「人生を変えた夜」―義足のドライバーがくれた勇気
自分の可能性を引き出すワーク
私が高校を卒業して
最初に就職した会社は
とても昭和的、
いわゆるブラックな会社でした。
毎日の出社が苦痛で、
ヘトヘトになりながら
日々を過ごしていました。
ある夜、精神的な疲れがピークに達し、
近くの河原に寝そべって星を見ていました。
そのとき、以前読んだ本に載っていた
「心のワーク」を思い出しました。
「あなたが朝起きると、
とても素晴らしい状況になっていました。
そのとき、あなたは何の仕事をして、
どんな家に住み、誰と一緒にいますか?
具体的に想像してみましょう。」
本の題名は忘れてしまいましたが、
そんな内容でした。
気分がどん底だった私は、
楽しい未来を想像するのが
難しかったのですが、
ひとつだけ心に浮かんだのが
「死ぬまでに
バスを運転してみたい」という願いでした。
夢を描く余裕のない日々
幼い頃からバスの運転手に憧れていました。
(その話は別の投稿に書いていますので、
興味があればぜひご覧ください)
電気工事の仕事に就いてからも、
その憧れは消えませんでした。
転職するかどうかは別として、
「いつか大型二種免許を取りに行きたい」と
漠然と考えていました。
しかし、毎日残業続きで
曜日の感覚すらなくなるような生活の中、
教習所に通うなんて現実的ではありませんでした。
ただの願望に過ぎず、
日々のストレスと”うつ”に悩まされる毎日でした。
神に導かれたような、素敵な出会い
そんなある日、
仕事の付き合いで利用した
運転代行のドライバーとの出会いが、
私の人生を変えるきっかけになりました。
当時、運転代行業務には
普通二種免許の取得が義務化されたばかりで、
ドライバーの方々の体験談を聞くのが
私の楽しみでもありました。
ある日、特に運転の上手な
ドライバーに出会いました。
私のマニュアル車を
スムーズに操る姿に感心し、
二種免許の話を聞こうとしました。
しかし、その方は
「だいぶ昔に取りました」とだけ言い、
会話はそれ以上弾みませんでした。
「私も大型二種に興味があるんですけど
取りに行く勇気がないんです」と伝えて
話を終わりにしました。
ところが、家まであと5分ほどのところで、
そのドライバーが急に話し始めたのです。
義足のドライバーがくれた勇気
「お客さんは大型二種を受けてみたいと
おっしゃってましたね」
「ええ」
「実は私、左足が無いんです」
驚きました。
深夜に怪談でも始まるのかと思いましたが、
彼の真剣な表情から冗談ではないと分かりました。
彼は義足を使っており、
昔バイク事故で膝から下を切断したそうです。
その後、苦しいリハビリを経て
運転再開試験を受けます。
運転免許センターの試験官からは
二種免許の返納を促されたそうです。
しかし、彼は試験官に向かって
「あなたより絶対上手く運転してみせる!」と主張し
全てのコース課題をクリアして、
なんと合格をもらったというのです。
ドライバーの愛に情けなくなる
彼は、こう言って励ましてくれました。
「あなたはまだお若いようですが
免許を取りたいという気持ちがあるなら
ぜひ、挑戦して欲しいです」と。
この話を切り出すのは、
とても勇気が必要だったはずです。
もしかしたら
「義足で運転するなんて危ない」と
クレームをもらうかもしれません。
それも二度と会うことのない
代行を使った若造に。
これを愛と呼ばずして何と言いましょう。
五体満足で若い自分は
免許を受けようかどうしようか
ウジウジ迷っている。
本当に情けないなと思いました。
励ましをバネに免許取得
その言葉に心を動かされ、
私は教習所に申し込みました。
当時、お金がないことも理由のひとつでしたが、
全額ローンを組んで挑戦することを決めました。
教習所では、仕事の都合上
予約が思うように取れず、
受付のスタッフから
「本当に卒業できるの?」と
心配されるほどでした。
それでも、あのドライバーの言葉を胸に、
気合いで通い続けました。
そしてついに、大型二種免許を取得しました。
不思議な巡り合わせ
あの夜、
たまたま利用した
代行車での出来事は、
まるで運命が私を
導いてくれたかのような感覚を覚えます。
彼との会話がなければ、
私は今でも夢を「無理なもの」として
心の片隅に追いやったままだったかもしれません。
彼がどこかで、
私のことを覚えているかはわかりませんが、
もし再会できるなら、
免許を取ったことを報告し、
あのときの言葉がどれほど
私の人生を変えたかを伝えたいと思います。
そして、彼が私にしてくれたように、
私も誰かの背中を押せる
存在になりたいと伝えたいのです。