ウシミツの村/夜這い王に俺はなる
(こんなド田舎の村じゃあどうせワシに未来なぞありゃせん……)
櫻井 六雄は腐りきっていた。
彼の気分が、という意味でもそうだったが、彼の生活、性格、人生観すべてが腐り、歪みきっていた。
臓腑まで腐っているのではないかと思うくらい、彼の息は臭い。
なぜこうなってしまったのだろう?
六雄は25年来の引きこもりだ。
引きこもりのきっかけは、中学時代のクラスでのいじめ。
よくある話だ。
家は代々豪農だったので、六雄の家は無駄にデカく広い日本家屋だった。
そこに92歳寝たきりの祖父、70代の両親と暮らしている。
なにせ、広い家なので部屋は腐るほどあり、六雄は梯子でしか上ることができない屋根裏部屋を占領し、立てこもっていた。
まさに六雄の状態は引きこもりというよりも、立てこもりに近かった。
(なんでじゃ……なんでこうなったんじゃ……)
六雄は40歳を超えた。
体重は90キロを超えている。
もはや未来がないとかどうとか、思い悩む段階ではない。
未来は確実になく、現在もない。
ただでさえ山間部の農村に住んでいる。
そのうえ、彼のテリトリーは自宅二階の立てこもり部屋……
(このままワシは……女に触れることなく一生を終える運命なんか?)
わかりきっている事実を改めて確認すると、死にたくなった。
「もう終わりじゃ……」
そう思って一番ラクに死ねそうな方法をググっていると……どうでもいい広告ページが目に入る。
「ん……なんじゃこれは……なに言うとるんじゃ……」
どう考えても令和の世には馴染まないデザインとレイアウトだった。
「クセの強い広告じゃ……」
広告によるとこのフェロモン香水を使えば、どんなダサ男・ブ男・クサ男・弱男でもたちまちモテモテになるとか……
利用者の声も掲載されている。
「いや、なんぼなんでもそんなわけないじゃろ……」
訝しむ六雄だったが、その下にこんな『女性の声』も掲載されていた。
「そ、そんなはずないじゃろ……」
さすがにバカバカしく感じた六雄だったが、このフェロモンで憧れのOLさんとセックスできた男は、39歳だという。
(ワシなんかもう40越えじゃあ……)
そして、この会社員O・Tは「生涯彼女ナシのブサメンでデブで体臭もキツくてオタク」だという。
「わ、ワシそのものじゃあ…………」
そんな男が、憧れの瀬戸朝香似OLさんとセックスできた、と広告は謳っている。
「ワシは……ほんまにこのまま童貞のまま人生を終えるんか……?」
何の望みもない。
今、唯一楽しみにしているのは、アニメ『しかのこのこのここしたんたん』の放送開始……
こういう広告をクリックして、ロクなことがないことはわかっている。
でもさっき、そもそも自分はラクに死ぬ方法をググっていたのではないのか?
「ほじゃら、ワシになんぞ失うものはあるんか……?」
そうだ。どうせ死ぬつもりだったんだ。
なら、アホまるだしの広告にダマされるくらい何だと言うんだ。
「ポチっと購入じゃーーーーーーーーーーーーーい!!!!」
3日後、届いた怪しげなフェロモン香水をさっそく試す。
せっかくなので、届いた瓶の中の液体を全部身体に振りかけてみた。
いい匂いというかなんというか……強烈なナフタリンのような香りがする。
そして六雄は深夜……実に十数年ぶりに家から外に出た。
奇しくも……六雄が暮らすこの山奥の集落にはかつて、“夜這い”の風習があったという。
夜這いとは……
とかだいたいこういう ↑ ものだ。
はっきり言って深夜、よそ様の家に侵入してその家の娘や後家さんに
「なあ……セックスせえへんかあ……」
などと迫るのは、今の常識で言えば完全に警察案件だ。
しかしかつて日本の農村では至る所にこうした『夜這い』の風習が残っており、上のWikiにあるような「取り決め」というのは、
“女側が拒否したら無理強いしてはならない”
というケダモノ並みの風習のなかにもまあそれなりに当たり前と言えば当たり前、人として最低限のモラルに基づいたものだったそうだ。
「きっと大丈夫じゃあ……ワシは今、モテモテフェロモンを纏うとる……それがこの村の女どもの遺伝子に刻み込まれた“夜這い”の本能を呼び覚ますんじゃあ……完璧……完璧じゃあ……」
暗い中でも前がよく見えるよう(童貞なので六雄は、どうしても女の裸を生で見たかった)ハチマキを巻き、頭の左右に懐中電灯を括りつけた。
ピカッと光らせれば、顔を向けた方向が照らされるという(六雄のなかでは)合理的な考えに基づいたものだ。
はっきり言って完全な不審者だったが、なんとか闇夜に紛れ、村に住むめぼしい(極端な老婆以外の)女たちの家を目指す……
意外と……怪しげなフェロモン香水広告を信じたのは、正解だった。
六雄のオカンに何度か金を借りに来ている村の西の子持ち熟女、ミオコ。
最近、ダンナが入院したらしい。
はっきり言って六雄は若い女が好き、というかほぼロリコンだったが、
(とりあえず試しに年増、かつウチの家に世話になってる女がよかろう……)
と日陰者らしいゲスな算段でミオコの家、寝室に忍び込んだ六雄だったが……
「六っちゃん! あんた、待っとったんよ? うち待っとったんよ? ……ほれ、ち●ぽ出しいな! 出すんじゃあ!」
足払いで布団の上に転がされて、ほぼ逆レイプ状態でセックスできた。
これが六雄の童貞喪失だった。
気を良くした六雄は、中学生だった頃いじめられて泣きながらあぜ道を歩いていたとき、声をかけてくれた人妻(スレンダーでアンニュイだ)、カズコの家に向かった。
確かダンナは広島に出稼ぎ中だ。
「なんや六ちゃん……知らんうちにオトナになったんじゃねえ……」
そう言ってカズコは寝間を自ら脱ぎ、しなやかな肢体をくねらせながら水ら布団のうえに這い……
「成功じゃ! 大成功じゃ!!」
さらに六雄は三限目の夜這いへ向かった。
とにかく集落で一番巨乳でグラマーで尻もデカくて、なんと言っても顔がスケベな未亡人、エリコの家だ。
雨戸をあけるなり、
「ほれ、おいど出し! ナメちゃるがな!」
とエリコはむしゃぶりついてきた。
六雄は何も自分からしないままに、三発も抜かれた。
「まだじゃ……あとは……あとはあいつじゃあ……」
さすがにここまで来ると六雄のスタミナにも限界が来るとは思うが……
そのへんはフェロモン香水と同時にED回復薬も購入した、ということにしといてもらっていいだろうか。書き忘れていた。
そう、六雄が目指したのは村の北のはずれにある家だった。
幼稚園と小学校で、ただひとり六雄に優しくしてくれた女子……ヤスヨの家だ。
いわば六雄とは幼馴染。
エロゲではよくある関係だが、よく考えればヤスヨも同い歳の40代……
でも、雨戸を開けたところで寝間で待っていたのは、
ほぼ二十代……いや、十代の頃となにも変わらなぬヤスヨの姿だった。
「もう……何十年待たせるんじゃ……うち、待ちくたびれとったんよ?」
そういって、童顔の丸顔に怪しい笑みを浮かべるヤスヨ。
寝間ははだけ、白い肌が闇のなかで浮き上がっている。
細い首、ささやかな肩と、ほぼ膨らみのない乳房への隆起。
ヤスヨのはにかんだような微笑みは小学校の夏休み前……
窓の外は深く濃い緑、光あふれる教室のなかで、六雄に見せてくれたあの笑顔と少しも変わらなかった。
「なにぼーっとしとんねん……ほら、はよこっち来んか」
そう言ってヤスヨは寝間の前を開いた。
「おおおおおおおおおおお!」
宙を平泳ぎしながら、六雄はヤスヨのもとに飛び込んでいく……
そこでで目が覚めた。
だいたいの人が予想していたと思うが、この話は夢オチだ。
気が付くと六雄は、パソコンのキーボードに突っ伏しながら、チ●ポを握って眠り込んでいた。
PCの画面にはこの広告……
「うおおおおお! やっぱりこのオチかい!!!」
直後、六雄はほんとうに部屋を飛び出していた。
「む、六雄? どないしたんじゃ?」
母の声も耳に入らない。
そして家の敷地内の藏に飛び込み、祖父が使用していた猟銃……12番径ブローニング自動散弾銃と、なぜか藏にしまい込まれていた脇差……おそらく六雄の何代も何代も前の百姓だった先祖が、落ち武者狩りで手に入れたものであろう……を掴むと、家の門を飛び出した。
「わしゃ死ぬ! この村中の人間、みんな道連れじゃあ!!!」
そう叫んでブローニング銃を夜空にめがけて一発ブッ放した。
が、それで銃はいきなり弾詰まりを起こした。
あわてて脇差を抜こうとしたが、鞘に収まっていた部分はすべて錆びて朽ちていたらしく、無理して抜くと六雄の手に残っているのは柄の部分だけだった…………
とはいえ猟銃をぶっ放したことで、村のもう定年間近の駐在が自転車でやってきて……六雄に手錠をかけた。
駐在は拳銃を抜く必要もなかった……
なぜなら六雄はがっくりと肩を落とし、あぜ道に膝をつき、打ちひしがれていたのだから。
六雄のすすり泣きが、山間の棚田に飲み込まれていく。
翌日、県警の刑事がやってきて、六雄を本部まで護送した。
果てしなく続く単線に揺られながら、六雄は思った。
「ようやくこの村を出ることができた」 と。
<了>