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第2回 ロバート・A・ハインライン『夏への扉』

自己紹介

 私、西田藍は、SF作家・フィリップ・K・ディックが好きなアイドルとして、早川書房『SFマガジン』2014年10月号の「PKD特集」にてカバーガールを務めました。そして、2015年1月号から現在まで「西田藍のSF再入門 にゅうもん!」を連載しています。(最新号の2024年12月号ではバラード『ハイ・ライズ』を取り上げています!読んでね!)そしてcakes版にも、全4回寄稿しています。
 「にゅうもん!」のコンセプトは、とにかく赤裸々に正直に「再入門」すること。ハードル高めな古典から、話題の最新作まで、あくまで自分の視点でレビューをしています。そっくりそのまま再掲載、異論反論あると思いますが、ぜひお楽しみください。

第2回は、考え直せ、その結婚!? 『夏への扉』

 渡された『夏への扉』はオールタイム・ベスト常連。私が苦手そうなロリコンっぽい話だと聞いたことがあった。じゃあいいかなと今まで手に取ったことはなく、今回初めて読む。新訳版の表紙は可愛らしい猫がいて親しみやすく、帯も「すべてのひとびとへの応援歌」とある。同作者の『月は無慈悲な夜の女王』の家族形態がキモいって思ったことはあるけれど、私だって応援されるはずだ。装丁とは真逆の不穏な空気が漂うが、ページを捲った。
 舞台は一九七〇年。コールドスリープが実用化された世界。エンジニアの主人公、ダニエルはくそったれな女のくそったれな策略(と、女にそそのかされたとされるくそったれな友人の裏切り)によって窮地に立たされる。ダニエルは、端的に言えば家電エンジニア。家事ロボット「おそうじガール」(旧訳では「文化女中器」)を作っている。その他画期的なロボット(人型ではないが、人の作業を肩代わりする素敵な機械)を発明する。
 ちなみに、原著が発表された五〇年代のアメリカは、中流家庭専業主婦文化の爛熟期だった。メイドは消え、「モダンな主婦」が女性の理想像であるとされた。最新機器を操り、完璧にハウスキーピングをする。無償の愛に満ちた、アップルパイを焼くアメリカの理想の主婦だ。女中の仕事を電気機器にやらせる素晴らしきモダンな女性の生活は、この時代の理想として現実であり、現実に続く少し先の未来であった。
 さて、ダニエルは策略に嵌ったままコールドスリープ装置に入り、三十年後の未来に飛ぶ。かわいがっていた相棒の猫は行方不明。友人の義理の娘、よく遊んであげていたリッキーの行方も気になっていた。彼女がごく小さい頃は恋人の約束ごっこもする仲で、当時十歳だった彼女の将来も気にかけていたが、あのくそったれ女の毒牙にかかっているやもしれず。目覚めた後、ダニエルにはあらゆる心配事があったが、それでも未来は素晴らしいものだった。三十年間のコールドスリープから目覚めたダニエルが、未来世界にはじめて触れるとき……。技術者らしい彼のときめき。頭の中に弾けるアイデア。くそったれな過去から、彼は確かに飛び立てたのだ。
 スリープ前、嵌められた記憶はある。しかしそれにしては、つじつまが合わないところがある。すぐさま真相を確かめたいが、過去から目覚めた者は「睡眠者(スリーパー)」と呼ばれ、どうやら、なかなかの社会問題になっているらしい。ダニエルが持っているのは、過去の脳みそ、過去の技術。お金はない。しかし二十一世紀の未来社会をたくましく生き抜き、自らが眠っていた間の謎の解明に挑むのだ。
 眠れば、未来に行くことはできる。未来に来てはみたものの、過去へ戻るには、一体どうすればいいのだろう? 後半から、手に汗握るサスペンス劇が始まる。ダニエルの過去も生きてくるので、読み過ごしがちな前半も、ちょっとつまんなくても注視されたし。
 さて、問題の箇所、リッキーとの関係。十歳の子供に対して「これから成熟していく女性の線描画のようだ」と思うなんて、正直気持ち悪いけど、私は読者だからこのダニエルの内心を知っているのである。当のリッキーは知らない。実父はおらず、実母を早くに亡くし、義父は信用できず、初恋の男はくそったれ女に奪われそうになり……幼い彼女の心がどれだけ傷ついていたか。父性への思慕と恋愛感情の区別もつかないまま、ロマンチックな約束をしてしまったリッキー。彼女にとっては、ダニエルが唯一の頼れる人で保護者。気持ち悪いところは知らないし、成人してから、やっぱり彼しかいないと選んだのだから、色々言うのは野暮よね。ダニエルだって、くそったれ女の後遺症から寄る辺のない美少女を青田買いしていたわけではないでしょう? ね、違うよね? 
 私は、竹宮惠子『私を月まで連れてって!』というSFラブコメ少女漫画が好きなんだけど、それをイメージすればまあいいかなって。(メインカップルは十歳のエスパー少女ニーナと二十代後半の宇宙飛行士ダン・マイルド、年齢は十七歳差。SFネタが満載なのだが、彼らの名前──ダニエルの愛称はダン──から分かるように、この『夏への扉』も下敷きになっているのだ)まあ、子供のリッキーしか知らないのに早々結婚したがるダニエルの気持ちはちょっと想像したくないからそこは無視。ああ、この本はダニエルの手記だった。駄目よ、リッキー、読まないで!
 あ、猫嫌いのくそったれ女がくそったれな目に遭って善人が純真無垢な女の子と結ばれる話って、今もインターネットにたくさん転がっているような……ふふふ。でもそこは結構どうでもよくて。自分の過去であったり未来であったり、くそったれな部分をどうにかして、自力で変える。夏への扉を開く。
「そもそも創造主は、宇宙をそのように造られた」
 ここが好き。私は創造主を信じてはいないが、その言葉が言いたいことには同意する。ディストピアSFは好きだけど、科学技術の進歩と発展は、素晴らしいものだと、常に信じているのだ。
 二十一世紀に入って、家事は女性だけが行うという考え方はちょっと古くなった。あの世界では、まだ、おそうじガールは女性のための機械だけど、それも段々変わっていくだろう。
 ちゃんと応援された。よかった。

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