リバイバルされるイタリア前衛/地下音楽、入門の手引き
00年代に興隆を極めたMP3ブログ文化や海外のフォーラム等々、インターネット世界の奥底や先鋭的なクラブ・シーンなどから火がつき始め、2010年代に入ると加速度的にリバイバルされることとなっていったニューエイジ・ミュージックや実験/前衛音楽、和モノ、シティ・ポップ、南アフリカなどの辺境レアグルーヴ、ライブラリー・ミュージックといった世界各地の未知の音楽たち。Four Tetなんかも〈Mutant Sounds〉などに代表されるようなマニアックな海外のMP3ブログの更新をくまなくチェックし、そうした未知の音盤のオリジナル盤を収集していたという話は有名だ。
10年代のアナログ・ブームはこうした知られざる音楽のレコード再発をムーブメント化させ、〈Music From Memory〉や〈WRWTFWW Records〉、〈Superior Viaduct〉などを始めとした数々の再発レコード・レーベルが新たに誕生。discogsなどのマーケットプレイスで根強くWANTされる数々の稀少盤や知られざる傑作を掘り起こし、ニッチな聴衆へと送り届けている。
ここまでは既に多くのリスナーにとっては、共通認識となって久しいものだと思う。そして、今回、本記事で触れるイタリアの地下/前衛音楽の再評価という現象も一部の実験・前衛音楽~ニューエイジ・ミュージック・マニアの間では10年代中頃からジワジワと認知され始めていた現象である。読者は、どういうイメージでいるのだろうか。プログレや映画サントラ、イタロ・ディスコなんかで埋もれがちだが、実はイタリアもれっきとした欧州の実験音楽大国なのだ。80年代後半にニューエイジ・アンビエントの傑作を残しつつも忘れ去られてしまった悲運の作家、ジジ・マシン(ヌジャベスやビョークもサンプリングしている)の「Wind」なんかはニューエイジ・リバイバルの流れで大々的に再評価されたというのあって、ちょっとでもニッチなリスナーならきっと耳にしているはずなんじゃないかと思う。
たまにツイッターでもこのことを書いたりしていて、もっと早く記事にしておけばよかったのではないかとは思うが、ニューエイジ・ミュージックと同じく、その再評価が一巡してきたタイミングでもあるので、この機会に(雑ではあるが)文章にしたためておきたい。
①未来派宣言から戦後イタリア現代音楽
「・・・繊細な耳があれば、ノイズがどれだけ多彩なものか分かるはずだ。現代の都市にあふれる機械や電気のノイズを聞き分けることに、私たちは喜びを感じることができるのだ・・・」(ルイジ・ルッソロ)
遡ること120年、1900年代初頭にミラノの詩人のフィリッポ・マリネッティがフランスの新聞である「フィガロ」に「未来派宣言」を寄稿した。自動車や飛行機など新たな交通機関の発明による近代社会の「速さ」を賛美。ナショナリズムや軍国主義、アナーキズムのみならず、そこから生じる戦争さえも称え、その対極たる女性的な美や伝統を否定。既存の概念の全破壊を企図し、「未来派」というセンセーショナルな前衛芸術運動を巻き起こした。
その中では、画家/作曲家のルイジ・ルッソロ(1885-1947)やフランチェスコ・バリッラ・プラテッラ(1880-1955)などが音楽的実践をおこない、ルッソロは、「騒音芸術」(=現在のノイズ・ミュージックの雛形)を提唱した。ルッソロは「イントナルモリ」(Intonarumori)と呼ばれる騒音楽器も発明したことでも知られている。しかしながら、「未来派」はその特性からファシストたちに政治利用されることとなり、イタリアは第二次エチオピア戦争を経て、第二次大戦へと進路をとる。
近代以前まで言及するとキリがないが、このように早くからアヴァンギャルドの命脈が息づいてきたイタリア。戦後もブルーノ・マデルナやルイジ・ノーノ、ルチアーノ・ベリオといった同国の現代音楽家が活躍した。
若くしてファシズムに抵抗した作曲家であり、マデルナの弟子であったノーノは、ピエール・ブーレーズやカールハインツ・シュトックハウゼンと並び50年代のヨーロッパを代表する「トロイカ」と称されている。
彼が十二音技法と奇妙なセリーを用いて作曲した重要な作品に"Il canto Sospeso"(1955-56)が存在するが、これがヒットしたことで国際的な作家としての地位が確立し、世間からは、ウェーベルンの後継者と称された。
ノーノについては昔以下のブログに書いたので読んでみてほしい。
②即興音楽集団Musica Elettronica Vivaと世界初の実験音楽家コレクティヴGruppo di Improvvisazione Nuova Consonanza
60年代に入ると、Frederic Rzewski(フレデリック・ジェフスキー)を中心にローマで結成された即興音楽集団のMEVことMusica Elettronica Viva(ムジカ・エレットロニカ・ヴィヴァ)、英国のAMMとともに世界初の実験音楽家コレクティヴのひとつとされるGruppo di Improvvisazione Nuova Consonanza(グルッポ・ディ・インプロヴィザチオーネ・ヌオヴァ・コンソナンツァ)といった画期的な音楽グループが現れ、60年代後半から70年代にかけて、イタリアを拠点に世界の前衛音楽をリードしていくこととなる。
特筆すべきことに、Musica Elettronica Viva (以下、MEVと呼称する)には、イタリア滞在期のAlvin Curran(アルヴィン・カラン)米国出身の前衛トロンボーン奏者のGeorge Lewis(ジョージ・ルイス。ICP Orchestra、Globe Unity Orchestra、Company)、仏の電子音楽家のIvan Coaquette(イヴァン・コケッテ。Delired Cameleon Family、Fondation、Spacecraft)といった面々が参加。そして、もう一方のGruppo di Improvvisazione Nuova Consonanzaには、数々のライブラリー・ミュージックで知られるEgisto Macchi(エジスト・マッキ)、先日この世を去った映画音楽家のEnnio Morricone(エンニオ・モリコーネ)、前衛的なトロンボーン奏者のGiancarlo Schiaffini(ジャンカルロ・スキアッフィーニ。ICP Orchestra、Italian Instabile Orchestra)、音響彫刻でも知られる作曲家・哲学者のMario Bertoncini(マリオ・ベルトンチーニ)、「サイバネティック・ミュージック」で知られるドイツの電子音楽家であるRoland Kayn(ローラント・カイン)といった実験音楽~前衛音楽史においても重要な面々が参加、まさにスーパー・グループであった。
MEVは早くよりシンセサイザーを導入して音の加工を行ったことで知られているだけでなく、「非音楽的な物体」を用いた彼らの演奏がきっかけで国内で暴動が起きるほど悪名高い存在でもある。彼らへと続いて現れたデレク・ベイリーら率いる英国のCompanyやハン・ベニンクらが創設するICP Orchestraなどの集団即興にも先んじた前衛即興の衝動性とミュージック・コンクレートや初期のエレクトロニクス、クラウトロックへの憧憬までもが混ざり合って生まれる異形のサウンドで今もなお多くの聴衆を魅了している。
③イタリアン・ロック〜前衛音楽名門〈Cramps Records〉
ここからは、イタリアの前衛音楽史を紐解くうえで重要なレーベルをいくつか挙げたうえで、ざっくりと紹介していく。
70年代に入ると、プログレ文脈でもユニークなアクトが数多く登場。アレアやアルティ・エ・メスティエリを始めとした面々が揃うプログレ〜アヴァンギャルドな音楽の聖地として広く知られており、73年にプロデューサー、グラフィック・デザイナー、アート・ディレクターのGianni Sassiが設立した〈Cramps Records〉の存在も絶対に無視することができない。
ここのカタログの中でも、Franco Battiato (プログレッシヴ・ロックからニューウェイヴ、前衛音楽までも手がけるイタリアの著名シンガー/作曲家)がともにプロデュースを担当したRaul Lovisoni / Francesco Messina「Prati Bagnati Del Monte Analogo」(79年)、Giust Pio「Motore Immobile」(78年)は、それぞれイタリアン・ミニマリズムの歴史的金字塔と言える作品であり、どちらもかなりの高額での取り引きがおこなわれている。共に2010年代に入ると初のアナログ・リイシューがなされた。
同レーベルが展開した75年に設立したフリー・インプロ~アヴァン・ジャズ~実験音楽シリーズ〈DIVerso〉、そして、前衛/実験音楽名シリーズ〈Nova Musicha〉も広く知られている。というのもこれらの作品群は〈ストレンジ・デイズ〉が大赤字になりながらも全カタログ日本盤CD化という偉業を成し遂げていることもあり、日本では認知度がかなり高いように思う。
〈Nova Musicha〉からは、John Cageの著名作品が2タイトルもリリースされていることも有名であるが、このシリーズは全体を通して傑作揃いだ。一昨年、ドイツの発掘レーベル〈Discos Transgénero〉から再発されたスペインの現代音楽家で、イタリアのフルクサスとも言われるコンセプチュアル・アートグループZAJにも参加したJuan Hidalgo(フアン・ヒダルゴ)や、同じくZAJ参加のイタリア前衛音楽の巨匠Walter Marchetti(ワルテル・マルケッティ)、AMMやThe Scratch Orchestraへの参加も知られる英国の前衛作曲家のCornelius Cardew(コーネリアス・カーデュー)、アレアのヴォーカリストのDemetrio Stratos(デメトリオ・ストラトス)、ニューエイジ方面からも再評価の進むルーマニアの作曲家Costin Miereanu(コスティン・ミエレアヌ)、そして、米国の現代音楽界からは、Robert Ashley(ロバート・アシュリー)、David Tudor(デヴィッド・チュードア)、Alvin Lucier(アルヴィン・ルシエ)といったこの上なく豪華な面々が集っている。
前者よりはやや知名度に劣るが、アヴァン・ジャズ~前衛即興的な色彩の強い〈DIVerso〉には、Derek Bailey(デレク・ベイリー)やSteve Lacy(スティーヴ・レイシー)といったフリージャズ/インプロの名手や、前述のDemetrio Stratos、Paolo Tofani(パオロ・トファーニ)、Patrizio Fariselli(パトリツィオ・ファリセッリ)といったアレアのメンバー、サックス奏者のMario Schiano(マリオ・スキアーノ。Italian Instabile Orchestra)、ドイツの女性電子音楽家のChristina Kubisch(クリスティーナ・クービッシュ)、前述したGiancarlo Schiaffiniなどが在籍しており、こちらはフリー・インプロ寄り。国際色豊かな〈Nova Musicha〉に比べると、こちらの方がイタリア人音楽家の比率が高いものとなっている。ちなみにどちらの作品もごく一部だがストリーミングで聴くことができる。
*要チェック作品
・Walter Marchetti「La Caccia (Da «Arpocrate Seduto Sul Loto»)」
・Raul Lovisoni / Francesco Messina「Prati Bagnati Del Monte Analogo」
・Giust Pio「Motore Immobile」
・Demetrio Stratos「Metrodora」
・Cornelius Cardew「Four Principles On Ireland And Other Pieces (1974)」
・Wolf Vostell「Dé-coll/age Musik」
④アヴァンギャルドなプログレ系レーベル〈Bla Bla〉とイタリア歌謡界のドン、フランコ・バッティアートの交わり
イタリアン・ロック好きにはよく知られているが、50年代後半からの膨大な楽曲提供でも知られるミュージシャン/プロデューサーのPino Massaraが1970年にミラノで創設し、1976年まで運営していた短命なインディペンデント・レーベル〈Bla Bla〉もユニークなラインナップで知られる。
六十年代から現在に至るまで同国の音楽シーンをリードし続ける伊歌謡界のドンにして、ザッパにも愛された巨匠Franco Battiato(フランコ・バッティアート)が72年以降ここにガッツリと関与し始めたことで、このレーベルもよりプログレッシヴでアヴァンギャルドな音楽へとシフトしていく。そして、この人によるプログレや前衛的な70年代の作品(『Clic』、『Fetus』、『Pollution』、『Sulle Corde Di Aries』、『M.elle Le "Gladiator"』など)がここ〈Bla Bla〉に残されているというのも大変重要な事実である。
現在も活動するフルート奏者のWalter Maioli(ワルテル・マイオリ)とジャズ・サクソフォニストのDaniele Cavallanti(ダニエル・カバランティ)が中心となって72年に結成した前衛的な民族音楽集団Aktuala(アクチュアラ)もこの国の地下音楽の中でも最重要の部類に入る存在だ。路上パフォーマンスなどを行っていたところを、バッティアートによって発掘されたことがきっかけで〈Bla Bla〉と契約することとなった。
「古代音楽の世界地図」とも言うべきその世界観のなかには、インド古典音楽のラーガからジプシー、アフリカン・パーカッションなど古今東西、世界中の民族音楽、そして、ミニマリズム、アヴァンギャルド、フリージャズ、サイケデリック・ロックやフォークなど、多様な要素を内包している。彼らの音楽は、Futuro Antico(フューチュロ・アンティコ)やGruppo Afro Mediterraneo(グルッポ・アフロ・メディテラーネオ)など、後に様々な形で派生しており、これらの後身バンドも近年再評価を受けている。
また、〈Bla Bla〉に在籍し、バッティアート肝いりのシンガーであったJuri Camisasca(ユーリ・カミサスカ)の関連作品も素晴らしいものが(特に近年リリースされた↑の未発表作品は隠れたキャリア最高峰の一作。)
彼はバッティアートの諸作品だけでなく、アクチュアラにも参加した同国の前衛的パーカッショニストLino Capra Vaccina(リノ・カプラ・ヴァッキーナ)が、奇しくもジョン・ハッセルのデビュー作と同年に発表した処女作にして、イタリアン・ミニマルの金字塔的一作「Antico Adagio」にも参加している(後述する同国の前衛系レーベル〈Die Schachtel〉が14年におこなった同作のアナログ再発はイタリア前衛音楽の再評価の火付け役となった。)
バッティアートがのちに結成するイタリア音楽界のスーパー・グループであるTelaio Magnetico(テライオ・マグネティコ)にはこの二人や、ミニマル系作品でも知られる作曲家Roberto Mazza(ロベルト・マッツァ)が参加。こちらも2017年に〈Black Sweat〉からリイシューされた。
*要チェック作品
・Battiato「Fetus」
・Osage Tribe「Arrow Head」
・Franco Battiato「Clic」
・Camisasca「La Finestra Dentro」
・Capsicum Red「Appunti Per Un'Idea Fissa」
・Aktuala「Aktuala」
⑤RIO系プログレから前衛音楽、アヴァン・ジャズ、民族音楽、社会風刺まで。ミラノのへんてこレーベル〈L'Orchestra〉
74年末にStormy Six(ストーミー・シックス)のFranco Fabbri(フランコ・ファブリ)などを中心としてミラノで結成された〈L'Orchestra〉も恐ろしくクセの強いレーベルだ。83年まで10年近くにわたって活動を展開していたこのレーベルは、非商業的な音楽のプロモーションを主な目的としており、前述した音楽のみならず、社会風刺などポリティカルなものから宗教色の強い音楽、そして、ポピュラー・ミュージックまで、あらゆる種類の音楽をリリースしていた。そして、当時のイタリアとしては珍しく、アーティスト自身が直営で運営しているレコード・レーベルであった。
前述のStormy SixやHenry Cow(ヘンリー・カウ)、Art Bears(アート・ベアーズ)、Picchio Dal Pozzo(ピッキオ・ダル・ポッツォ)、Etron Fou Leloublan(エトロン・フー・ルルーブラン)などRIO/レコメン系文脈の作品が知られていることは言うまでもないが、このレーベルは、フリー・ジャズ・ドラマーのTony Rusconi(トニー・ルスコーニ)や、彼の参加したフリー・インプロ集団O.M.C.I.ことOrganico Di Musica Creativa E Improvvisata、前述したGiancarlo Schiaffini、アヴァン・ジャズ系名門〈Ictus Records〉の創設で知られるイタリア出身(現在アメリカ在住)のパーカッショニストAndrea Centazzo(アンドレア・チェンタッツォ)といったフリー・ジャズ/アヴァン・ジャズ系から、民族音楽とプログレ、前衛音楽を溶け合わせた伝説のアクトEnsemble Havadià(アンサンブル・ハバディア)、そして、その前身のGruppo Folk Internazionale=グルッポ・フォルク・インテルナツィオナーレ)を始め、独創的すぎるアーティストやグループが数多く在籍している。さらには、東ドイツ国歌の作曲でも知られるHanns Eisler(ハンス・アイスラー)の作品までもが確認できる。
当時、日本にも数多く配給されていたため、認知度は比較的高いはずだが、現在、Henry CowやPicchio Dal Pozzoなど、RIO/レコメン系プログレ以外の作品はそれほど人気や知名度は高くはなく、原盤の相場も大して高価ではないこともあってか、ここの前衛的なカタログは良質なものが多いのにほとんど再発がなされておらず、いい扱いを受けているとは言えない。
*要チェック作品
・Ensemble Havadià「Ensemble Havadià」
・Picchio Dal Pozzo「Abbiamo Tutti I Suoi Problemi」
・Franco Fabbri「Domestic Flights」
・Organico Di Musica Creativa E Improvvisata「Free Rococò」
・Stefano Delù「Chitarre Solo」
・Strumentoconcerto「La Natura È Musica (Favola Musicale Di Nicola Scarano) 」
⑥国際色豊かな80年代ニューウェイヴ〜実験系レーベル〈ADN〉
さて、やや時間軸がワープしたが、インディペンデントな色彩の強い80年代イタリアの地下レーベルのなかでも最も偉大な存在のひとつと言えるのが1983年にミラノで創設されたこの〈ADN〉だろう。
イタリア・ミラノの電子音楽家であり、ヴィジュアル・アートや出版、音響なども手掛け、Futuro AnticoやThe Doubling Riders(ザ・ダブリング・ライダーズ)といった同国の重要な実験音楽グループにも参加したRiccardo Sinigaglia(リッカルド・シニガリア)やAin Soph(アイン・ソフ)とも並ぶ伊ダーク・アンビエント/インダストリアル名アクトSigillum S(シジラム・エス。今も現役)といった現地勢を始め、Merzbow、Pascal Comelade、D.D.A.A.、Bourbonese Qualk、Cranioclast、Christina Kubischといった海外・周辺国の作家が集うそうそうたるラインナップで知られる名門だ。
〈ADN〉はもともと、イタリア初のエクスペリメンタル系音楽の英語版ファンジンとして生まれたもので、創刊号は「L'Amore del Nipote」と呼ばれており、その頭文字をとって〈A Dull Note〉や〈Auf Dem Nil〉などレーベルの様々なブランドを名付けた。「Out Of Standard!!」と称したこれらのファンジンは、ブックレットに加え、オプションのサンプラー・カセット付属で欧州各国の地下音楽を紹介するものとなっていた。
ポスト・ニューウェイヴやインダストリアル系の作品のアナログが〈A Dull Note〉から、前衛音楽やRIO系の作品が〈Auf Dem Nil〉からリリースされていた。また、いくつかの〈Auf Dem Nil〉のリリースは、ヘンリー・カウのクリス・カトラー主宰で知られる聖地〈Recommended Records〉の支部として〈Recommended Records Italia〉というブランド名でおこなわれていた。
このレーベルのカタログは80年代以降のイタリア地下音楽のなかでも再評価が著しく、特に前述したRiccardo Sinigagliaの関連作及び参加ユニットはここ数年の再発の中でも数多く取り上げられている。彼のソロ作である「Riflessi」や「Watertube Ringspiel (Ambient Music) 」を始め、A.T.R.O.X.やLa Pattonaといった伊ニューウェイヴ/エクスペリメンタル・バンドでも活動していたFrancesco Paladino(フランチェスコ・パラディーノ)とPier Luigi Andreoni(ピエル・ルイジ・アンドレオーニ。Roger EnoやDavid Sylvianとも共演しているドラマー/キーボーディスト。)の二人によって結成、のちにシニガリアも参加した実験音楽グループ、The Doubling Ridersの諸作、Pier Luigi Andreoniと、同国のミュージシャン、Silvio Linardiによるプロジェクトで、シニガリア一部参加したAndreolinaなど、シニガリア関連で昨今のニューエイジ・リバイバル文脈からも同時に再評価されるミニマル/アンビエント系の作品が多く復刻リリースされてきた。
このレーべルのリリースでいうと、70年代にフィリピンの秘境で発見された謎の原始民族を標榜しているという実験音楽グループで、ニューエイジ〜空想民俗方面からも再評価されるTasaday(タサダイ)やイタリア地下音楽リイシュー専科の〈Officina Fonografica Italiana〉からも復刻されたインダストリアル・ユニットのT.A.C.ことTomografia Assiale Computerizzataといった当時のイタリアの地下シーンで影響力のあるバンドを集めたコンピレーション・アルバムで「Ekhnatòn - Ricerca Italiana Semplice Numero Uno」(84年)も当時のイタリア地下シーンへの良いガイドとなる。
90年代に入ると一旦幕を閉じるこのレーベル群は、2014年になると、3つの新しいブランドである〈Artisti del Novecento〉(RIO系と電子音楽メイン)、〈Appparémment des Notes〉(無名作家中心のリリース)、〈Agnostic Dumplings Nursery〉(2013年に亡くなった主宰者の一人のMarco Veronesiに捧げられたコンピレーションを発表)を新たに設立して再スタートを切っている。
*要チェック作品
・Various Artists「Out Of Standard!! - Italia 1」
・Tasaday「L'Eterna Risata」
・F.P. & The Doubling Riders「Doublings & Silences Volume I」
・Andreolina「An Island In The Moon」
・Pierre Bastien「Mecanium」
・La 1919「Ars srA」
⑦イタリア前衛音楽再発専科。4つの重要な発掘レーベルについて。
これまでも何回か触れてきたが、Francesco MessinaやGiust Pio、Lino Capra Vaccinaといったフランコ・バッティアート周辺作家やそのプロデュース仕事などを始めとした伊前衛音楽~ミニマル・ミュージックが大きく再評価されることとなったのが10年代中頃からであった。大きく加速し始めていたニューエイジの再評価も相まって、これらの作家による作品は10年代に入ると〈Black Sweat Records〉や〈Soave〉、〈Archeo Recordings〉、〈Die Schachtel〉といった同国の前衛音楽系統の発掘レーベルによって再発されることとなり、既に重要な作品の多くがアナログ・リイシューされていく。
〈Die Schachtel〉
03年にBruno StucchiとFabio Carboniによって設立、ミラノを拠点に活動し、音響彫刻やミュージック・コンクレート、音響詩などイタリアの現代音楽~前衛音楽の系譜を体系化し、Lino Capra VaccinaやMarino Zuccheri(マリーノ・ズッケリ)Luciano Cilio(ルチアーノ・チリオ)、Prima Materia(プライマ・マテリア)などの歴史的な再発で知られる名門レーベル〈Die Schachtel〉。サブ・レーベルにイタリアの若手現代音楽家シリーズの〈Zeit Composers Series〉や、Jocy de Oliveira、Alvin Curran、Julius Eastmanなどを擁する前衛的な作品シリーズ〈Blume〉などがある。
*要チェック作品
・Franca Sacchi「En」
・Teresa Rampazzi「Musica Endoscopica」
・Luciano Cilio「Dell'Universo Assente」
・Lino Capra Vaccina「Antico Adagio」
・Prima Materia「Prima Materia」
・N.A.D.M.A.「Uno Zingaro Di Atlante Con Un Fiore A New York」
〈Soave〉
ライブラリー系やサントラ、ジャズ等の作品群でも知られる名門〈Cinedelic Records〉のサブ・レーベルとして16年に誕生。イタリア前衛音楽〜ミニマル・ミュージックを現代へと呼び起こすべく存在していると言える名所〈Soave〉。そのカタログの大部分をイタリア前衛音楽~ミニマル関連作の再発が占めており、Nurse With Wound Listにも掲載されたイタリアン・プログレ、Pierrot Lunaire(ピエロ・リュネール)参加のArturo Stalteri(アルトゥーロ・ スタルテッリ)や、ミラノの作曲家のGiovanni Venosta(ジョンバンニ・ヴェノスタ)、イタリアの国営放送「Rai」 にも携わり、グラミー賞にもノミネートでも知られるミラノ出身の音楽家Roberto Musci(ロベルト・ムスチ)といった面々が70年代後半から90年代前半のイタリアに残した数々の傑出した作品たちを掘り起こしてきた最重要のレーベルだ。
*要チェック作品
・Giusto Pio「Motore Immobile」
・Riccardo Sinigaglia「Riflessi」
・Arturo Stalteri「...E Il Pavone Parlò Alla Luna」
・Tiziano Popoli, Marco Dalpane「Scorie」
・Pier Luigi Andreoni & Francesco Paladino「Aeolyca」
・Giovanni Venosta「Olympic Signals」
〈Black Sweat Records〉
14年に敢行したFuturo Anticoの再発を機に、イタリア前衛音楽の命脈へと深く潜り込んでいった大変高品質な再発レーベル〈Black Sweat Records〉。Walter Maioliらがオランダのカセット・レーベル〈Sound Reporters〉に残した知られざる電子音響/フィルレコ傑作「Amazonia 6891」を始め、バッティアート関連の歌手Juri Camisascaの未発表作、カミサスカやバッティアートも絡んだTelaio Magnetico、そして、Aktualaの後身のひとつ、Gruppo Afro Mediterraneoといった傑出したアクトを現代の聴衆へと再提示した。
*要チェック作品
・Futuro Antico「Futuro Antico」
・Pit Piccinelli, Fred Gales, Walter Maioli「Amazonia 6891」
・Gruppo Afro Mediterraneo「1972 Blues Jazz Session」
・Zeit「Il Cerchio Degli Antichi Colori」
・Telaio Magnetico「Live 75」
・I.P. Son Group「I.P. Son Group」
〈Archeo Recordings〉
DJ/コレクターのManu•Archeoが主宰する〈Archeo Recordings〉。90年代日本産バレアリックのSth. Notionalやイタロ・ディスコの巨匠Celso Valliによる一度限りの変名Blue Gasによる唯一作の再発に始まり、Markus StockausenやMauro Paganiとも共演するフルート奏者のRoberto Aglieriや、映画音楽でも知られるローマ出身のギタリストRiccardo Giagni(リッカルド・ジャーニ)、伊のマイク・オールドフィールドことPepe Maina(ペペ・マイナ)といった面々たちが残したイタリアの音響派ニューエイジの秘宝の数々を10年代以降に蘇らせたフィレンツェの名所。
*要チェック作品
・Blue Gas「Shadows From Nowhere」
・Tullio De Piscopo「Suonando La Batteria Moderna」
・Sth. Notional「Yawn Yawn Yawn」
・Paolo Modugno「Brise D'Automne」
・Riccardo Giagni「Kaunis Ma」
・Pepe Maina「Scerizza」
これらのイタリア発の復刻レーベルが10年代中盤頃から自国へとフォーカスしていった結果、2018年末くらいの時点でも既にこの国のミニマル・ミュージックにおける重要作品の大部分のリイシューが一段落しており、イタリアの前衛音楽のリバイバルはひとつの到達点を迎えている。これらに先んじる形で〈Die Schachtel〉は00年代初頭から活動し、現代音楽方面の発掘リリースを長年繰り広げていたりと着々と種を撒いていた。この流れがよりセンセーショナルなものとなっていった過程において、13年に同レーベルがおこなったLuciano Cilio「Dell'Universo Assente」(ジム・オルークもベタ褒めした霊性ミニマル)と翌14年のLino Capra Vaccina「Antico Adagio」の再発、同年に〈Black Sweat〉が着手したFuturo Antico「Futuro Antico」等の歴史的な再発とそれらのヒットが決定的なものであったと思われる。
⑧最後に
本項では「リバイバルされるイタリア前衛音楽」へと焦点を当て、ひとまず〈ADN〉までを区切りとした。今回紹介しなかったが、後の時代にもイタリアの地下シーンでは、インダストリアル・ミュージックのパイオニアのMaurizio Bianchi(マウリツィオ・ビアンキ)、狂気と絶望に取り憑かれ自身の命までも飲み込んだノイズ狂Atrax Morgue(アトラックス・モルグ)、〈Fringe Recordings〉や〈Senufo Editions〉などの運営で知られる実験音楽家で現行イタリア地下音楽の立役者とも言える偉才Giuseppe Ielasi(ジュゼッペ・イエラジ)を始め、数々のユニークな作家やレーベルが活躍を見せている。
10年代以降にもなると、フィンランドの伝説的電子音楽集団、Pan Sonicでの活動も知られるMika Vainio(ミカ・ヴァイニオ)やVladislav Delay(ヴラディスラフ・ディレイ)作品も擁する〈Cosmo Rhythmatic〉主宰のShapednoise、前者とは"Violetshaped"を結成していたこともあるリズミック・インダストリアルの猛者Violet Poison、昨今、〈CASIO G-Shock〉のCMソングにも自身の楽曲が起用され、「ウェイトレス・ミュージック」を提唱してきたテクノDJ/プロデューサーのChevel、〈Stroboscopic Artefacts〉(イタリアの現行テクノ・コンピなんかも出している)を運営するミニマル・テクノの才傑であり、ジェームス・ホールデンも絶賛するLucy、イタリアで最も暴力的な実験電子音楽レーベル〈Hundebiss〉を率い、〈PAN〉からもデビューを果たした異形のダンスホール・アクトSTILL(f.k.a. Dracula Lewis)などを始めとした尖鋭的なエレクトロニック・ミュージックも数多く登場するようになった。いわゆる「尖端音楽」的な界隈はイギリス、ドイツと並んで強いようにも思うし、昨今は、ドイツやスペイン辺りのディープ・テクノの人脈も流れて来たり、クラブ・シーンを中心にユニークな動きを見せているようにも感じる。
ところで、CDリリースが未だに盛んな国というのは、西側では、日本、ドイツ、イタリアくらいのものらしいとのことで、何とも面白い構図だと思うのだけど、確かに現行のイタリアの地下レーベルからリリースされる作品もやはりCDは結構多い印象。今年出たイタリア関連の重要な新譜だとManuel ZurriaやGiovanni Di Domenicoの作品もCDだったし、それとADN関連作品の再発のChazev「Katatonia」もCDだった(但し版元はポルトガル)。
ADN以降の展開については、列挙していくとキリがなくなってしまうので、重要なレーベルを簡易的な説明付きでピックアップしたリスト的な記事を以下に別途用意した。是非、こちらも併せて読んでみて欲しい。
インターネットで情報を集める分には歴史的史料に欠くため、体系的にイタリアのアングラな音楽史をまとめるということは非常に難しい(イタリアのアングラ音楽についての詳細な書籍はロシア語だったりする)ので、むしろ文献などあれば筆者に是非教えて欲しい(ADNなどの当時のファンジンなどをいくらか持っている程度なので)。雑な記事で申し訳ないけれど、今回のこの記事が読者にとって何かしらポジティヴなキッカケになれば幸いに思います。
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