インベーダー・フロム・過去 【1/11】
■
わたしはたまに、恥ずかしい夢を見る。
夢の中でわたしは、髪を短く切っていた、二十歳の頃に戻っている。
上はノースリブのピッタリしたTシャツを着て、下にはジーンズを履いている。
狭い、小屋みたいなものの中で、わたしは汗をかきながら誰かを待っている。
待っているのが誰なのかはよくわからない。
なかなか待っている相手が来ないので、わたしはイライラしてくる。
外からは蝉の声が聞こえて、 小屋のトタンの隙間からは夏のきつい日差しが入り込んでいる。
わたしは全身に汗をかいている。
Tシャツは汗でべとべとになり、ジーンズにも汗がしみていて とても不快だ。
夢の中なのに、そんな皮膚感覚だけは妙にはっきりとしている。
わたしはイライラしていて、ついに煙草に火をつける。
禁煙して3年になるけど、この夢の中ではわたしは煙草を吸っている。
1本吸い終えると、小屋のドアがだしぬけに外から開けられる。
ドアの外に立っているのは男。
顔は外からのまぶしい光のせいで影になって見えない。
誰だかわからない男。
しかしこれがわたしの待ち望んでいた男だ。
わたしが男に抱きつくより早く、男がわたしを乱暴に小屋の奥に突き飛ばす。
男は自分も部屋に入ってきて、ドアを閉める。
狭い小屋の中には荒いわたしの息 づかい。
男の息づかい。
そして二人の汗が混じり合った匂い。
わたしは男の動きを待つ。
期待と興奮で、胸をどきどきさせながら。
しばらく間をおいて、期待どおり男が襲いかかってくる。
わたしを抱きしめ、汗まみれの首筋に吸い付き、汗を舐め取る。
「んっ……汚いよ……あっ」
わたしはいつも夢のなかでそういいながら敏感に反応する。
男はわたしの弱い部分を知り尽くしているようで、首筋をひとしきり舐め上げると、そのまま触れるか触れないかの微妙な舌使いで、耳たぶまで唾液の筋を作る。
男の唾液とあたしの汗が首筋で混ざって、その部分がだんだん熱くなってくる。
男がいきなり耳たぶを甘噛みする。
「んっ……」
わたしが身をすくめると、今度は男の舌先が耳の穴に入ってくる。
「あっ……んっ……」
わたしがくすぐったいような、もどかしいような感覚に身をすくめているうちに、男の手はわたしの下半身まで降りてきて、ジーンズの前ボタンを外す。
「んんっ……やっ……うっ……」
男の手を払いのけようとしたわたしの手を男の汗ばんだ手が容易く振り払い、抗議しようとした唇は男の湿った唇で塞がれる。
男の舌がわたし の口の中に入ってくる。
男の長い舌があたしの下をからめ取り、好き勝手に弄ぶ。
そうしながら男の手はわたしのジーンズのジッパーを下ろす。
すかさず、ジーンズの中に手 が入ってくる。
「んんっ……」
男の指が、わたしの下着の上から、穴の上端あたりをしっかり捉えて、その部分を捏ねるようにゆっくりと動かしはじめる。
わたしはその時点で、もうかなり濡れている。
「んっ……っくっ……んんっ…」
わたしは男の口に口を塞がれたまま、どうしようもなく腰をくねらせる。
男の指使いに併せて。
男はそうしながら、余った手を、汗でねばつくわたしのTシャツに差し入れ、そのまま背中に手を回してブラのホックを外す。
突然解放された乳房がカップからこぼれ、素早く前に回された男の手で受け止められる。
男の指がわたしの右の乳房をゆっくりと揉み、すでに立ち上がっている乳首をつまむ。
男がいきなり口を離し、わたしの顔を覗き込む。
はしたなくとろけているわたしの表情の具合を、確認するように。
男は、まるで決められた作業みたいにあたしを弄ぶことに慣れている。
その時点でも、何故か男の顔は逆光になっていて、見えない。
「……欲しい?」
男が低い声で言う。
「…………」
わたしは男を恨めしげに見上げて、黙っている。
わかってるくせに。知ってるくせに。
男は、わたしが恥ずかしそうにどうしてほしいのか言うのが見たいのだろう。
わたしにそれを、言わせたいのだろう。
まるでネジを巻いたぶんだけ動く安物の玩具になったみたいで、あたしは悔しくなる。
「……欲しいんでしょ?」
男の両手が同時に激しく動く。
乳首の先を指の腹で撫でられ、クリトリスは下着の上からねじ回される。
わたしは思わず低い悲鳴を上げて、男にしがみつく。
ジーンズの中は、汗と、溢れ出たわたしの液でねとねとしてとても不快だ。
「……お、お願いっ……」
ついに根負けしたわたしは、か細い声で男に言う。
「お願いって……何を?」
男がわたしの耳元に口を当て低い声で囁く。
知ってるくせに。
わかってるくせに。
わたしはイライラする。
さっき男を待っていたときよりずっと。
でも、言わないと男がちゃんとしてくれないことは知っている。
誰だかわからないけれど、そういう男だと言うことはよく知っている。
「お願い…………して……」
わたしはさっきより、ずっと小さい声で辛うじてつぶやく。
「して? ……何を?」
「……な、なにってっ……アレ……」
そのとき、わたしはちょっと拗ねた子どもみたいな声で言う。
「アレって、何?」
男はどこまでも意地悪にあたしを責める。
「…………」
その間も、男の両手はわたしの胸と股間に刺激を与え続けている。
「……い……挿れてってば……」
夢の中で、最後にはいつもそう言ってしまう。
男が自分のズボンのジッパーを下ろし、ペニスを引きずり出す。
男に右手を取られ、それを握らされる。
それはとても固く、熱く、まるで脈打つようにビクン、ビクンと震えている。
「これが……欲しいわけ?」
男が聞く。
「ああ…っ」わたしはいつのまにかその熱い物体を前後にしごいている。「ほ…欲しいっ……」
「よし……よろしい」
わたしはそのまま荒々しく裏返され、小屋の壁に手を付かされる。
男の手が荒々しくジーンズとパンツを一気に膝まで引き下ろし、地面に踏みつける。
腰を後ろに思いっきり引っ張られる。
わたしはますますお尻を突き出すような、恥ずかしい格好を取らされる。
さらにTシャツを胸の上までブラジャーと一緒にたくし上げられる。
乳房はは重力に従い、乳首を地面に向く。
「ああっ…………」
夢の中で、わたしはいつも目を閉じ、それでもなおかつ腰をゆっくりと振って男の動きを待つ。
男の手がわたしの尻の丸みを味わうようにゆっくりとなで回す。
その後、両手は前に回り、片方の手は下向きになったあたしの乳房をすくい上げてゆっくりと なで回し、もう片方の手は脚の間の深いところに分け入って、核心を探り当て、その包皮を容赦なく剥きあげる。
「んっ! ……んんっ…!」
わたしはさらに腰を高くあげる。
自分から、すっごくエッチに。
「いい?」
男が聞く。
「だからっ……挿れてってばっ……」
わたしは身も蓋もない返事をする。
男の先端が、液を溢れさせているあたしの入り口にちょん、と触れる。
全身に鳥肌が立って、お尻はさらに高く持ち上がる。
男がぐいっと熱い先端を押しつける。
わたしは迎え入れるように男の先端にお尻を押しつける。
と、いつもそこで目が覚める。
決まっていつも深夜の3時だ。
目を覚ました時はいつも汗まみれで、身体全体がすごい熱を帯びている。
股間に手を伸ばす……いつもそこは下着を換えなければならないほどべちょべちょになっている。
と、隣で安らかに寝息を立てている夫の公一のことが意識に戻ってくる。
そうか、わたしは3年前に結婚してたんだっけ。
そのことを改めて思い出したような気がして、わたしは安心と、そしてそれとはまったく違う別の感覚を味わう。
それがなんなのかは、よく判らない。
公一を起こさないように、そっとベッドから抜け出て、下着を換えにいく。
夢の中の男が誰なのかは、やはり全然わからない。
■
わたしと公一が暮らすマンションは市街地から少し離れた郊外にあった。
早起きが得意な公一は、ラッシュを避けてわたしより1時間早く家を出る。
浩一が出かけた後、1人残されたわたしは、いつも煙草を吸いたくなる。
浩一はわたしが以前、煙草を吸っていたことを知らない。
これは浩一がわたしについて知らないことの一つだ。
そのほか、浩一はわたしについて知らないことがたくさんある。
わたしはぼんやりとベランダから空を見た。
千切れ千切れの雲が、薄いブルーの空にに浮かんでいる。
ああ、煙草が吸いたい。
だめだ、こんな時は何を見ても煙草が吸いたくなってしまう。
わたしはその衝動を振り払うため、とりあえず朝食の後かたづけをすることにした。
食器洗い洗剤を泡立てたところに、スマホに電話が掛かってきた。
思わず舌打ちをする。
この舌打ちも浩一の前では決してしない癖のひとつだった。
タオルで手を拭いながら、非難がましく鳴り続けるテーブルのスマホを取り上げ、電話に出た。
「はい、清水です」
「……太田、伊佐美さん?」
囁くような声だった。
太田は、わたしの旧姓だ。
「え……あの、そうですけど?」
誰だろう? わたしはその声に心あたりが無かった。
「あ、今は清水伊佐美さんだっけ」
と電話の男。
「あの……そうですけど、どちら様ですか?」
「……オレだよ、オレ。声聞いて思い出せない?」
男は急に馴れ馴れしい口調になった。
なんだこいつ。
振り込め詐欺か。
「あの……ちょっと、すいません。ほんと、わかんないんですけど……」
「悲しいなあ……オレのこと忘れるなんて。ほんとに思い出せない?」
「……え……ええ、すいません」
いつの間にかわたしは相手のペースに飲まれていた。
「じゃあ、さ、ヒント言うよ。いいかい?」
「……あの……」
なんなんだ、この男は。
「ヒントその1。わたしは男です……あっはっは」
「……すいません、あの……切っていいですか?」
「ヒントその2、わたしはあなたがイくときの顔を知っています」
「はあ!?」
思わず大きな声を出した。
「ヒントその3、あなたはバックから入れられるのが大好きです」
「切りますよ」
わたしは強引にスマホの通話を終了した。
ああ、ようするに変態のいたずら電話か。
忙しいときにイラつくことこの上ない。
この手の電話は独身時代、独り暮らしをしているときに散々掛かってきた。
変態というものは進歩しないものだね。
わたしが皿洗いに戻ろうとしたら、またスマホが鳴った。
わたしはまた舌打ちをしてからスマホを取り上げ、かなり険のある声で電話に出る。
「もしもし?」
「切るなんてヒドいじゃなん……もっとお話しようよ」
案の定、さっきの男だった。
「いい加減にしてくれます?」
「伊佐美ちゃん、髪、伸ばしたんだ。似合ってるよ。独身時代はショートだったのにねえ」
「え?」
わたしは思わず反応してしまった。
「ショートで、ちょっとボーイッシュな感じだったね。でも今は、すっかり奥さん風だ」
「あの……」
ちょっと背筋が寒くなった。
この男は本当にわたしのことを知っているんだろうか。
そう、そういえばこの男は、なぜかわたしの旧姓を知っていた。
「……ダンナさん、優しい?」
「……あの……あなた、誰なんですか?」
「……おれ? ……おれは……」男はしばらく沈黙した。「あんたが忘れてる男だよ」
「……えっ?」
のどか乾く。鼓動が高まる。
「……ゆうべも、おれの夢見ただろ?」
わたしはまた強引に通話を終了した。
そのまま、スマホ自体の電源を落としてしまう。
胸の鼓動がますます高くなる。
耳の奥で、脈が早いリズムを刻んでいる。
何? なに?
今のはなに?
わたしの頭はますます混乱していた。
疑問その1…なぜ、男はわたしの名前と旧姓を知っているのか。
疑問その2…なぜ、男はわたしが結婚後、髪型を変えたことを知っているのか。
疑問その3…なぜ、男はわたしのスマホの番号を知っているのか?
疑問その4…なぜ、男はわたしの夢を知っているのか?
わたしはしばらく突っ立ったまま呆然としていて、仕事に遅刻しそうになった。