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Encounter Japanは 「メキシコ」から「ラテンアメリカ」へ舞台を拡げていきます

2020年春。世界を襲ったコロナウイルス感染症。例に漏れることなく、当社Encounter Japanは、メキシコ政府からの店舗営業停止命令で絶望の淵にありました。政府からの強制的な措置であるにも関わらず、給付金や協力金はゼロ。従業員の皆を集めて、フルタイムでの勤務を皆に継続することは不可能で、希望者を募ってボランティア休暇の取得をお願いした日の光景と、みんなの不安そうな表情は目に焼き付いています。

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当時、僕たちは「Uber Eats」で生き残れるほどスリムな会社では既になく、日本の闇金よりも高い金利でメキシコ国内にある金融機関から借入を行ないながら、細々と生き延びた企画・営業部の制作案件や、100名を超える方々からのクラウドファウンディングを通じたご支援を賜り、延命措置を行なっていました。加えて、僕たちの心の支えであり、GOEN Leon店の常連様である「親方」はご自身の従業員への日本語教育を「日本語教育の経験ゼロ」な私にご依頼頂く等して、まさに「手段を選ばず、多くの方々のご厚意に甘えながら」どうにかコロナ禍を生き延びていました。

容赦なく届く請求書と減り続ける口座残高を眺めて気絶しそうな日々に追い討ちをかけるように、肝入りで夜中まで準備したコンペ案件は無情にも「不採択」の連絡が無機質なメールを通じて届く。心がポキッと折れそうな頃に、妻が妊娠したことが判明し、心の底から喜ぶ一方で「こんな状況で大丈夫なのか」という不安に襲われ、楽天家として相当なレベルを誇る私でも流石に挫けそうになっていました。

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*ステイホーム時代には、妻がカフェを自宅で開業して、私が唯一のお客として日々お支払させて頂いておりました。笑

そんな日々から2年近くが経とうとしていて、僕たちは企画・営業部そしてFood & Beverage事業部どちらも大きく売上・利益共に成長している最中にあって、積み上げてしまった負債をスピーディに縮小しながら、事業や資産への投資も行う一方で、少しづつですが社員の給料も上げていくよう努力している最中です。

「会社は経営者の器以上にならない」

「会社は経営者の器以上にならない」といろんな本を通じて見てきたし、沢山の方々との会話の中で聞いてきました。経営者とはいっても、短い時間、しかも低空飛行を長年続けてきた自分にとっては「分かるようで、分からない」のが、これまでの本音だったものの、最近は少しだけ、この言葉が腹落ちできてきた気がします。

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右も左も分からなかった26歳の時から、丸8年くらい、自身が未熟だったからに尽きるのですが「経営者」として生きる日々は、殆どが辛いものでした。我慢に続く我慢。どれだけ働いても残らないキャッシュ。「メキシコでご商売?」と疑われ嘲笑され続けた銀行員の表情。成長や存続を望まれてないのではと言わんばかりの、メキシコの厳しく煩雑な税務。外野席から心無い言葉を浴びることもあれば、安全圏から放たれる評論家たちの指摘を振り翳されることもありました。「全ての責任は社長が抱えるものである」という真実を心から理解できておらず、またそれを受け入れるだけの器量が無かった当時の僕は誰かに救いをいつも求めていた気がします。

崖っぷち。ギリギリの日々からは、少しだけ、少しだけ「一時的に」安定した状態になった今、本能的に「身も心も口座残高もボロボロ」な日々を再度送りたくない、という保身の気持ちが見え隠れしてしまうのは、嘘ではない真意です。「現状維持」は「後退」であると分かっていても「挑戦し、前に進む」ことが茨の道で、また懲りずに傷口を増やしてしまうことに対して大抵の人は「自己防衛」してしまうんだと思います。

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それでも猟奇的に、それでいて冷静に「挑戦を続けることが出来る」人間が社長として率いる会社は成長していく、そして社会的に大きな価値を提供し続けれる会社になっていく、そういうことなんだと感じています。Encounter Japanを率いる僕は、色んなものを覚悟の上で「色々怪我したり痛いと思うけど、進んでいくから宜しくね」と仲間に笑顔で(冷や汗かきながら)、挑戦を続けていく次第です。

メキシコで起業した理由と、これから

「なぜメキシコで起業したのですか?」と質問されたことは、何千回とあります。「ラテンアメリカと日本の架け橋となるような、そんな会社を創って、何かしらの形で貢献したい」というボンヤリとしたイメージを持っていた僕は、常に「ラテンアメリカのどこで起業するのか」を20代の前半から常に考えていました。

2013年以降、メキシコへの日系企業の進出が急増し、2017年2月には全日空が成田⇄メキシコシティ便のデイリー運航を開始しました。2015年にトヨタ自動車がメキシコで新工場を作る、というニュースも大々的に発表されたことを受け、真剣にメキシコの市場や今後の展望を調べていると、メキシコはスペイン語圏の国々の中で圧倒的に人口が多く(2022年時点では人口は約1億3000万人)、日系企業の進出は急激に増加していたものの、その大部分は自動車関連企業や大手商社などが殆どであることが分かり「食やカルチャー、観光領域や広告業界に未来があるのでは」と思って、メキシコで事業を開始しました。

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最初は幼馴染の山ちゃんと立ち上げたTokyo Divertidoという会社で、テレビ番組の配給事業やプロジェクトに取り組んだりしてました。懐かしい。いろんなメディアで取り上げられましたが、売上には全く繋がらず。関係者の方々には期待して頂いたにもかかわらず、申し訳ございませんでした。。

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起業前に想定していた通りのこともあれば、想定外の困難やハードシングスに見舞われ続けてきましたが、多くの社内外の仲間、お客様に支えられて、2022年4月にはアルバイトを含め70名近くの規模にまで組織が成長しました。一方で「組織」をつくって、より成果の最大化が求められるフェーズに突入しており、自分自身の未熟さに改めて呆れる日々ですが、なんとか頑張っています。

「メキシコと日本の架け橋」から「ラテンアメリカと日本」を舞台にするまで

そもそも当社が展開するサービスが流動性の高い業態・業種でないこともありますが、会社やサービスをM&Aで売却したりすることや、上場することを第一に目指していない中で、長期間にわたって仲間も自分自身も「Encounter Japanと恋愛しながら、夢中になって追いかけれる壮大な目標」を定めたいと、だいぶ前からボンヤリと感じていました。

そうしてビジョンの見直しを行い、2020年のドン底時代に、挫けそうになりながらも自分自身や会社の過去や未来に向き合って定めたのが「ラテンアメリカと日本の新しい歴史を創り、人々の人生を豊かにする」というビジョンです

ラテンアメリカは、定説はいろいろとありますが「メキシコ以南の北米大陸、カリブ海地域全域、南アメリカ大陸全域の3地域とその周辺の島々」を指し、33の国々から成り立つ総人口5億7000万人を超えるエリアです。

メキシコで一心不乱に、生き残りをかけた戦いを7年に渡って続けてきた結果が今でして、地図を広げてラテンアメリカの国土を今一度眺めてみると、僕が生きてる間はチャレンジする舞台に困ることがないくらい、壮大な市場が広がってます。まさに夢中になって、途方もない目標や深海に眠った宝箱を探すビジョンがあるので、人生に飽きたりすることは、なさそうで何よりです!(ドン!)

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そして8年ぶりに訪れる南米大陸への訪問

4,5年前に、CM制作の案件で南米への出張が可能性として上がりましたが、結果プロジェクトは頓挫したため叶わなかったのですが、今年の6月に久々に南米へ出張できることになりそうです。スペイン語圏ではメキシコに次ぐ5,000万人以上の人口を誇るコロンビア。赤道直下のエクアドル。2022年6月に久々に訪れます南米大陸!

クレジットカードを失い、アルゼンチン人の大工さんと旅人仲間に食事を分け与えて頂いていたアルゼンチン時代。モロッコで仕入れたバブーシュ(革靴)を路上で売り捌くも警察沙汰になったのは良き思い出。

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そして今でも心で繋がってる気がする、コロンビアで出会った日本人の仲間たちとのコロンビア独立200周年の祝いの日々で寿司を売り捌いて生き延びた日々。

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南米大陸で、Encounter Japanが今後どのように舞台を拡げていくか。乞うご期待ください!ということで、6月10日より1週間、南米大陸に行って参ります〜


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