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The City Dreaming

霧の中の夢だった―――

長野シティから上京し参戦したZAZEN BOYS日本武道館公演。先日の10月27日。幽体離脱したような感覚でその“祭り”に立ち会った。 

東京に行ったのはコロナ禍以前に遡る。それが明けてからでも、わたしは精神病だから遠方に行くのは負担なので避けてきたが、今回ばかりは期待値が高く参加するに至った。しかしながら、久しぶりの東京はSHI・GE・KI的すぎた。溢れ返る人々、その中に埋もれる個性。大量に人間がいるのに、誰もがスマートフォンに釘付けにされ、孤独だった。精神病者にとっては人数の圧倒的な多さと致命的な情報過多さにヤラレそうになり、パニック寸前だった。発狂しそうだった。かつて暮らした東京なのに、わたしは拒絶したし、東京もわたしを排除しようとしているように感じた。

大歓声の中、武道館のステージに現われたZAZEN BOYSの人たちはThe City Dreamingの世界のなかにいた。二階席から見る眼下には幾千人もの人々が蠢いていた。誰もが皆、熱狂している。一方でわたしはメンバーが登場しても興奮はなかった。彼らは虚構の世界線にいるのではと目の前の現実を疑った。

とはいえ、夢の中だろうが一曲足りとも聴き逃したくなくて、前のめりで食らいついた。その期待通り、ZAZEN BOYSの演奏に引きつけられずにはいられなかった。特にドラムの松下敦さんの演奏が凄まじかった。ZAZEN BOYSとはThis is 向井秀徳のものではなく、裏で松下さんが中核を成すのではと思うほど素晴らしかった。重くかつ軽快な疾走感や、腹に響くキック、にじみ出る人間味などが心に響いた。今日のMVPは松下さんに決まりだなと思っていた、序盤までは。ところがいつの間にかギターの吉兼さんもベースのMIYAさんもクセの強い個性を発揮していることに気づいて、わたしはさらに激しく体を揺らしていた。簡単に言えばカッコよろしい。複雑にするなら、音像の向こう側に生き様や背負っている過ちを見せつけられた。なんて集団なんだ。恐ろしい化け物たちだ。その猛者たちを結束させる統率力を備えたThis is 向井秀徳にゾッとした。

野暮なことを書くなら、個人的に印象に残ったのは「HIMITSU GIRL’S TOP SECRET」、「チャイコフスキーでよろしく」、「破裂音の朝」、「I Don’t Wanna Be With You」、「6本の狂ったハガネの振動」、「永遠少女」などがそれか。その中でも特別だと思わずにいられなかったのは「YAKIIMO」。This is 向井秀徳のギターのDelayが歪みながら反響していくのがイッてしまいそうなど心地良かったし、哀愁を感じずにはいられなかった。This is 向井秀徳のざらつき、くぐもった「♪石焼きいも~」の歌声が絶望的なほど感受性に染みた。そのギターと歌に“生きる”ノイズの悲しみを見た。ひず んでいたんだ、ゆが んで見えたんだ。この曲だけは体を揺らして聴くことができなかった。微動だにできなかった。鬼気迫るものがあったからだ。儚く悲しかった。わりと意外なほど寂しく、楽しかった。多分、本編の中で、いや、今回東京にいた数時間のなかで唯一、夢ではなくはっきりとした現実だった。

「自問自答」も「Asobi」も「Amayadori」も「The City Dreaming」も演奏されなかった。残念な気持ちはないと言えば嘘になるが、たっぷりZAZEN BOYSを体感した3時間半超え。なのにまだ名曲を残している。それほど切り札は揃っている。わたしとしては満足、ほぼ大満足。終演直後、放心してお客さんが乱れ散っていくのを観客席から眺めていた。係員が来るまで動かなかった。そして、武道館を出ると雨が降っていた。その冷たさは非現実。眠らない東京駅に着いても、わたしは全部夢の中。予定していた新幹線より一本前のに駆け足で乗車した。用意したハイボール缶を飲みながら、ただただ呆然。帰って来た長野シティでも雨は降っていて、東京のunrealityと長野シティのrealityがいつの間にかひとつの一日として繋がった。

東京という名の夢、水辺を挟んだ向こう岸にいるのを見て聴いたZAZEN BOYS。それは確かにあったし居たが、体温を感じることはもちろん、ましてや抱きしめることもできない幻。と同時に演奏には血流を感じた。真っ赤な血が流れていた。泣いていた。叫んでいた。歪んでいた。生きていた。それは夢の中に巻き込まれたわたしにも確実に届いた。それは事実。感動したのだが、一言では言い表せない。ずっと言語化を試みている。だがここには最後まで書けなかった。今回の公演はBlu-rayとCDのBOXセットで販売されるようだ。そこに記憶は焼き付けられるか。いや、あの日の夢はもう見られない。記憶はすべて薄れていくだろう。でも確実にわたしは東京に行ったし、ZAZEN BOYSを目撃した。それらすべてが壮大な夢であった。もしかしたら東京が見た夢をわたしは見たのかもしれない。それともZAZEN BOYSの彼らが見た夢? The City Dreamingはもしかしたらとてもやさしいのか。心地よく感受性を揺らした夢だったのは間違いない。

《了》

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