久米小百合・著 「ふたりの異邦人」を読了した。

久米小百合・著 「ふたりの異邦人」を読了した。

私が異邦人という曲を聞いたのは小学3年生の頃だったと思う。当時は歌謡番組が花ざかりの時期。彼女がブラウン管に現れたのはピンクレディーが全盛期を過ぎ、松田聖子が出てくるまでの狭間の時期だった。初めて聞いたのがいつだったのか覚えていないが、聞いた途端に魅了され、小学校の登下校とかあと休み時間とかに「ちょっと振り向いてみただけの異邦人」というフレーズを口ずさんだことをなんとなく覚えている。それまで聞いたことない曲調だったこともあって、今まで知らなかった世界というのが世の中にはあるんだということを感覚的に思い知らされた。それ以来、私は海外への憧れをずっと持つようになったし、実際に外国に出かけるようになり、それがきっかけで文章を書き、写真を撮るようになった。そして今はウェブや雑誌に記事を寄稿したり、本を出版したりして生活している。そんな意味で、この曲は私の生き方にずっしりと大きく影響を与えているのは間違いない。

一方で久保田早紀という歌手の事は当時子供だったこともあってよくわかっていなかった。ピアノの上手な曲も作れる歌の上手い美しいお姉さんという印象。曲のイメージが強烈だったし、着ている服とか表情とかの印象から、この人はもしかすると現実には存在しない神様なんじゃないかとぼんやりそんなこと思っていて、だからこそすごく憧れたし、子供だった私の中で神格化されていた。

とはいっても世の中は残酷なもの。その後いろんな歌謡曲がヒットしていく中で、彼女のその後の活躍には注意を払わなかった。曲がヒットしてテレビに登場したりして活躍していればもっと応援しただろうけど、その辺りは子供だけに次々とヒットする他の歌手の曲に心を奪われていったのだった。そんなわけで彼女がいつ引退したかもよく知らなかった。

久保田早紀さんの活動に注意を払わなかった一方、「異邦人」という曲の持つ強い印象については、自分の心の中でずっと残っていて、たまにだけどカラオケに誘われた時は下手くそなのにこの歌をつい歌ってしまう。「異邦人」という曲が喚起させるイメージというのはシルクロードやヨーロッパなどあちこちの外国を回った今も絶対にたどり着けない心の中だけにある憧れの世界として強力に存在している。

この本を読んでみて思ったことは彼女は現実に存在するし、私と同じ時代を生きる一人の女性として生きてきたんだということの再発見だった。この本を出す数年前に、一度チャペルコンサートに行ったことがあって、あの曲の持っている幻想的な雰囲気とは全然違う、あっけらかんとした、素直で、それでいて確固とした自分の世界を持っている女性だということは知っていた。

この本は会った時に感じたそうした印象を強化するもので、人となりが十二分に伝わってきて非常に面白かった。デビュー曲が大ヒットして一気にスターに上り詰めると言う夢のような話の裏には、本人が痛感している実力不足、異邦人の中近東的なイメージで見られてしまうことへの悩み……。彼女はずいぶん悩んでいた。ということをこの本を読むことでその詳細をようやく知った。

悩む中でキリスト教というよりどころを見つけ、洗礼を受け、そして引退して結婚。キリスト教のことを学校に入って勉強したり、音楽伝道者として活躍したり、あちこち外国をバックパッカーとして旅行したり、出産し子育てをしたり。アーティストとして一人の女性として妻として母として、その時々ごとに、愚直なほどに真面目に、愛を持って、その時その時を真摯に生きてこられたということがよくわかった。

夫である久米大作さんもあとがきで語っているが、久保田早紀時代に鍛えられたと思しき言葉のリズムというのが非常に良くて、非常に読みやすく面白かった。約40年間、私の中で神格化され、永久保存されていた久保田早紀という存在は、引退によって店じまいとなり、新たに久米小百合商店としての店を再オープンしていたこと。プロデューサーたちの売り出し戦略に乗らない素の自分を地道に、売り続けてこられたということ。その全貌を私は頭の中でようやく整理することができた。そして、久保田早紀と久米小百合という「ふたりの異邦人」が、私の中でようやく繋がった気がした。そのことでますます、久保田早紀のことが好きになったし、久米小百合さんの今後の活動にも注目していきたいと思った。

追記:この本の中に数箇所出てくる、神戸のライブハウスチキンジョージ。一時期私はここでバイトをしていたので、経営者である小島さん、料理長のことはよく知っている。
オールスタンディングのパンクロックのライブの時なんかは、揚げたたこ焼きやポテト、ビールを次から次へと料理長に「ほらでたぞはよ持ってけ」などと言われて、リレー形式でお客さんにどんどんと渡していたのを思い出す。あの時は戦争だった。

追記2:彼女の過去作については、久保田早紀引退後の久米小百合になってからのものも含め数年前、全て買い揃え、時々愛聴している。どの作品も非常にレベルが高い。アーティスト性も非常にある。オリエンタルの印象だけでなくて、ポルトガルのファド、カラッとしたアメリカンハードロック風の作品だったり、シティポップスだったり、日本の伝統音楽だったり。久米小百合名義になってからは、賛美歌だったり、それを元にしたオリジナルだったり。実に多種多様なのに、アーティスト性が非常に高い次元で貫かれていることを知った。どんなジャンルの音楽をやってもしっかり自分の色を出せている。これはすごいことだと思う。

追記3:アーティストの曲のイメージと本人の人柄というのが全然違うというケースは例えば中島みゆきが典型的だけど、それによって曲の印象が損なわれるというより、逆に奥行きを与えていると思う。私もチャペルコンサートに行って彼女のざっくばらんなおしゃべりを聞いたり、こうして彼女の本を読んでみて、別に「異邦人」という曲のイメージが損なわれるわけでもなかったし、逆にその奥行きの深さを感じたのだ。

追記4:久保田早紀と久米小百合さんが一人の人間だということはこの本を読むことで十二分に理解した。その一方で神格化した久保田早紀という神様のようなイメージというのは、私の心の中に今もまだずっと残り続けている。ご本人からすると非常に迷惑な話かもしれないけども。

追記5:「ゴロウ・デラックス」に登場してほしいなあ。

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