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雨の蛾

——憂鬱な気分が更に沈んだ。
その日は珍しく外に出る予定があったにも関わらず、外の天気は雨だった。
それも土砂降りだ。
そんな日に外出するのは億劫だったが、今更、行きませんと出来ない予定を断るのも面倒で、結局行く事にした。
アスファルトは濡れて黒々として、まるで海の底のような色をしている。
傘を差しても、足元から水溜りにどんどん浸食されていくようで気持ち悪い。その上、イヤホンを忘れてしまって、目的地までの道のりがいつもより遠く感じた。
傘を持つ手に雨の振動が伝わってくる。
傘の下で雨の音だけが耳の中に響いて、無心で歩いていたら気付いた時には目的周辺まで来ていた。

「……」

ふいに立ち止まる。
視界の端に捉えたのは水溜まりの中でシンと浸る蛾。それは、この雨の中を生き抜いた証拠でもあるのだけれど、私はその姿を見ないようにして、また歩き出した。
蛾は私の住むアパートによく居る。
玄関前で飛び回っていたり、ベランダの窓に張り付いていたり、最悪な時は部屋の中に入ってきてしまう事だってある。
生き物はなるべく生きたまま外に逃がしてやりたいのだが、なんせ暴れ回るのでなかなか捕まえる事が難しい。
そうなると、結果は想像がつくだろう。逃がす前に息絶えてしまっている。
水溜まりの中にいた蛾も、息絶えているのか、それともこんな雨の日に外を飛び回ったことを後悔しているのか……どちらにせよ、もう動かない事は確かだった。
私にとって虫とは、そういう存在なのだ。

そんなこんなで目的地に到着した。
私は息を深く吸い込んで吐き出してから傘を畳んだ。

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