愛の這ったあと【4/18】
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「きゃあっっ!!」
シーツの下から出てきたのは、俺が知っている妻の裸体とはまるで違っていた。
女の肌は俺の知っている妻の身体よりも、少しだけ日に焼けている。
うっすらと、ビキニらしい水着の後が見えて、白い部分は全体的にピンクに上気していた。
全身には許せる範囲でやわらかそうな脂肪が載っている。
でも肌は滑らかだった。
うっすらと全体が、汗でぬめり、光沢がついている。
その身体が胎児のようにベッドの上で丸まり、豊かな二の腕で乳房を抑え付けるように庇っていた。
でも庇いきれていない。
隠せている部分はほんの一部分で、ほとんどが2本の腕の交差から溢れ出している。
女の顔を見ることはできなかった。
わき腹から豊かな腰に続くラインを、俺はほとんど自動的に目で追っていた。
尻も見事だ。
膨れて肉がつまり、はちきれそうになっている尻。
上になっている左脚の太ももをしっかりと閉じて、陰毛を俺の視線から隠している。
しかしでもそれもまた、乳房と同じように隠しきれていない。
そう言えばあいつは? ……女の贅沢な裸体をじっくりと鑑賞していた俺は、あの男のことを一瞬忘れていた。
今はベッドの下に転げ落ち、床の上でマヌケのように尻餅をついて足を投げ出している間男。
間男……? ヤられていたのは妻ではなくてこの見知らぬ女なのだから、“間男”ではない? ……まあいいか。
その間男のしなびた陰茎の上の白髪まじりの陰毛と同じく……
固く閉じた腿の間から見える結構豊かな陰毛は、同じようにねばつく濁った粘液で、絡まり、下腹に貼り付いている。
あまりにも醜いので、思わず顔を背けて女を見る。
俺はしばらくそうやって、ベッドで膝立ちになって女の肢体を眺めていた。
驚きも戸惑いも、もちろん混乱もあった。
このどえらくスケベな身体をした女は一体、誰なんだ。
それと同時に、湯気が立っているかのようなあまりにも豊かな女の身体が息づくのを目にして、欲情すら感じていた。
ああ、今俺が目にしていることが現実なら、誰だってそうなっただろう。
あんただったらどうする?
女が背けていた顔を上げた。
くしゃくしゃになったセミロングの髪が顔に垂れ下がり、一部が貼り付いて女の右目を隠している。
左目は、くっきりとした二重で、鼻は小さい……そして、その下でぽってりとしたみずみずしい唇が震えていた。
これは「ほんとうの」俺の妻の薄い唇とは、まるで違っている。
女の大きな目には、明らかな怯えがあった。
そして、哀しみがあった。
当然のように、涙もあった。
泣きはらした目は、少し腫れているようだった
「よー……ちゃん………?」
女が囁くように言った。
こればかりは忘れていたわけではなかったが、過去に俺の名前がそんなふうに呼ばれたこともあった。
記憶の遥か向こうにいる、何人かの女から。
でも、妻は俺のことをそんなふうには呼ばなかった。
はっきりと、俺のことを「洋二くん」と呼ぶ。
でも、女はもう一度、さっきより少し大きな声で言った。
「よう……ちゃん?」
「………君は………」
(誰だ)という言葉を、俺はなんとか飲み込んだ。
ここまでわけのわからない状況なんだ……もう何もかもが俺の理解値を超えていた。
「……ようちゃん…………ホントなの?」その女がぐすん、と鼻水を飲み込んで言った。「……このヒトの言ってること………ホントなの? ……ねえ、ほんとに、このヒトの奥さん、ようちゃんがヤッちゃったの?」
「なんだって?」
だめだ、もうカンベンしてほしい。
これ以上わけのわからないことは。
「そのとおりだ!!!」
ベッドの下から声がした。
床の上の男は立ち上がり、なんとかトランクスを履こうとしている最中だった。
「……ああ、こいつだ!」男は、俺にではなくベッドの上の女に言っているようだった「……そうさ! こいつが俺の女房を、メチャクチャにしやがったんだ!! ヤりまくって、ボロボロにして、飽きたら捨てやがったんだ! ……な、言ったろ? 奥さん?? なあ、これでこいつと俺は、アイコなんだよアイコ!!! ギャハハハ!!」
「……よーちゃん、そうなの? ……このヒトの言ってること、ホントなの?」
「………わけがわからない。まじでわけがわからんぞ」
「わからねえだと??? この恥知らず!!! テメエがしたことがわからないだと?? ……あんた、どこまで人間が腐ってんだ? ……あんたには、罪の意識ってもんはないのかよ???」
「罪の意識だって? ……はあ?……」頭に血が上った。わけがわからないが、一瞬で怒りが沸点に達した「……あんたはおれのいない間に、ヒトん家でセックスしてたわけだよな。?! この女と!!!」
「こっ………」ベッドの上の女が言った「この女??」
「そうだよ、この淫売だよ!」男がそこではじめて、醜い顎と腐ったタラコのような唇を歪ませて、ぞっとするような笑みを作った「……ああ、この淫売が、おれに突きまくられて何回イッたと思う? ……ああ、ヨカったぜ!! ……最高のメス犬だったぜ!!……ネジを巻いたら悦んでむしゃぶりついてきやがった! ああ、あんたの女房だよ! この淫売を、イかしまくってやったぜ! あんたは俺の女房を、何回イかせたんだ??」
男はわめきながら、なんとかチノクロスのズボンを履き、ランニングを着ていた。
案外、器用な男だ。そんなところがますますイラついた。
「イッてないっっ!!」女が叫んだ「あんたなんかでイッたわけないじゃんっ!!」
女がベッドの上に立ち上がった。
身長が高い。俺の記憶にある妻より、ゆうに10センチは高い。
見事なまでに立派な、堂々とした体つきだった。
勇ましくさえ思える、中身の詰まったロケット型の乳房。
慌てて服を着てる男に向けて発射態勢に入っているかのようだった。
相変わらず粘液でくしゃくしゃに濡れている陰毛も丸出しだ。
怒りがさっと引いて、また欲情が俺の心に過ぎる。
いやしかし……いろいろとどうなってんだ、俺は。
「ぜんっっぜん、良くなかったよっ!! ……ってかホント、ぜんっっぜん感じなかったよっっ!!」
全裸の大いなる女が叫ぶ。
「良くなかっただああ??」男がシャツのボタンを停めながら言う「……泣いて俺に抱きついてきたのは誰だったっけな!? 俺のズボンのジッパーを降ろして、むしゃぶりついてきたのはアンタだったろ?? ……ええ? 奥さんよ!! あんた、このダンナに愛想を尽かしてヤケになってたじゃねーか!! ……俺に、『もうメチャクチャにしてっ』つったのはあんただろーがよ! お望みどおり、メチャクチャにしてやったんじゃねーかっ! ……それに、あんだけ派手にイきまくっててよく言うぜ!!」
「帰れっ!」
妻が……まあ一旦、そういうことにしておこう……枕を拾い上げて、砲丸投げ選手の動作で男に投げつけた。
「わっ!」男がもろに枕を顔面に食らう「……なにさらすんじゃこのクソアマ!」
もう耐え切れなかった。
人の家でセックスして、ののしり合う見知らぬ男女二人組。
わけがわからないのにもほどがある。
俺はベッドから立ち上がると、男に歩み寄った。
「なんだ? やる気かよ???」
男が板についていないファイティングポーズを取る。
ボクシングのマネをして遊んでいる醜い子どものようだ。
俺はすべての力を込めて、両手で男の胸を突いた。
男はあっけないほど仰向けに床に倒れ、一回転して開け放したドアから廊下に転がり出た。
「ああっ……痛っっ!!」
傘を拾い上げて、尖った先を男に向けて持ちながら、男のケツを蹴っ飛ばした。
階段のほうに。
また男がおもしろいくらいにコロン、と転がる。
「やめろって!! ……暴力はよせ!!」
たわけたことを抜かす男にますますイライラ来た。
さらに男を2階ほど蹴って転がし、階段から蹴落とした。
「ギャッ!!」
階段の下まで男がゴロゴロと転がり落ちて、玄関に仰向けに倒れた。
「………帰れ!!! とっとと失せろ!!!!」
俺は金属的な声で叫んでいた。
「カバンだ!」男がなんとか半身を起こして叫んだ「カバンを返せ! 部屋だ!」
俺はいらいらしながら、部屋に戻った。
女は……ベッドの上にぺたんと座り込んで、また泣いている。
とりあえず、この女のことは、あの男を片付けてからだ。
部屋の脇に、死んだ犬のような型崩れしたナイロンのショルダーバッグがあった。
俺はそれを引っつかむと、右手にカバン、左手に傘を持ったまま、階段までどしどしと歩いた。
男はなんとかたたきで靴を履こうとしている。
俺はフルスイングで、男にその安物のカバンを投げつけた。
カバンは男の後頭部にジャストミートした。
「いてっ! 畜生! …………憶えれやがれ! これで終わりじゃねえからな!!」
男はヤクザ映画のファンかなんかなのだろうか。
ドスの効いた口調で、どうやら俺を脅そうとしているらしい。
ぜんぜん板についていなかった。
俺は槍投げ選手のスイングで、男に傘を投げつけた。
傘はミサイルみたいに男の首筋を目指して一直線に飛んでいった……はずだが、逸れてドアに直撃した。
「ひえっっ!! ………て、てめえ、なんてことしやがんだ!! ……こんなもんが当たって、死んだらどーすんだ?!」
「うるせえ!!」叫んで俺は階段を駆け下りた「とっとと失せないとマジで殺すぞ!!」
「ちくしょう!」
男はバタバタと……左足の靴の紐も結ばずに家から飛び出していった。
急に、家が静かになる。
俺は玄関のたたきに腰を下ろして、頭の中を整理しようとした………
しかし、何ひとつまともな考えは浮かんでこない。
わけがわからないことが多すぎる。
………まあとりあえず、あの醜い間男は撃退した。
さらに、2階寝室のベッドにいるあの女は、明らかに俺の妻ではない。
………そうだ……とりあえず一服して落ち着いてから……あの女に話を聞こう。
それしかない。
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