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【表現評論】涼宮ハルヒの憂鬱(原作) コアレビュー その1 プロローグ【再読】

●涼宮ハルヒ、その他作品、様々なネタバレが含まれます。

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涼宮ハルヒの憂鬱は全て主人公であるキョンの一人称視点が貫かれています。この一人称視点の軽快な語り口がハルヒの魅力の大きな部分を占めていると言っても良いですが、冒頭一発目からそれを余すところなく魅せてきます。書き出しがここまで有名なラノベはないんじゃないでしょうか。あるのかな。純文学だと色々あるけどさ。雪国とか、吾輩は猫とか。

せっかくなのでハルヒの冒頭を引用してみます。

サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、それでも俺がいつまでサンタなどという想像上の赤服じーさんを信じていたかと言うとこれは確信を持って言えるが最初から信じてなどいなかった。

涼宮ハルヒの憂鬱 P.5

まず目を引くのは、句読点がめちゃくちゃ少ねえことです。この長い文章の中に読点がひとつしかありません。そして句読点が少ない割に、めちゃくちゃ読みやすいです。喋ってみればわかりますが、澱みなく発音できます。「たわいもない世間話にもならない」で「ない」が重なっていたり、「信じていたかと言うとこれは確信を持って言えるが最初から信じてなどいなかった」で信じて、言う、言え、信じてが繰り返されたりと、文章のリズムが非常に優れています。

この一文からわかることが他にもあります。主人公の明らかにめんどくさそうな、めんどくさがりのような性格です。じいさんじゃなくてじーさんと言ってる辺りでめんどくさがりの感じが出ています。そして最初から信じてなどいなかったと言う辺りで、捻くれたキッズのような、非常にめんどくさそうな人間性を感じます。絶対めんどくせえわこいつと。

レビューを長々書いてますが、冒頭の文章はたったの130字程度です。これだけの文字数で筆者の躍動感のある筆力と、主人公の捻くれた人間性が滲み出ています。やっぱすげえよ。そら有名にもなりますわ。

ちなみに凡人の自分が冒頭を書くとこんな感じです。

 サンタクロースをいつまで信じていたのか。それは世間話にすらならないような話だが、今更ながらに振り返ってみると、間違いなく最初から信じていなかった。

西住著

これは売れませんわ。

⚫︎太古の昔から捻くれキッズ

で、ですよ。文体が素晴らしいことはわかりましたが、問題は内容ですよ。ここでちょっと気になることがあります。冒頭で幼稚園に現れるサンタクロースをみんな偽物だと思っていたと述べていますが、そうなの? 幼稚園キッズのレベルでもサンタクロースって信じてないんですかね。幼稚園児にそこまでの判断能力ある? 偽物だと思ってたのはキョン君だけじゃないのと思わなくもない。やっぱりこいつは太古の昔から捻くれキッズだったんだなと。疑惑が確信に変わる場面です。あとキョン君が幼稚園に通えるような家庭環境だったこともわかる。

⚫︎非日常への憧憬

赤服のジジイが偽物だとは分かっていても、宇宙人や未来人や妖怪や幽霊や超能力者や悪の組織と戦うヒーロー達が存在しないことに気づいたのは相当後だったと。いや、最初から気づいてたけど気づきたくなかったのだと、そんなことを言っています。いくら捻くれキッズでも、非日常への憧れは、それが嘘だと気づいていても認めたくないほどにはあったということですかね。この種の憧れは子どもであれば大なり小なり持つものでしょう。いわゆるあるある。この辺の描写は、かつてキッズだった自分を思い出させる部分です。ただキョン君の憧れの強さは、普通のキッズが持つ熱量を遥かに超えてるように思いますね。冷めてる捻くれキッズと思いきや、非日常への憧れは人一倍強いという、相反した性格が見て取れます。中学を卒業する頃にはこの世界の普通さに慣れていたと言ってますが、いやいや、これは半分というか、9割嘘でしょ。本当にそう思ってるならまずハルヒに話しかけようと思わないし。このおもしれー女と関わったらあの頃思い描いていたような非日常があるんじゃないのか、と思ったから話しかけたわけで。

⚫︎涼宮ハルヒと出会った

電子書籍だとわかりにくいですが、実本の8P目は一文しかありません。7Pの最後から引用してみます。

 そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら俺はたいした感慨もなく高校生になりーー、

涼宮ハルヒの憂鬱 P.7

涼宮ハルヒと出会った。

涼宮ハルヒの憂鬱 P.8

そして9P目から第1章が始まります。あえて一文だけをポツンと8Pに持ってくることで、視覚的な印象づけを行っています。その後ろにある広大な空白は焦燥感とか期待感とか寂然感とか嵐の前の静けさとかなんで俺はハルヒと出逢っちまったのか感とかやっちまった感とか色々なものを感じさせますね。ここは電子書籍で読んだ人と実際の本で読んだ人は若干印象が変わりそうな部分です。

次回は第1章をレビューします。

参考文献
『涼宮ハルヒの憂鬱』(谷川流 2003 角川スニーカー文庫)


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