野生の本能
札幌も、平地の初雪までカウントダウンとなっている。この季節、晴れた日は空気がピリリと気持ちがいい。
このピリリは、想定以上に洗濯物を乾かしてくれるので、日中、ワタクシはベランダに洗濯物を干す。陽が射していると、まだそんなに寒くない。
ニコライ宮殿のこの季節のベランダ風物詩は、半中半外のベランダ(屋根ありの屋外だが、猫たちが脱走できないようになっている)に入り込んだまま弱ってしまうイトトンボだ。毎年必ず、ジジジ…と羽音をさせ、ベランダの隅で弱っていく。
外に出してやりたいのだが、あいにくとワタクシは虫が苦手。素手で触れない。ダーリンに頼めば逃がしてくれるのだが、そのたびにいちいち「なんだよ、そんなこともできないのか」、と言われるのが鬱陶しくて、今年は頼まないまま三日ほどが経っていた。
「そろそろ逃がしたいなあ… 外だったら死んでも土に還るのに」
ワタクシは、虫嫌いではあるが殺生も嫌いなのだ。洗濯物を干しながら考えていたとき、イトトンボがジジジと羽音を鳴らした。
「あ、まず… 誰か来ちゃう」
ベランダと屋内との間の扉を開けたままにしていた。ニコライ宮殿の猫たちは、弱ったイトトンボを狙うのだ。
と思っていたら、遅かった。アレくん(アレクセイ皇太子殿下)が走ってベランダに飛び込んできた。
そこからは、電光石火。
「あ、アレくんっ」
アレくんはあっという間にイトトンボを見つけ、さっと咥えて室内へ戻っていった。
「アレくん、アレくんってば…」
追いついたときには、既にアレくんはイトトンボを食べてしまっていた。
野良猫は虫を食べているから、アレくんがイトトンボを食べたところでタンパク質が補給されるだけのこと。そこは心配していない。
イトトンボよ、結局殺生しちゃった。外に逃がしてあげられなくてごめんなさい。
でも、オナカぽよよんのアレくんが、俊敏に野生の本能を発揮したことに、少し安堵した。
アレくん、イトトンボ狩りは楽しかったかなあ。でも、オナカ壊さないようにね。