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1か月・3か所の有機農家や古民家、家族の畑づくりなどをした感想と違和感

 日本に帰国して1か月ほど転々として、3か所ほど住み込みでボランティアをしていた。有機農家でファームステイや野菜収穫、山奥で古民家改修、家族の畑づくりなどした。ボランティアなので、お金が出るはずもなく、数時間手伝う代わりに住むところと食事が提供された。
 3か所、一か月間過ごして一番に思ったことは、人それぞれ信念があるということ。地球に優しい暮らしを目指すという哲学を持ち、ファームステイを実施したり、有機野菜を出荷したりする。限界集落で健康的な食事を心がけ、みんなが集まる場所を作る。家族が楽しく生活するために、宿や自然に沿った畑づくりをする。それぞれ行った場所で人々は信念を持ち、その信念に基づいて行動していた。そんな中で違和感を持った点は、信念から自意識が顔を出して、極端になりすぎるときがあるということ。   
 例えば山奥に家族で住んで、古民家を改修して宿を作り貸し出す。温水シャワー、ふかふかのベッド、快適なwifiなどちゃんとしたホテルのように設備が整い、お洒落で綺麗な空間が出来上がっている。そして山の絶景が見渡せる。ちょっと目立ちすぎというか、かっこつけすぎというか。結局それは金持ち相手のバカンス向けの施設になってしまうだけのような気がする。
 また、添加物を一切とらず、他にも食べない食材がたくさんある。いわゆる丁寧な暮らしをする。今回の滞在中や、以前にカフェ兼パン屋で少しお手伝いをした時も思った。無添加や体に優しい食材ばかりを食べていると、正直飽きてくる。だんだんと、街中のラーメン屋や牛丼やファミレス、何も気にせずに居酒屋に入って、好きなものをたらふく食べたくなる衝動に駆られる。結局俺は体に優しいと言われる物だけを食べ続けるものは無理なんだと悟った。また、これまで特に食生活に気をつけずとも健康でいられているこも理由になるのかもしれない。
 山奥で暮らす生活がかっこいい、丁寧な暮らしが自然と体に優しいからずっと続ける。自分にとって我慢の範囲を超えること。色々なところを周っていると、暮らしや考え方が今まで自分が過ごしてきた生き方と離れているなと感じる時があった。
 時にはその信念を押し付け、自分がそれに意見を言おうとすることさえはばかられる雰囲気が出た時もあった。信念を持つことは大事だけど、それが自分にとって無理していない考え方、生き方になっていないか。人への押し付けになっていないか。他に取り入れられる考え方はないか。そして人からの評価やブランディングを気にしすぎず、自然体でいられているのか。そうした自己点検が時々で必要になってくると思う。

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