わ る い お ま わ り さ ん 【1/6】
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あたしは、ほんとうにどうでも良かったんだけど、お母さんがどうしても、というから仕方なくついていくことにした。
お母さんは昨日からずっと泣き止まない。
人間、死ぬまでにいったいどれくらいの涙を流すことができるのかはわからないけど、もしその一生分の量が決まっているとするのなら……今後の人生でお母さんがどれくらい泣く事ができるか、心配になってくる。
警察署に行くまでのバスの中でも、お母さんは泣き止まなかった。
あたしはとっても恥ずかしかった……バスの乗客のほとんどはあたしたちを見ている。
あたしはもしこの用事が午前中までに終わったらそのまま午後から学校へ行こうかな、なんて……かなり甘いことを考えていたので、学校の制服姿だった。
おんおん泣くお母さんに連れられた、制服姿の高校生……いやもう、それだけで乗り合わせた乗客のみなさんにとってはかなり面白い見世物ではないだろうか。
どんな風に思われてんだろう? あたしたち。
たとえば……あたしが妊娠して、これから産婦人科に子供を堕ろしに行く最中だとか?
もしくは……あたしが万引きか何か、不良行為をやらかして家庭裁判所にでも行く最中だとか?
それ以外では……そうだな、あたしの家族のうちの誰かが死んで、あたしとお母さん二人で警察に身元確認に行く最中だとか?
最後の仮説をもし乗客の誰かが立てていたとするなら……あたしはとても冷たい女の子だと思われたに違いない。
だって、少しも泣いていないどころか、泣きじゃくるお母さんをいかにもウザそうに扱ってたから。
まあ……お母さんはあたしのことを本気で心配してくれていたんだと思うから、そんな風に邪険に扱ったことは、今思えばとっても悪いことをしたと思わけれども。
しかし、当時あたしはまだ16だったし……そんなお母さんの気持ちなんて理解できるはずもなかった。
あ、そうそう、あたしたちが向かっていたのは警察署だった。
だから、もしバスの中に最後の仮説を立てた乗客がいたなら、その人が警察署前で降りていったあたしたちを見た時、“ああ、なるほどね”ってな感じで納得していたかもしれない。
それから彼・もしくは彼女は家に帰って……家族や恋人にこんな風に話をする。
“今日、制服姿の女の子が、おんおん泣いてるお母さんといっしょに、警察署の前で降りていったんだよ……家族の誰かが死んだのかなあ? ……だとすると気の毒だけど……いや、ひょっとしてあの女の子が何か悪いことでもして、自首するところだったのかも知れないなあ……いやまてよ、ひょっとすると……”云々。
とにかくあたしたちは警察署の前でバスを降りた。
警察署の玄関前には、長い棒っ切れを持って防弾チョッキを着た若いお巡りさんが、まるで蝋人形みたいに立っている。
あたしたち母娘を見ても、特に表情に変化はない。
多分、お巡りさんにしてみると、こんなのは見慣れた風景なんだろうな。
お母さんがティッシュペーパーでチーンと鼻を噛んで、曇り空を見上げた。
何事かをぶつぶつ、ぶつぶつと呟きながら、警察署に足を踏み入れる気合を貯めている様子だった。
「……お母さん、大丈夫?」
あたしは言った。
「……あんたこそ、大丈夫なの?」お母さんが泣きはらした目であたしを見て言う。「……ほんとに……ほんとにいいのね?」
「……てか、それはおかあさんがどうしてもって言うから……」
と、あたしはそこまで言って口を噤んだ。お母さんがあたしをとても怖い顔で睨んだからだ。
「……これから、いろいろ聞かれるからね。わかってるね、警察の方が聞かれることに、正直に答えるのよ?」
「……はあ……」
あたしはため息をつかざるを得なかった。
ああもう、本当はどうでもいいんだけどなあ……。
お母さんが意を決して玄関に向かって歩き出したので、あたしもその後に続いた。
玄関前に立っているお巡りさんはそれまでまるで蝋人形みたいに固まっていたので、なんでこんなところに本物のお巡りさんが立っている必要があるんだろう、ほんものの蝋人形でもいいのに、なんて思っていた。
でも、お母さんとあたしがその脇を通りすぎる瞬間に、深く目礼したので少し驚いた。
なるほど……あたしは思った。
やっぱりあそこに立っているのは人形じゃだめなんだ。
警察署の受付ロビーには数人の人が居た。
ほとんどの人がそうだと思うけど、その頃のあたしくらいの歳で、それまで品行法性にやっていれば、警察署を訪れるのなんかこれがはじめてだ。
その印象はテレビなんかで見るものとはかなり違っていた。
区役所や市役所のロビーとほとんど変わらない。
でも、カウンターの中に居る女の人たちは、役所のそれとは違っていて、少し歳を食っているように見えた。
母がゆっくりとカウンター内の、ブルーの制服を着た、なんだか虫歯の痛みでも堪えているかのような顔をしたパーマのおばさんに声を掛ける。
「……あの………すいません、ちょっとお尋ねしたいんですが……」
「は??」
そのおばさんの声は大きかった。
加えてかなり威圧的な感じがした。
「その……あの……いたずらされまして………」
「………いたずら?」ひときわ大きな声だった「……あなたがですか?」
あたしは後ろで見ていたが、思わず噴き出しそうになった。
「……いえっ……その、そ そんな、とんでもない……あの、その娘が………」
そういってお母さんはあたしの方を省みた。
その怖い顔のおばさんがあたしを睨むように見る。
あたしは思わず、一歩ほど後ずさりをした。
「……そのつまり……」おばさんが急に声を落とす「……娘さんが?」
「………ええ」
母も同じくらい声のトーンを落とした。
「……性的な……いたずらを受けた、と………」おばさんは“性的な”という部分をひときわ小さな声で呟く「……そういうことですね?」
「……はい……」
ここでまた母は……一生分の涙のひとしずくを落とした。
「それでは……」おばさんがあたしを見ながら言う。なんだか哀れむような、無理に同情を搾り出してるような目で「……生活安全課窓口の方に回っていただけますか?……この窓口の、4番です」
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「いやだってば……ねえ、ちょっと待ってったら……痛いって……痛いよっ……」
三島に連れ込まれたのは、公園の奥に建てかけのままほったらかされていた、植物園の裏だった。
この公園のことはずっと前から知っていた。
なぜなら三島が何度か連れて来たからだ。
あたしはここで、何回か三島とキスをしたことがある。
いや、そりゃもう……キス以外のこともした。
おっぱいを揉まれたりとか……その、スカートの中に手を突っ込まれたりとか。
この植物園の建設がほったらかしになって、もう2年になる。
白かったコンクリートの壁も、今では風雨にさらされてねずみ色に変色していた。
はじめて三島があたしをここに連れ込んだとき、三島は随分この場所に関して詳しい様子だった……ってことは……三島はあたしを連れ込むより前に、誰かとこの場所にしけ込んだことがあったんだろうな。
いや、きっとあったに違いない。
たぶん、あの子も……あたしとは別の日に、三島にこの場所へ連れ込まれていたのだろう。
今となっては本当にどうでもいい話だけど。
その場所はつまり、恋人たち(……ウゲー)がそういうことをするのに最適の場所だった。
雨の日は屋根がないのでちょっと辛いけど、奥まった場所なのでいったん潜り込んでしまえば四方は完全に死角だ。
たしかにちょっと埃っぽくて冬は寒いだろうけど……あたしはまだ冬にその場所に連れ込まれたことがない……そこに連れ込まれると、なんだかその閉塞感のおかげで、何か妙な気分があたしの中でウズウズするのを感じたものだ。
しかしその日はちょっと雰囲気が違った。
三島はとっても怒っていた。
あたしの手を乱暴に引きながら、一言も口を効かなかった。
あたしは手が抜けそうになりながらも、足はちゃんと三島の引っ張る方向に歩かせていた……うすうす感づいてはいたけど、向かう先があの出来かけ植物園の裏だと判った途端に、
“……おいおい、今日もここかよ?”
と思わざるを得なかった。
あたしは全然そんな気分じゃなかった……けども、その場所に引っ張られると、なんとなく心が少しだけ、ずきん、と疼いた。
ああ、バカだなあ、あたし。
でもまあ……三島も怒っているみたいだし……ここでちょっとなんやらかんやら、くんずほぐれつしたら、三島も少しは機嫌を直すだろうか?
……みたいなアホらしいことをぼんやり頭で考えていた。
「きゃっ……!!」
すっかりその“おさわりゾーン”に連れ込まれたあたしは、ねずみ色をしたコンクリートのばっちい壁に背中を押し付けられた。
「……このビッチ……淫乱め……お前にはお仕置きが必要だ……なんでこんな目に遭うか、わかってるだろ?」三島があたしに顔をくっつけて鼻息荒く言う「……お前は、俺を失望させた。とんでもないビッチだよ、お前は……なあ、わかってるか? 俺がお前にこんなことする理由を?」
「…………」
あたしは何も答えずに、ふてくされたような顔(……に、三島には見えたんだろうね。いや、事実そういう顔をしてたんだけどさ)で三島の足元を見ていた。
とてもじゃないけど……“単にあんたがやらしいことしたいだけでしょお?”と正直な気持ちを吐く気分にはなれなかった。
「……何とか言えよ!!」
いきなり、三島があたしの顎を掴んで乱暴に上にあげる。
「…………」
それでもあたしは何も言わなかった。
あたしにも言いたいことはたくさんあった……でも、この場で三島をさらに怒らせるのはよくないと考えたからだ。
それに……ほんの少しだけども、怖くもあった。
三島が無害で口ばっかりな男であることはわかってたけど……ここは誰の目も届かない死角だ。
ふつう……こんな場所でかんかんに怒ってる(のかどうかよくわかないけども)男と二人きりで居るとしたら……少しくらいは怖くなるものだ。
ただ、その時に感じていた恐怖は、靴の中に小石が入り込んでいるときの心地悪さくらいの、ほんの微細なものだった。
「……おれは……おれは、お前を信じてたんだぞ……それなのにお前は……」
三島はそれだけ言うと、いきなりあたしのスカートの中に手を突っ込んできた。
「……いやっ!………ちょっと……やめてよ、やめてったらっ………」
「なにが、“やめて”だこのエロガキ!」
三島はそんなことを言いながら、あたしの太股と太股の間に手を差し入れて……パンツの布の合わさった部分に指をぐいぐいと押し付けてきた。
「……ほうーら……なんだかんだ言って、もう湿ってるじゃないか……」
三島は得意げだった……いつもと、まるっきりおんなじ。
いや、その濡らしてたかって……?
さあ、どうだろ。
ふつうはすこし湿ってるもんだし、その日は熱かったしねえ。
まあ、この場所に連れ込まれた時点で、あたしの方もだいたい何が起こるか想像はついてた訳だし……それに三島ががぜん、やる気まんまんだったし。
見ると三島の色あせたジーンズの前は、ぎんぎんにテンパっていて、あたしは正直言って呆れた。
……ああもう、なんであたしこんな男と付き合ってんだろ。
なんでこんな男にこんな場所にやすやすと連れ込まれてんだろ。
で、それであたし濡らしてんのかな?……それだとすると、ほんとうにあたしって大バカだなあ……なんてことをぼんやり頭で考えていた。
「……ほれほれ、こうするとますます濡れてくるぞ……」
とかなんとか言って、三島はあたしの脚の間の布地をぐりぐり、ぐりぐりした。
「……んっ……くっ……」
あたしは痛さ半分、興奮四分の一、演技四分の一くらいで、やらしい声を出した
「……や、やめてっ……たらっ……」
「……やめてとか言って……なんだよ、この濡れようは……ほうら……ほれほれ……」
「はっ……ん…………やっ………」
そんな感じで、三島があたしの股間をパンツの上からぐりぐりし、あたしはその程度の攻撃に相応しい声を出した。
しばらくそんな退屈なやりとりが続いた……この辺は、いろいろ言っても退屈なだけだから割愛する。
でもあたしの三島に対する、何か特別な熱い思いは……ずっと最低値に下がったままで、ピクリとも動かなかった。
「……いっ……やっ……」
三島の指が、パンツの脇から中に入ってきた。
三島は指の第一関節くらいを挿れると……にやーーーーーっと、あの5歳のいたずら坊主みたいな顔をあたしに見せた。
その次に三島が見せたのは、すばやくあたしのパンツの中から抜いたその指だった。
その指は確かに……第一関節のあたりまで粘液で濡れ光っていた。
「……ほうら……見てみ。こんなに濡らして……なんてスケベなんだお前は」
「…………」
あたしは黙ってその指を見た。本気でこいつはアホだと思った。
よせばいいのに、あたしはその場で言わなくてもいいことを言った。
「……で、それでご満足?」
さっと、三島の顔からあの無垢な笑みが消えた。
三島が真顔になり、あたしがそれを見て怖がるべきだと判断するより早く………三島の手の甲が飛んできてあたしの右頬を打った。