痴 漢 「 環 境 」 論 【3/6】
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この二つの出来事から、わたしは満員電車での通学や、将来の通勤が続く限り、女性専用車両に乗る意外は痴漢から逃れる術がないということ……そして、わたしたちは電車の中で、何にも守られていないことを悟った。
そこからわたしが考えたのは、この絶望的な環境に「慣れる」ことだった。
この世に生き、やるべきことを果たしている限り、避けては通れない『不快なもの』は驚くほどたくさんある。
そこから逃れられないのなら、慣れるしかない。
例の女子高生が卑劣な痴漢に屈辱的な辱めを受けた翌日から、わたしは考えたことを実行に移しはじめた。
今となっては定かではないが……彼女を辱めたのは自分なのだ、という思いからくる罪悪感も、わたしの行動を後押ししたのかも知れない。
翌朝、わたしは女性専用車両ではなく、普通車両に乗り込んでいた。
内臓が口から出そうなくらい押し合いへし合いの車内の中で……
わたしは静かに目を閉じると……昨晩ほぼ徹夜で考えた『瞑想』を実践した。
一切の感覚を封じるために、心を“空”にする。
まず、目を閉じることで視覚を封じ、耳から入ってくる車内アナウンスや乗客たちのおしゃべり、電車の走行音に対して、聴覚をオフにする。
……そんなこと ムリだろ、と思われるかも知れない。
でも……やってみると案外簡単だ。
耳から入ってくる音声を意味のない音の連続として捉え、脳に伝えないようにすればいい。
わたしはまず、電車の走行音を封じ、車内アナウンスを封じ、そして最後に乗客たちのひそひそ声を封じる。
一個一個、家の中の部屋の灯りを消していくような 感じだ。
わたしも、実際にやってみるまでは、そんなことは不可能だ、と思っていた。
……でも、わたしには才能があった。
わたしは初日から、耳から入ってくる雑音を脳に伝えずにブロックすることに成功した。
後で気づいたのだが、これはイヤホンで音楽を聞いていれば簡単にできる。
音楽はバッハのピアノ曲が一番だ。
とくに「インヴェンションとシンフォニア」がいい。
もともとピアノの練習曲だったようだが、わたしはピアノは弾かない。
今、わたしの持っているスマホには、バッハのピアノ曲がぎっしり入っている。
頭を空っぽにするのに、あれほど適した音楽はない。
しかし当時わたしはi-podやその当時ではすでに時代遅れだったMDウォークマンも持っていなかったので、自力で聴覚をシャットダウンした。
案外、難関かと思われた聴覚の遮断はうまくいった。
後はスムーズに進んだ。
次は、嗅覚を遮断する。
聴覚と同じように、鼻から入ってくる人々の体臭……ワキガや、汗の匂いや、スーツに振りかけられたファブリーズや、あくびとともに吐き出される臭い息……を眉間の間でせき止める。
鼻には蓋はできない。
強い精神力がものを言う。
最後に……触覚を消し去る。
目を閉じ、頭を空っぽにして、周囲を取り囲む人々に全体重を任せる……これは少し、爽快な気分だった。
まるで自分が、透明人間になっていくような気分だ。
電車が走りだして1駅も経たないうちに……わたしは完全な瞑想状態に達し、すし詰めの車内の中で“浮く”ことに成功した。
真っ暗な頭の中に浮かんだのは……ふんわりと数十センチ浮き上がり、車内に詰め込まれている自分の姿を、そこから見下ろす光景だった。
成功だ。
わたしは、満員電車という現代人が社会生活を送る上でぜったい避けては通れない“苦行”から、みごと解脱した。
誰の教えも借りず、誰の助けも借りず。
しばらくわたしは“浮いて”いた……。
周りの乗客の身体の感触や体温から、完全に開放されている。
彼ら、彼女らは、わたしを取り囲む『空気』に過ぎない。
やがて……その空気のなかから、手が伸びてきた。
“きた……”
わたしは、望むところよ、来るなら来てみたら? ……という心持ちで手の動きを待った。
手が、わたしのお尻をスカートの上から撫でまわす……わたしは何も感じない。
わたしが抵抗せず、何の反応も示さずにいることに気をよくしたのか、手はわたしのお尻をスカートの上から散々なぶると、スカートを捲りあげてパンツの上から触れてきた。
わたしはそれでも、何も感じない。
男の手が……それが男の手だろうと女の手だろうと白熊の手だろうと、もはやわたしには関係がなかった……パンツの布越しにわたしのお尻の肉の感触を楽しんでいる。
やはり、わたしは何も感じない。
やがて、遠慮がちにパンツの後ろから……手がその中に侵入してきた。
ひくっ。
少しだけ、わたしの精神が肉体に引き戻された。
いや、でもそんなことでめげてはいけない。
わたしはまた、空中に戻った。
手がお尻の割れ目をなぞり……特に締め付けて閉じてはいない脚の間に入り込んでくる。
指が、入口に触れた。
ひくっ。
また少し、わたしの身体に感覚と心が戻ってくる。
わたしは意識して感覚から逃れた……男の手が、その入り口を何度も何度もなぞり、その感触を楽しみ始める前に。
じっくり、ゆっくりと……手は……その手の指は……わたしの入り口を往復する。
どうってことない……まったくどうってことなかった。
痴漢の手も、わたしにしてみれば『環境』の一つにすぎない。
克服すべき『イヤな環境』の、ほんの一要素にすぎない。
「んっ……」
ひくっ。
指が……クリトリスを探し当てて、そこを捏ねはじめる。
『環境』の一要素にすぎない痴漢が、群衆の中の一部が、わたしに自分の存在を知らしめようと必死であることに、わたしは思わず笑い出しそうになった。
痴漢は必死で……わたしを快楽の渦巻きに巻き込んでやろうと、クリトリスを刺激してくる。
身体は反応した……わたしはさらに入口から熱い涙を流して、痴漢の手を濡らし、おそらく痴漢を喜ばせたことだろう。
しかし、わたしの肉体はその刺激を感じても、心はまだ宙に浮いたままだ。
学校の最寄駅に着くまでの数分間の間に、わたしの身体は痴漢の思うがままに反応し、それは大いに痴漢を喜ばせたかもしれない。
しかし、相変わらず、わたしの心は数十センチ上空で、覚めた心でそれを見下ろしているだけだった。
なんだ……簡単なことじゃないか……わたしは初日で、『痴漢』という『環境』に適応した。
それを自分で楽しめるようになるまで、さらに4年の歳月が必要だった。
■
大学に入って2年生になっても、やはり朝は満員電車に揺られなければならない。
高校1年生のときに身につけた『痴漢環境論』にもとづく意識的な幽体離脱は、大いにわたしの役に立った。
そして20歳を超える頃には……
わたしはそうした環境を楽しめるようになるまでに進歩していた。
あれは大学2年生の前期試験の少し前だったと思う。
いつものようにわたしは満員電車の中で、“浮いて”いた。
スマホでバッハのインベンションを聞きながら、肉体は完全に置き去りにして、心は相変わらず宙に浮かせていた。
平穏な心で、わたしを邪魔するものは何もない。
その頃には彼氏もいて、初体験も1年生のときに済ませていた。
かといって、満員電車における『痴漢環境論』に基づくこの瞑想は、少しも変わらなかった。
わたしに彼氏がいようがいまいが、痴漢たちは情け容赦なくわたしの身体に群がってくる。
わたし自身は彼のことを愛していたし、二人で過ごす時間を持てること、それにキスをしたりセックスをしたりすることには、人並みにしあわせに感じていた。
痴漢のほうから見れば、どういう感じなんだろう?
女子高生ではなくなったわたしは、もう制服を着ていない。
わたしはお尻と脚のラインに自信ありありなので、スリムなジーンズやミニスカート、ショートパンツを履くことが多かった。
そういう、脚の露出が痴漢た ちを惹きつけていたか……?
いやいやいやいや、ないないないない。
地味な恰好でいるときほど、痴漢が寄ってくる。
あいつらの習性だ。
セックスやキスやおっぱいを好きな人に触られる喜びをすでに知っていたわたし は、自分でも気づかないうちに、そういうふうに性的に開放された雰囲気を身につけていて、それに痴漢たちが反応したんだろうか……?
いや、それも違う気が する。
べつに、痴漢たちはわたしという個人に対して興味を惹かれているわけではない。
たまたま乗り込んだ電車の中に、うまい具合に、身近に女がいたから、触るだけの話だ。
彼らには意思はない。
風に草木がそよぐように、海の底で海藻が水流に揺られるように……目の前のこと、身の回りのことに自然に反応し、手を伸ばして『女』(つまり、女ならば誰でもいい)に触れるだけだ。
それがわたしのように、満員電車の人混みの中で“浮く”ことでありとあらゆる感覚を遮断し、痴漢に好きにさせている女であれば、なおさらだろう。
彼らにしてみればわたしは“いいカモ”なのかも知れない。
でも、わたしにしてみれば彼らは単なる『環境』の一部に過ぎない。
その日はとても暑い日で、わたしはビッグサイズのシャツ1枚に下はタイトなジーンズ、脚にはスニーカーという姿だった。
真夏の満員電車は特に息苦しい。
人々の汗の香りや肌の滑りの中に身体を押し込まれているというのは、誰にとっても非常に不快な状況だ。
しかしわたしは高校生のときに身につけた“浮く”という対処法でその日もあらゆる不快感をシャットダウンしていた。
しばらくすると……いつものように、わたしの肉体を取り囲み、その場にくぎ付けにしている『環境』……人混みの中から、手が伸びてきて、お尻に触れた。
『ああ、今朝もごくろうさま』
バッハの旋律の合間に、わたしはその手の気配に何の感情も込めず、心の中だけであいさつをした。
手はしばらくわたしのジーンズに包まれたお尻……自分で言うのもなんだが、かわいくていいお尻だ……を遠慮がちに撫でまわしていた。
布の上からお尻の肉の感触を楽しむと、中心の縫い目に合わせて指を這わせ、なんとか
“俺、あんたに痴漢してるんだぜ”
と、自らの存在をアピールしてくる。
ウケるんですけど。
たかが『環境』のクセに。
何の抵抗もないことを悟ると、手は大胆に前に回ってきて、ジーンズの上から股間に触れはじめた。
わたしの肉体は人混みに戒められていたし、大した抵抗はできない。
しかしわたしの精神はバッハのインベンションとともに“浮い”た数十センチ上空から、その様を見下ろしているだけ。
弄られる股間の感覚は今、肉体だけが感じており、わたしの精神には届けられていない。
これまでにも何回もあったことだった。
わたしは空中から、ぼんやりその様を眺めていた。
と、男の手がわたしのジーンズのホックにかかる。
ベルトをしていなかったので、簡単にホックが外され、ジッパーが下された。
“おお?”
と上空のわたしは感嘆する。
ジーンズをはいているときにここまで大胆に攻めてきた痴漢ははじめてだった。
男の手が、全開になったジーンズの前から忍び込んでくる。
まるで海の底に住んでいる名も知らない不気味な生き物が、巣穴に潜り込むように。
そして、ローライズジーンズ用のユニクロ製安物パンツの上から、わたしの入り口あたりをぐいぐいと押してくる。
いやあ、なんてせっかちなんだ。
わたしの精神が肉体に留まったままだったとしたら、痛みしか感じなかっただろう。
それでも、男たちはそういう刺激を与えることで、無条件に女の身体から快感を引き出せると思っている。
アホ極まりない。
と、今度は後ろから手が伸びてきた。
その手が、シャツの上からおっぱいを鷲掴みにする。
激しい力で、ワイヤーブラの上から揉みあげられた。
こういうことはよくある……
一人目の痴漢に無抵抗でいると、第二、第三の痴漢が湧いてくる。
それまで、単にわたしを取り囲む“環境”にすぎなかった“普通の乗客”が、第一の痴漢に触発されていきなり痴漢の一味に変貌する。
人間が善人・常識人 から犯罪者へ変貌するのに、たいしたきっかけや原因は必要ない。
これは本当だと思う。
何も悪い事なんかしたことがないまじめな中学生が、ドラッグストアで 欲しくもないお菓子を万引きする。
ずっと誠実一点張りでやってきた定年間近の公務員が、いきなり道端で女性に抱きつく。
傍から見れば大人しく、無害だけが 取り柄のような地味なOLが、会社のお金を使い込む。
罪の匂いのすること、いけないことはまるで万有引力のようなもので、どんな人だってそれに吸い付けられてしまう。
だから……後ろからわたしの胸を揉んで いた手が、シャツの中に忍び込んで、ブラジャーのホックを外した頃には、第三、第四の手が『環境』の中から生えてきて、わたしの身体をまさぐっていた。
あっという間に、ジーンズは太ももあたりまで降ろされ、Tシャツは胸の上までまくり上げられる。
左の乳房と右の乳房を、それぞれ別の手が捏ね回していた。
左の乳房を捏ねる手は時折、乳首をぎゅっ、とつねり、右の乳房を握りつぶすように揉み込む手は、時折、乳首を人差し指でぱちん、ぱちん、とはじいた。
脇腹にも、お腹にも手が這い回っている。
第五、第六の痴漢だろうか。
ここまでくると、これはもう計画的にこの場に集合した痴漢の集団であると考えたほうがいいだろう。
でもまあ……連中が根っからの痴漢であろうとその場で痴漢に転落した一般市民だろうと……わたしには関係ないことだ。
パンツの中に……前から二本、後ろから三本……手が入ってきた。
陰毛を引っ張る指もあれば、入口をなぞろうとする別々の3本の指がぬめりながらぶつかり合う。
少なくとも2本の指がクリトリスを探り当て、包皮を剥いてその表面に指を這わせた。
もちろん、中空で自分のことを観ているわたしは何も感じない……
しかし、驚いたことに、わたしの肉体は……わたしの精神が見下ろすその真下で、自らを蹂 躙する数十本の手の中で、身体をくねらせて、淫らに踊っていた。
頬を赤く染めて、唇を半開きにして痴漢たちのなすがままになっている自分の姿は、実にあさまし く……自分でいうのも何だが、かなりいやらしかった。
やがてパンツが下され、もっとたくさんの手がわたしの下半身に集中する。
ほとんど、全裸に近い状態だった。
さいわい、周り全員が痴漢なので、他の乗客はわたしの有様に気づいていないようだ。
かくん、という感じでわたしの肉体の膝が折れ、ぽかんとだらしなく開いた口が天井を向いた。
わたしの肉体が半開きの目で熱っぽく上空にいるわたしを見ていた。
すると、どこからか手が伸びてきて、わたしの肉体の顎をとらえ、強引に引き寄せる。
30代中半、といった感じの太ったサラリーマンが、わたしの唇に被りついた。
ひえっ。
わたしの肉体は……その冴えないサラリーマンの唇を、舌を受け入れている。
じゃあ俺も、という感じで、浪人生っぽいタマってそうな学生風のイケてない男が、そのサラリーマンからわたしの顔を奪うと、キスをした。
次はまた別の、少 し見た目はイケてる系のサラリーマンが、わたしの唇を奪う。いったい何人に回されたのかわからないけど、わたしの肉体は少なくとも5~6の見知らぬ他人の 唇を受け入れていた。
その頃には、パンツはもう膝くらいまで降ろされている。
ぬめる股間の中に数十本の指が、浅瀬に打ち上げられた泥鰌のように絡み合いながら這い回り、その中の一部は、わたしの中に侵入してきた。ときには後ろの穴にも。
とにかく、次のターミナル駅に着くまでの一〇分間ほど……わたしの肉体は痴漢たちの手や舌……『環境』から伸びてくる無数の触手に蹂躙しつくされた。
そして、肉体は勝手にそれを楽しんでいた。
その感覚を遮断しているわたしの“精神”は、ななめ上数十センチのところでことの次第をすべて見守っていた。
肉体から精神を追い出す術を身につけていたおかげで……わたしは屈辱感を味わうことはなかった。
痴漢たちが一斉にわたしの身体から手を引いて、律儀に服を元に戻してくれるのを目にしていても。
すべて……現実感を伴うことなく、見ていることができた。
まるで他人事として……ネットでエッチな動画でも観ているような気分で。
その日の晩は、彼氏とお泊りデートだった。
彼氏とホテルに入る前に、居酒屋で飲んで、わたしも彼も酔いが回ってきたところで、今朝の満員電車でわたしに起こったことの一部始終を、彼氏に聞かせた。
彼氏は怒り、嫉妬を感じながらすごく興奮したようだ。
ホテルまであと数メートル、というところにわたしを路地に引っ張り込んで、ジーンズの前を開き、シャツの中に手を突っ込んでホッ クを外し、おっぱいを揉み……
「こんなふうにされたのか? こんなふうにされて気持ちよかったのか?」
とハアハアいいながら、わたしが語った“痴漢体験”を 再現しよううとした。
ホテルでも、大きな姿見のに手をつかされて、どんどん乱され、脱がされ、辱められていく身体を見せつけられながら……そのまま後ろから突き入れられた。
超きもちよかったので、わたしも調子に乗って喘ぎまくった。
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