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【400字小説】悪夢と影

春に引っ越してきた。

父は焼け死んだ。火事だ。猫は自力で脱出。燃え落ちた自宅は、父の断末魔のように見えた、その影。母はやっと立てていただけ。

わたしは母を抱き締めた。時折、思い出しては泣く。「怖いの」とわたしに甘えてくることもある。とはいえ、わたしは50歳のおじさんでも、母にとってはいつまで経っても子ども。「しっかり生きなさい」と涙を拭いた後に必ず言う、愛。

引っ越し先でも、火事で家を失ったことは皆にバレていた。世界中にばら撒かれて。影だけが追いかけてこない。ずっと後ろにいるけれど。わたしが歩くスピードで影も歩く。

母には影がなくなった。魂が死んだ証拠。名前は今日子。なのに今日も今も生きられなくなった、火事のあとは。うすら寒くても、熱中症になりそうな暑さでも、ただ肉体という器が存在するだけ。

愛は器の穴から漏れてしまった。母だった形跡はなく、わたしだけしか認識できないという矛盾。逃げた猫はもう見かけない。

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