持てる者に持たざる者の苦悩は共有できない

持たざる者
「Twitterに絵をアップしても全然いいねやRTが増えない。どうしたら増えるんだろう」

持てる者
「いいねやRTの数なんてなんの意味もない。好きな絵を好きなように描くことが大事なんだ」

持てる者さんのアドバイスは正しいと思います。少なくとも間違ってはいないでしょう。
しかし、これは持たざる者さんが今欲しい(求めている)アドバイスでもなければ、持たざる者さんの苦悩を持てる者さんが理解しているわけでもないのです。

リアクションの重みは人それぞれ

いいねやRTを引っくるめてここではリアクションと呼ぶことにしますが、リアクションの重みはすべての人に等しいわけではありません。

  • 常に数千から万のリアクションがつく

  • 数百から千程度のリアクションがつく

  • 百から五百程度のリアクションがつく

  • 数十から百前後のリアクションがつく

  • どうにか五十程度のリアクションがつく

  • 一桁から十前後のリアクションがつく

上の方ほど数についてそれほど重きを置かない「持てる者さん」側の人々。
下の方ほどリアクションの数が命綱の「持たざる者さん」側の人々ではないでしょうか。

持たざる者さんにとって、数少ないリアクションは評価を端的に実感できるものでしょう。
持てる者さんはリアクション以外にも熱烈な言葉による感想を貰えたり、もっと即物的に「売上」という形が得られているのかもしれません。

両者にとってリアクションの重さは等価ではなく、持てる者さんはないがしろにはしていないでしょうがSNSの評価が自分自身や自身の作品に対する評価とイコールではないということを冷静に理解できる程度の余裕はあるのでしょう。
一方で持たざる者さんにとっては、リアクションが唯一返ってくる反応で、それくらいしか縋るものがない状態に置かれている人も少なからずいるのではないでしょうか。

「持たざる者」の孤独感

持たざる者さんは孤独感に苛まれていることが多いのではないかと勝手に推察します。
何をやってみてもリアクションが増えることもなければフォロワーが増えるわけでもない、暗中摸索で不如意の状態が続いているのではないかと思うのです。

ここで持てる者さんが「僕も昔はそうだった、頑張れ」とか言っちゃうのはあまりよろしくないと思います。
うつ病などの精神疾患を患っている人に頑張れは禁句だとよく言われますが、持たざる人も頑張ってないわけではない。頑張って消耗している状態にあると思います。
消耗しているときに持てる者さんからそんなことを言われてしまった持たざる者さんは「何言ってくれてねん。頑張っとるわ。周りに沢山人がいるお前に何がわかんねん!」と思うこともあるのではと。

率直な思いとして「持たざる者を救えるのは持てる者ではない」のではないかと思っています。
持てる者は持たざる者の苦悩を理解することも共有することもできません。
持てる者さんが手を差し伸べたところで、第三者には持てる者さんというフィルタがかかっている状態なので、持たざる者さんを注目させるのではなく、かえって持てる者さんの陰に隠してしまうこともあるのではと。
残念なことに、持てる者さんの持つ強すぎる光がハレーションを起こして、持たざる者さんを見えなくしてしまうのです。

別世界の生き物と思ったほうがいい

持たざる者さんと持てる者さんが同じ目線に立つことは、残念ながらないと思います。
もし持たざる者さんに何かが起きて持てる者さん側になれたとしても、そのとき新たな持たざる者さんと同じ目線にはもう立てないからです。

持たざる者さんは持てる者さんのことを別世界の生き物だと思って、比べることをしないのが一番良いのではないかと。
結局冒頭の持てる者さんのアドバイス通りなんですが、嫌でも相対的評価として見えてしまうネットの世界だと容易なことでは無いとは思うのですよね。

しんどくなったら、絵を描けなくなる前に、本格的にこじらせて精神を病む前に、SNSから逃げ出したほうがいいと思います。

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