ジョゼフィンお嬢さんのお話 ~7. ヴァルハラへ
(1) 最後のお世話
夜間救急病院のスタッフは、棺になるかわいい箱に新しい真っ白なタオルを敷いて、ジョゼフィンお嬢さんを寝かせてくれた。ワタクシはそれを抱えた。
待合室は混んでいた。みんな、大切な家族を連れてきている。
そこを通り抜けるときに感じた憐憫の視線をワタクシは忘れない。
「ワタクシの大切なジョゼフィンお嬢さんは逝っちゃったよ。みなさんの大切なコたちは、いっしょにおうちに帰れますように」
お嬢さんの亡骸とともに帰宅したときは、日が変わっていた。
みんなをジョゼフィンお嬢さんに会わせなきゃいけない。リビングに亡骸を安置することにし、お嬢さんがよく使っていたベッドを持ってきた。念のためペットシーツを敷いたが、お嬢さんはおしっこをほんの一筋流しただけで、他には何も汚さなかった。最後の最後まで「できた猫」だった。
身だしなみを整えた。美しいお嬢さんを美しく送り出したかったので、きらきら金色のレッドの毛をいつもの櫛で梳かした。お嬢さんはしっぽの毛を梳かされるのがキライだった。いつも、「ごめんね、ジョゼ。すぐ終わるからね」と言いながら梳かした。今回もそうした。最後にそうした。
櫛で梳いても、お嬢さんの毛は全く抜けなかった。撫ぜただけでふわふわ舞う金の毛だったのに、梳かしても梳かしても抜けなかった。
「ほんとうに死んじゃったんだな...」
眠っているだけのように見えるのに、お嬢さんはもう二度と動くことも起き上がることもない。ジョゼフィンお嬢さんは、ほんとうにこの世の猫ではなくなってしまったことに、ようやく現実味を感じ始めた。
最後に、爪を切った。
爪切りのときに逃げたことがないお嬢さん、いつもおとなしくダーリンやワタクシの胡坐の中に座っていた。
このときに切った爪は、大切にとってある。
好きなものをいっぱい持たせてあげようと思った。好きなごはん、好きなおやつ、好きなおもちゃ。大好きな「とってこい遊び」のためのまるめたティッシュ。実はどんなおもちゃよりもこれがいちばん好きだった。
10月半ば。ハウプトニコライブルクの夜間は冷える。ニコライ宮殿には暖房が入っていた。ワタクシは冷凍庫から氷を出し、お嬢さんのカラダの周囲に置いた。最後に、お嬢さんのお気に入りのピンクのブランケットを掛けた。
お嬢さんが無言の帰宅をしてからずっと、ワタクシは泣いていた。
(2) 最後の添い寝
ダーリンは24時間対応の葬儀場に電話をかけ、予約をした。15時30分からの葬儀となった。
ジョゼフィンお嬢さんは通院や闘病をしていなかった。だから、心の準備も物理的な準備も何もなかった。
ただ斎場についてだけは、元気なうちから何件かピックアップして調べていたので、そこから選んだ。
やや逸れるが、斎場についてもっとしっかり情報を得ておけばよかったと思う。そこにお世話になったことに後悔はない。しかし、悲しくてたまらない上に深夜にいろいろと決めなくてはならなかったのは、精神的に堪えるものがあった。
話を戻す。
ダーリンがジョゼフィンお嬢さんの隣にワタクシの布団を敷いてくれたので、ワタクシは一晩をお嬢さんの隣で過ごした。いつもはお嬢さんがワタクシに添い寝してくれたけれど、最後にワタクシがお嬢さんに添い寝した。
ずっと、お嬢さんの手を握っていた。たくさんの思い出が溢れてきた。
死後硬直はなかなか始まらず、またお嬢さんの死を受け入れられなくなりそうだったが、3時半頃、カラダが冷たく硬くなっていくのを感じた。でも不思議なことに、お嬢さんの肉球は柔らかいままだった。ワタクシが大好きな、ピンクでぷにぷにの肉球のままだった。
添い寝といいつつ結局一睡もせず、ワタクシはお嬢さんの手を握ったまま朝を迎えた。
朝になっても、肉球だけがぷにぷにだった。
(3) お見送りの準備
ジョゼフィンお嬢さんのテーマカラーはオレンジ色。オレンジ色の花に囲まれた旅立ちにしようと思い、花を買ってきた。実際はオレンジ色の花の種類が少なく、黄色が多くなったのだけれど。
でも、とてもお嬢さんらしい棺にできた。
実は、一晩泣いて腫れた目で花を買いに行き、堪えきれずお店でまた泣いた。ワタクシの取り留めのない話を聞きかわいい花束を作ってくださったお二人の店員さん、ありがとうございました。
(4) みんなともお別れ
ニコライ皇帝陛下もフレイヤ女神様も撫子さんも、夜中にジョゼフィンお嬢さんにあいさつしに来ていた。特に陛下は、何度も何度も。生後5ヵ月からいっしょに育った幼なじみだもんね。
でも、アレクセイ皇太子殿下が一度もお嬢さんのところに来なかった。14時半過ぎに出棺する。自分で来なかったら連れてきてわかってもらわなきゃ... と思っていたら、殿下がご自分からやってきた。
ジョゼフィンお嬢さんに近づく皇太子殿下、恐る恐るに見える。フンフンとお嬢さんのにおいを嗅いだ。このお別れ風景はちょっと泣けた。
殿下はお嬢さんのことが大好きだったから、お別れしなくてはいけないのがつらかったんだろう。
ジョゼフィンお嬢さんとのお別れは、みんなつらいんだよ。
(5) 「さよならなのよっ」
出棺の時間が来たので、車で斎場へ向かった。30分くらいで着いた。
斎場の方がお花を足してくださって、こんなにかわいくなった。
お嬢さんが大好きだったものをたくさん持たせてあげようとしたのだけれど、火葬炉まで入れてもらえたのはごはんとティッシュボールだけ。ピンクの毛布もおもちゃも持たせてあげたかったけれど、これらは最後に返された。棺の箱も。
環境保全、大事だね。またみんなで大切に使うことにするよ。
そして、ジョゼフィンお嬢さんは骨になった。
ダーリンとワタクシとで収骨した。
「お骨がきれいに残っていますね」
斎場の方はそうおっしゃった。そうだよ、お嬢さんは薬を飲んでいなかったもの。シニアとはいえ13歳になったばかりだったもの。
余談だが、この数日後にワタクシの伯母が亡くなり、収骨にも立ち会った。
生来骨が弱く、病を得、84歳で旅立った伯母のお骨は、頭と足の区別がつかないほど崩れていた。
ジョゼフィンお嬢さんのお骨は、しっかりと残っていた。
お嬢さんは、小さくなってニコライ宮殿に帰った。