでいた。今はいつなのかいまだに年号を聞いてもピンと来ない。竜宮城の話は誰にもしなくなった。精神分裂症と記憶喪失だと診断された、それでもわたしはわたしだ。

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