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アメリカの凋落をもたらした「資本主義における給料の決まり方」:「ブルシット・ジョブ」という補助線を添えて

『西洋の敗北』はいよいよ核心部分と言える第9章「ガス抜きをして米国経済の虚飾を正す」を読んでおり、ここはまさに令和版「英米合作経済抗戦力調査」の根本的部分となっています。

昭和16年の昭和版「英米合作経済抗戦力調査」は、英米班主査の有沢広已をはじめとした統計学、経済学における大日本帝国のトップレベルの頭脳を結集した、それもマルクス主義者であっても優秀であれば採用するという徹底した実力主義の基準で選抜した人選によって微に入り細を穿つ分析をまとめていました。

しかし令和版「英米合作経済抗戦力調査」はインターネットを駆使してエマニュエル・トッドという一人の社会学者・思想家が成し遂げたものであり、昭和版のそれに比して細かい数字の精度は落ちるものの、その分析の歴史的意義は昭和版に比しても遜色はないと言えるでしょう。

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詳細はぜひ本書に目を通してほしいですが、アメリカはロシアよりも人口が2倍強程度多いにもかかわらず、エンジニアの数は33%程度少ない、しかもアメリカではエンジニアとして数えられる人間のかなりの部分が金融工学などのブルシット・ジョブ部門に従事していることを考えると、いわゆる「重厚長大」産業=製造業に従事する本来的な意味での「エンジニア」と呼べる人間の数はもっと少なくなります。

問題はなぜこうした傾向が生じたのか?ということで、トッドはアメリカのメリトクラシーの歪みを指摘していますが、より根本的、構造的にどういうことなのかまでは触れられていません。

それを解明するには『西洋の敗北』に他の書籍による補助線を引く必要があります。

一つは日本でもすっかりおなじみになったデイヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ』、そしてもう一つは日本人の手による見事な資本主義経済下における賃金決定の構造を平易に説いた書である『働き方の損益分岐点』です。

『ブルシット・ジョブ』はもう説明の必要はありませんが、もう一つの『働き方の損益分岐点』は「勤め人=雇われて働いている人の給料はどのようにして決まっているのか?」という中身を、おそらく現在に至るまで最も分かりやすく説明した書籍といえるでしょう。

この補助線を引くと、アメリカのメリトクラシー=超学歴主義がなぜアメリカの産業構造を歪めたのかも見えてきます。

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資本主義における賃金労働の給料の決まり方は、コンビニで売っているおにぎりの値段の決まり方とほぼ同じです。

というのも、マルクスの指摘にあるとおり、資本主義経済では労働力も一つの商品であり、商品一般の値段(商品の「使用価値」ではなく「価値」)は基本的には「原価積み上げ方式」で決まります。

その労働者の労働力という商品の値段=給料は、その労働力がどのような「原材料」と「手間暇」で作られたか?を出発点とし、さらにその労働力が労働によって消耗した後に、もともとの消耗していない状態の労働力に回復させるには平均的に(相場で)いくらかかるか?という点が考慮されて給料が決められます。

なので、激務系の勤め人、具体的に言えばキーエンスやアクセンチュア、三菱商事や丸紅などの労働者の給料がなぜ高いのか?といえば、その労働力を形成するのにかかった費用(東大京大、早慶を卒業するまでにかかった受験勉強の手間暇なども含めた平均的費用)に加えて、激務であることから労働力の消耗が激しいと「平均的に見込まれる」ため、それを回復させるためにより高い費用が必要だと考えらえて、年収ウン千万円という給料が与えられるということです。

つまり、主流派経済学者や法律家(特にアンビュランス・チェイサーと呼ばれるような法匪や企業の顧問弁護士、ロビイスト)、金融、コンサル業といったブルシット・ジョブ部門がなぜ高給取りなのかといえば、その仕事の社会的意義や実際の成果物=生産物によるのではなく、それらの仕事に従事する人間の労働力にどれくらいの費用がかかったのか、そして仕事の内容に関わらず「どれくらい労働力が消耗するのか」によって決まっているということです。

これらブルシット・ジョブ部門に従事する労働者が、寝る時間も無いほど激務であれば、その「激務」の中身がパワポ資料をいじくりまわしてプレゼンや営業という名の益体の無いおしゃべりに興じているに過ぎなかったとしても、それは「激務」すなわち労働力をより消耗させるものであり、それゆえに労働力の回復のために高給が必要であるということです。

そして一度こういう構造が出来上がると、それは経路依存性となり、そしてそれが業界の利権構造にまでなって、仕事の内容がいかに空虚なものであったとしても、さも重要な仕事をしているかのようにふるまうようになります。

これが『呪術廻戦』のナナミンこと七海健人のセリフ「労働はクソということです」に端的に示されているようなブルシット・ジョブが中身のない労働であったとしても、高給を取り続けられる構造でもあります。

また、仮に給料の決まり方が「原価積み上げ方式」ではなく「フルコミッション制=完全歩合制」であったとしても、根本的には同じです。

というのも、いかにフルコミッションであったとしても、その歩合制の「単価」はどうやって決まっているのかといえば、いわゆる「相場」、それも世間一般の「相場」ではなく、その業界のいわば「お手盛り相場」感で決まっているといえるでしょう。

別言すれば、政治家の給料を政治家たち自身が決めているのと同じお手盛り構造が、フルコミッションで給料を受け取っている業界の(特に上層部)にも当てはまるからです。

平たく言えば「その歩合制の『単価』や『相場感』は誰がどうやって決めたんですか?」ということを問うていけば、フルコミッション方式も結局は「原価積み上げ方式」と本質的には大して違いはありません。

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以上をまとめますと、アメリカ経済がなぜ凋落してきたのかといえば、一言で言えば資本主義の賃金労働の仕組みに食われたとまとめられます。

すなわちブルシット・ジョブ部門が資本主義経済における賃金の決まり方を逆手に取って自分たちの利益になるように産業間の給与構造を歪め、それを正当化するためにメリトクラシーと自作自演的に結びつくことによって、アメリカの産業における学卒者の針路が歪み、その結果教育課程そのものも歪んでしまい、ビジネススクール、法科大学院、金融工学などの「実体経済には全く寄与しない」部門が栄えて、理工学などが凋落してしまいました。

なので、現在のアメリカは「公務員天国」と揶揄されるギリシャと生産能力の構造としては大して変わりなく、本来ならばギリシャと同じ末路を辿ることになりますが、そうはならなかったのが基軸通貨としての米ドルというものの存在=過去の戦争遺産のおかげです。

「国際決済が可能な通貨の通貨発行権を持っている」ということがアメリカが巨大な貿易赤字を垂れ流しても覇権国家の地位を保っていられる唯一の理由であり、そして、だからこそ「アメリカ帝国」の生産を担っている西欧(英仏独、北欧、ポーランド)と東アジア(日本、台湾、南朝鮮)の「アメリカ帝国の植民地」への搾取と支配の強化(グローバル化という名のアメリカナイズ、現在ではポリコレ原理主義の輸出)をソ連崩壊後一貫して強めていることの理由でもあります。

トッドが『西洋の敗北』でアメリカの凋落を「西洋の敗北」の本質と捉えている理由はかくの如しです。

この構造、この現状認識、環境認識を踏まえた上で日本の活路を考えていくことがこれからの日本で生きる者にとって非常に重要となってきます。

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