白と黒が醸す幽玄の美。英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2021/22『白鳥の湖』は初バレエにもおすすめ
英国ロイヤル・オペラ・ハウスのバレエとオペラを大スクリーンで。英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2021/22のシーズン最後を飾るのは、バレエと言えばこれ!と誰もが思い浮かべるクラシックバレエの名作『白鳥の湖』。英国ロイヤルバレエ団はもちろん、バレエそのものを初めて見る方にもぜひ、おすすめの作品である。
『白鳥の湖』の初演は1877年。1885年にプティパとイワノフの改訂により、これが現在にいたる「バレエを代表する名作」のデフォルトに。以後誕生後140年以上を経ながら、今なお様々な振付家により改訂された多様なバージョンを含め、世界各国で上演され続けている。
このたび英国ロイヤルバレエ団が上演する『白鳥の湖』は2018年、当時31歳だった天才振付家、故リアム・スカーレットが振付・演出を手掛けたプロダクションだ。物語の大筋や白鳥たちの踊りなど、古典バレエの伝統的要素を生かしつつ、悪魔ロットバルトを王国の王冠を狙う女王の側近としたり、ジークフリート王子の妹たちを登場させたりするなど、新たな設定を加えながら英国ロイヤルバレエらしい、演劇性の高い振付で再構築。黒い炎が燃え上がるようなダーティーさとともに白い悲哀が醸す至高の美が凝縮された名作となっている。
王子役はこのライヴビューイング後にプリンシパルに昇格した注目の若手、ウィリアム・ブレイスウェルに、悪魔ロットバルトは名優ギャリー・エイヴィスが務める。そして白鳥オデットと黒鳥オディールという、相反する二役を踊るのがバレエ団入団20年の節目を迎え、出産後の復帰を果たしたローレン・カスバートソン。「白い呪い」をまといながらも気品あふれるオデットと、まっすぐな黒い情熱で迫るオディールを、圧巻の力量で踊り上げる、見応えある舞台だ。
■黒さを覆い隠す白、黒に滲む白。カスバートソンのオデット/オディールは圧巻
冒頭、とにかくハッとするのは悪魔ロットバルトが人間の姿のオデット姫を白鳥に変えるシーンだ。スカーレット版のオリジナル演出だが、白いドレスからチュチュの姿――白鳥に変えられたオデットが自身の変貌した姿に恐れおののき絶望する、そんなシーンから始まる。
「白」といえば純白、潔白、無垢など清らかなイメージであるが、この白は「呪い」であり「絶望」であることが、この冒頭でくっきりと語られる。しかしカスバートソンのオデット姫は、そうした危うさ、儚さを包み込み凛と立つ、気品と高貴さ、姫としての誇りが感じられ、だからこそ「白」が一層輝くのである。1幕の宴から2幕、オデット姫と出会う王子は、王国を継ぎ背負っていかねばならない圧力など沈鬱な思いのなかにいる。舞台開始前のインタビューと解説でこの2人の出会いの心情、マイムを通した会話の意味が語られているので、初めてこの作品を見る方はぜひ、ここも見逃さずにご覧いただきたい。
対する3幕で登場する黒鳥の、とにかく王子を落とそうとする一途な、黒炎のような迫力。「白」に対する「黒」――漆黒、ダーティーといったイメージに純粋ささえ感じられ、単にコインの裏表では割り切ることのできない人の心の深淵をのぞかせるのである。このオディールの登場で、それまで花嫁候補の姫君たちのお付きだった一団が魔法にかかったように踊り出す。エイヴィス演じるロットバルトの存在感ともども、迫力満点だ。
■個性あふれる演技力。日本人ダンサーにも注目
英国ロイヤルバレエ団の舞台はダンサー個々の演劇性の高さも魅力の一つだ。ブレイスウェルのジークフリート王子は瑞々しく純朴で、カスバートソンとともに丁寧に物語を紡ぎ出す。クリスティーナ・アレスティスの女王は高貴さの中にもかわいらしさも滲み、それが踏ん張りながらも自身の務めを果たそうとして王子に圧をかける危うげさに説得力が感じられる。
「王子と友情を越えた絆で結ばれている」従者ベンノを踊る日本出身のアクリ瑠嘉の存在感も絶妙。このほか大きな2羽の白鳥を踊る佐々木万璃子、4羽の白鳥やナポリの女王を踊る前田紗江など、日本人ダンサーの活躍も注目だ。
演出、演技力、物語の分かりやすさなど、英国ロイヤルバレエ団の『白鳥の湖』は初めてバレエを見る人にもおすすめの一作。本作日出演はしていないが、英国ロイヤルバレエ団では高田茜、平野亮一、金子扶生といったプリンシパル(最高位ダンサー)も活躍している。またこのシネマは先にもご紹介した冒頭のインタビュー、幕間のインタビューも丁寧で分かりやすい。「英国ロイヤルバレエってどうなんだろう」と興味を持たれた方は、ぜひ気軽に楽しめるシネマを活用してみてはいかがだろう。
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