嫌なものは嫌、それでいいよね。
デザインライターの西山薫です。
趣味が仕事になり、仕事が趣味に。
今週も趣味に没頭しました。
先週、日経デザインの校了と並行してさまざまな取材がはじまり、今週は毎日2件以上。対面だったり、オンラインだったり。
大企業のインハウスデザイナーさんの取材も数件。ある飲料メーカーさんの話題のペットボトルのデザインの取材では、制約の中で商品の特徴や魅力をよりよく伝えていく、そのしなやかさと発想力に感動しました。
ペットボトルと八百万の神。まさかのつながり。話にひき込まれました。またお会いして話を聞きたい。
キャンセルすると次の予約が半年後になっちゃう人気クリニックの年1乳がん検診も入っていたり(異常ナシでした!)、松屋銀座の手づくり市の催事に行ったり(琵琶湖パールの神保真珠商店さんが出店してるよ!)、都内をぐるぐる。
移動の合間の自由時間は、写真撮って気分転換。愛犬の写真を毎日毎日撮るようになって、いつの間にか写真が趣味になりました。
フィルターで加工しているとき、自分が世の中をどう見ているのか、どう見たいと思っているのかに気づいたりする。それも楽しい。
そして、好きなように見ればいいのさ、とさっぱりした気分になる。
文章を書くのとは違う、より感覚的な楽しさ。
フィルムカメラしかなかった時代には、考えられない手軽さ。色味の調整は暗室での作業だもんね、ほんとは。
そういえばかつて、フィルムカメラから本格的にデジタルカメラに移行してきた頃、フィルムの良さを伝え残そうとする活動「ゼラチンシルバーセッション」の本づくりを手伝ったことがあります。
有名写真家やクリエイターのフィルムやデジタルカメラへの考えを収録した本。取材して一番納得できたのが、アーティストの畠山直哉さんの意見でした。
「明日からフィルムがなくなっても写真を続けますか」と大胆な質問をしたら、面白がってたくさん答えてくださった。
ノスタルジーですよ。フィルムもデジタルも出力したものの差はほぼなくなり、見分けもつかない。それでもフィルムにこだわりたくなるのは、長年フィルムで撮影してきたから。
というような話を、写真と美術の歴史を重ねつつ。歴史を学ぶことと、自分の軸を持つことの大切さを感じ取ったインタビューでした。
駅で待ち合わせして、自転車に乗ってきた畠山さんを小走りで追いかけてアトリエまで行ったのも楽しい思い出。見るからにアーティストだけど、話は論理的。そのギャップにちょっと驚いたりもした。
校正で2行削る相談を電話でしたら、「どこも削りたくないよねぇ」「あ、ここは? でも、やっぱり嫌だ。これも言いたい」なんて、めちゃくちゃ真剣に一緒になって考えてくれたのも嬉しかったなぁ。
レイアウトのフォーマットが統一されてて、プロフィール写真を掲載したいといったら、「載せなくていい」と畠山さん。
でも本のデザイナーから「畠山さんだけないと変だし、後から自分だけ載せてないと気づいたら嫌かもしれないから、もう一度聞いて」と。
それを伝えると畠山さんは「他の人と違うことなんて気にしない。僕は載せたくないから載せなくていい。嫌なものは嫌だ」とスッキリ言い切った。その姿勢、あの頃からずっと勝手にみならってます。
嫌なものは嫌。好きなものは好き。それでいいよね。無理なんてしたくないし、もうしない。