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母、米津玄師を推す【米津玄師2025TOUR/JUNK札幌】

※こちらは七十代の母が米津玄師ドームライブに行く話です。
米津さんのライブというよりも母の話が中心になります。
どうぞご笑覧ください。


お年頃な母

うちの母。
そろそろ後期高齢者と呼ばれるようなお年頃である。
ちなみに父は少し前に彼の世へ旅立っているため、一人暮らしの真っ只中である。
一人暮らしが寂しいのでは⋯と心配したものの、母は割と自由を謳歌している。
ただやはり身体は年相応なので、最近は転倒や怪我が心配なお年頃でもある。

そんな母が、米津玄師に開眼した。


微かな予兆

なんとなく母の運転する車に乗ると、米津玄師を聴いていることが多い。
そう気がついたのは数年前だった。

母は昔から箱推しや個人推しを越えた「楽曲推し」が得意だった。
BOOWYの「マリオネット」が好きだと言うので収録アルバムを探そうとしたら「他の曲には興味がないから要らない」と返された。
それくらいに超絶スーパードライな母である。

そして母の車には孫が聴いてそのまま置きっぱなしになっていたであろう「STRAY SHEEP」があった。
まあ、母はそこにCDがあるから聴いているのかなーとしか思ってなかった。

後に聞いた話だと、この頃にはゆっくりと「米津玄師推し」が始まっていたらしい。
しかも推すきっかけはまさかの「パプリカ」だった。
どうも話を聞く限りFoorin ver.を聴くうちに米津玄師ver.に辿り着いたようだ。
てことはストレートにその詩や楽曲が刺さっていたのだと推測される。
そのうちに車載されていた「STRAY SHEEP」にパプリカが入っていることを知り、結局それをずっとヘビロテしていたらしい。


母と、初めてのアルバム

月日は過ぎ、2024年8月。
コロナ禍も多少の落ち着きを見せてきた頃、母を連れてCDショップへ行った。
目的は「LOST CORNER」というニューアルバムを買うためだ。
もちろん、その間に米津玄師はたくさんの楽曲を配信していた。
けど母はずっとずっとSTRAY SHEEPを繰り返し聴いていた。
そして母はずっとずっとニューアルバムの発売を心待ちにしていた。
「アルバムという手に取れる品を買いたい」と母は言う。
それならばと、初回限定盤ならライブ映像も少しだけ付いてくると教えた。
「それなら初回限定盤にする」と即決していた。
それほど見るのかなあと思いつつも初回限定盤を探し、母と私で2枚の「LOST CORNER」をお迎えした。
こうして「LOST CORNER」は「母が自らお迎えした初のアルバム」になった。
(余談だが私も米津玄師さんは大好きである)

そして。
このニューアルバムのお迎えが、決定的な選択になった。


母、強運を引き寄せる

アルバム発売から数日後。
母から連絡があった。
「この封入されている紙は何なのか」と。
確認してみると、ドームツアーのチケット先行予約が書かれている紙のようだ。
そう伝えると、母は一呼吸おいて私に告げた。

「一度、ライブに行ってみたい」と。

心情は理解できた。
聞けばそのアルバムはもちろん、特典映像も毎日欠かさず見ているそうなのだ。
一度くらいは生の声を聴いてみたい、そう思うのは自然なことだと思う。
けど。

そこは「札幌ドーム(プレミストドーム)」だ。

私も一度だけ札幌ドームのライブに行ったことがある。
その時は単独参加で好きに動けたが、それでもホテルに戻ったのはかなり遅い時間だった。
歩く距離もかなりある。

そんな過酷なライブに、七十代の母が挑めるのだろうか。
母は運動とは縁遠い生活を送っているし、基礎体力も平均以下だと思う。

うーん。
上手くいく要素がない。
いやまあ無理だろ。
正直、そう思った。

それと同時に、米津玄師の人気っぷりも思い出した。
いくらドーム公演とはいえ、アルバム1枚買ったからとて簡単にチケットが当たるような御仁ではない。
母は米津玄師を舐めすぎである。

そして私は、母にこう告げた。

「じゃあエントリーしてみたら?たぶん当たらないとは思うけど」

母は強気だった。
多分確率は高いであろうアリーナ席を迷わず選んだ。
「まあ運良く行けたらいいわよ」と言いつつも、メチャクチャ抽選日を心待ちにしていた。

そして。
母は見事にチケットを当てた。
ビギナーズラックも極まれり、である。


進めちまった手前

そこからはもう、必死だった。
私が自ら進めちまった手前、もう後には戻れない。
早々に宿を確保し、移動ルートを厳選し「とにかく立って並ばない、並ぶ時間を極力減らす」を目標に立てた。

とはいえ、限界はある。
札幌ドーム周辺に休める場所はかなり少ない。
早めに動けば休憩場所に困り、開演ギリギリだとトラブルがあった時には簡単に詰む。
地獄の選択しかない。

しかし交通機関はたぶん地下鉄が一番安定している。
地下鉄は3路線あり、最寄駅までシャトルバスの運行もあるようだ。
運営側も地下鉄移動は主軸として捉えているんじゃないかと思う。

車での移動も考えたが、渋滞に巻き込まれたら即アウトだ。
何よりも、当日の道路の混雑具合が全く分からない。
そんな博打を打つ勇気を、私は持ち合わせていなかった。

そんな感じで、ライブ当日までは地獄のような日々だった。
脳内には常に選択肢が何個も浮かんでいて、日々それを潰して回る。
とにかく最優先事項はひとつなのだ。

母が無事にライブを楽しみ、そして帰ってくること。

ただ、往路は割と選択肢がある。
けれども復路は不安しかなかった。
なんせ当たったのはアリーナ席だ。
ドームという会場故の「規制退場」には間違いなく巻き込まれる。
そして規制退場は出口に近いスタンド席から退場させるのがセオリーだ。
ということは、アリーナ席の母は後発になるだろう。
ここだけは回避できない。
最悪、タクシーを拾ってホテルまで戻る「金にモノを言わせる復路大作戦」は持っておこう。
てか捕まるのかタクシーとか。

とにかく考えれば考えるほどに疑問が増える。
選択肢も無限に増えるのに、時間はどんどん減っていく。
これほどに準備を重ねたライブは生まれて初めてだった。


いざ往かん、札幌の地へ

2025年2月21日。
【米津玄師 2025 TOUR / JUNK】札幌公演。
母は意気揚々と会場である札幌ドーム(プレミストドーム)へ向かった。
会場への荷物は最小限に。
上着を格納できるよう大きな袋を忍ばせて。
歩きやすく、かつ防寒対策もしつつ、準備も万端だ。
体調管理にも気をつけ「そんなに好きな味じゃない」と愚痴を零しつつもR-1ヨーグルトを飲み続けた。

とにかく時間には余裕を持つ。
会場での物販は13:00からだったので、そこを目がけて地下鉄で会場入りした。
さすがにまだ普通に歩けたし、流れも良かった。
けれども、その流れの良さは七十代にはかなりキツかった。
それでも何とか流れに乗りつつ動くことができた。

※余談だが。
物販への参加は3パターンあった。

・会場外テントでの販売(10:00〜13:00までは要整理券、13:00以降はフリー)
・会場ドーム内での販売(開場後の16:00〜、ただし購入できる商品は一部のみ)
・2/19〜2/21の間、Zepp Sapporo(ライブハウス、ドームからは少し離れている)での販売

地方住みのためZeppは諦めたが、この別会場での販売のおかげかテント販売がスムーズに行われていて助かった。
というか。
母は当初「グッズにあまり興味はない、時間があったら見る程度でいい」と話していた。
それで整理券も貰わず、ただふらりと会場入りしたのだ。
もちろん母は、30分後にはショッパー(※3点購入で10,000円を超えると貰える)を抱えてご満悦だった。
買い方がガチ勢である。
その興味は何処から湧いたのかと母を問い詰めたかったが、まあ楽しそうだったので不問とした。
なんなら開場後には開場内の販売ブースにも顔を出し、グミとか買ってた。


潰せ潰せ、暇を潰せ

買うものを買ったら13:30くらい。
そこから開場の16:00まで2時間半、どこかで暇を潰す必要がある。
本当は近くのガストあたりで休もうかと思っていたが、案の定とんでもない列が出来ていた。
早々にガストは諦め、近くにあるロピアという商業施設に逃げ込んだ。
かなり待ったがドトールでコーヒーをいただき、あちこちブラブラしつつ暇を潰した。
この段階でロピアのトイレは長蛇の列が出来ていた。
座れるベンチは人だらけ。
そのベンチはもちろんのこと、すれ違う人の多くは米津玄師グッズを手にしていた。

この段階で、母はかなり疲れていた。
ヤバいかなと思うものの、これ以上の配慮が出来ない。
ドーム内の救護エリアをこっそり調べていたのは内緒である。
後は本人の気力に任せるしかない。
そう覚悟した。

十二分にヘトヘトになりつつ、開場時間を迎えた。
長蛇の列を眺めながら、母は何度も感心していた。
老若男女それぞれが米津玄師という御仁を観たい一心で、ここに集まっている。
初めて見る光景を、母は何度も見渡していた。

スマホにQRコードを表示して、身分証を準備して。
かなりしっかりと身分確認を行い、ようやく紙チケットが発券された。
さてどんな場所かと確認したら。

すぐ目の前に音響卓があった。

そう、かなりステージから近い場所だった。
というか目視で米津さん見られるよこれは。
どんだけ強運なのだ母よ。
私だって推しのライブは多々参加しているけど、こんな良席当たったことないんだが。


【JUNK】開幕

これも本当に幸運なのだが、席は偶然にも通路側だった。
決して背丈は高くない母にとって、アリーナ席で「前列の人が大きすぎて何も見えない」というのが一番の悲劇なのだ。
私もいるから席を変わることもできるが、それにだって限界はある。
大男が2人か3人も並んだら、たぶん何も見えない。
なんならスタンド席のほうが良かった、なんて事にもなりかねないのだ。

ところが。
通路席なら、通路に少しだけ出ることで視界は開ける。
おかげで大半のライブシーンを母はその目で観ることができた。
もちろん大きなモニターもあったが「ほとんど直接、目で観られた」と母は言っていた。

ライブはもう、とにかく最高だった。
とはいえ母はさすがに踊ったりピースサインを掲げたりはできなかったが。
それでも。
ずっと手拍子を贈り、ステージを見据え、ほとんど座ることなくライブを楽しんでいた。
(さすがにMCの時は「ここは座っていいんだよ」と半ば強制的に座ってもらった)

良席の極みで、ライブ中には紙吹雪や金テープも降ってきた。
なぜか金テープは「風の目」みたいな流れがあったのか、直接取ることはできなかった。
けど規制退場中にスタッフさんが分けてくれたので、母の金テープは確保できた。
いつの間にか紙吹雪もちゃっかり母が拾っていた。

2時間のライブは、あっという間だった。
生で聴く米津さんの声はどこまでも力強く、そして繊細だった。
音楽だけではなくディスプレイに映る映像も、たくさんの特効も、全てが米津さんの世界を体現していた。
なんて贅沢な時間だろうかと、心が幸福で一杯になった。
終演直後の母は「凄かったねえ」と呟き、その余韻に浸っていた。


帰るまでが遠征です

さあ、ここからが勝負だ。
やはり規制退場になり、どう見てもアリーナ席は後発のようだ。
そして残念なことに、母のいるエリアはほぼ最終組だった。
これはヤバい。
どうやっても人混みに巻き込まれる。

本当は最後に物販なんぞ見直しつつ、人混みが引く頃にでも帰宅しようか⋯なんて考えていた。
しかし物販はライブ終演時には既に閉店、時間を潰せそうな写真撮影ブースはすっかり夜だし雪道の上には長蛇の列ができている。
もちろん規制退場なのでドーム内に居座ることもできない。

腹を括った。
乗るしかない、この規制退場に。

とにかく母を視界に入れつつ、人の波に乗る。
(それでも一度はぐれて肝が冷えた)
氷で足を滑らせないように、段差で転ばないように。
あとは押し潰されないように。
もう色々なものに祈りつつ、とにかく少しずつ歩いた。

ちなみに。
米津玄師ファンの皆様は、とても紳士的で良心的だった。
母は押し潰されることなく、歩みが遅くとも文句を言われることなく、進み続けることができた。
本当にこれに助けられた。
たくさんの米民さん本当にありがとう、おかげでうちの新参米民(七十代)も安全に進めました。
気が遠くなるような時間はかかったが、なんとか地下鉄の駅に辿り着けた。

ちなみに、何度かタクシーを捕まえる話にもなった。
けれどもタクシーを捕まえるためには道路に隣接しなければならない。
そして2月の札幌は、道路に無数の雪壁が出来ている。
実際にタクシーを捕まえている人もいたが、雪壁から顔を出すか、交差点で身を乗り出すかしないと合図すら送れない。
予約してタクシーを呼ぶにも、やったことがないので方法が分からない。
うんうんと唸っているうちに母は「まあ歩けばいいんでしょ」と言い放ち、前に進んでいった。

改札を抜ける頃には「もう膝が上がらない」とぼやいていた母も、地下鉄ではすんなり優先席に座ることができた。
たくさんの方々に助けられながら、母はなんとかホテルに戻ることができた。
日付が変わる直前のことだった。


そして母は

ライブ翌日。
ホテルで朝を迎えた母自身が「がらくた化」していた。
身体のあちこちが痛くて満身創痍のようだった。
結局、ライブの日は2万歩くらい歩いていたのだから仕方がない。
それでも寝込んだりすることはなく、なんとか動いていた。
ちなみに自宅に戻ってからも重ねて疲れが出たらしく、更に盛大な全身の痛みと闘うことになったらしい。
やはり無理をさせてしまった。

そんな母に、今度もしライブがあったらどうするのかと聞いてみた。
「いやあ、もう無理じゃない?」と渋い顔をしていた。

が。

「まあ、申し込みはするけどね」
母はそう言って、ニヤリと笑った。

とりあえず私は「じゃあ次当たったら体力づくりを頑張ろうか」と言ってみた。
母は返事をしなかったが、たぶんストレッチとかしていそうな気がする。
なんか規模の凄まじい健康づくりになっているが。
後はライブ円盤が出たら買いに行こうと言っておいた。
たぶん母のことだから百万回は観ると思う。


まあ、母は米津玄師を推すことを知り、毎日毎日楽しそうだ。
七十代の過ごし方としては少々型破りな気もするが。


楽しいのなら、まあ、いいか。


米津さん、来てくれてありがとう!

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