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フ ァ ッ ク ・ マ シ ー ン 【6/8】
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クスクス、ヒヒヒ、ゲヘヘとジャバさん、ト●タさん、社長三人の下品な笑い声を背中で聞きながら、わたしはカウンターの隅にいる男に近づいていく。
男はやはり、ぼーーーーーーーっと…………宙を見ている。
『見ている』と言えるのだろうか。
目は開いているけれど、何も見ていないような……
ちょっと薄気味悪かったが、声をかけてみた。
「こんばんは」
ウィン、と音がしそうな機械的な動きで、男の顔がわたしのほうに向く。
しかし目はやはり、わたしの顔のほうに向いていても、たぶんわたしを見ていない。
「こんばんは……」
男が口をきいた……けど、“喋った”というより口が動いて音が出た、という感じだった。
「この店、初めて? てかそうだよね、はじめて会うよね?」
と、いちおうはこれまで何十人もの男をオとしてきたキラースマイルをつくる……いや、“キラー”だと思ってるの、自分だけかもしれないけど。
「この店は初めてです。あなたとははじめて会いますね」
……?
抑揚のない声。一本調子の喋り。
いまわたしの後ろでクスクス笑ってる3人の酔っ払いが言っていた“マシーン”という言葉が頭をよぎる。
「このへんで働いてんの?」
「このへんで働いてます」
「会社員?」
「会社員です」
「このへんの会社?」
「このへんの会社です」
「なんでこんなシケたお店で飲んでんの?」
「なんでこんなシケたお店で飲んでんでしょう」
…………ん?
なんか……こーいう会話、どっかで聞いたような。
「なんか……あんた、ヘンな人だって言われない?」
「いえ、ヘンな人だとは言われません」
「モテるでしょ?」
「モテます」
「セックス好き?」
「セックスは好きですね」
「セックスする相手に困ってる?」
「セックスする相手に困ってます」
あ、思い出した。
小学生のとき、親戚の叔父さんの家に遊びにいったとき……何となく本棚から出して読んだ小説の会話だ。
タイトル忘れちゃったけど、すっごく短いお話だった。
どんな話だったか、どんなオチだったのかも覚えてないけど。
「じゃあ話が早いや……セックスしない?」
背後から「おおー」と酔っ払い3人の声が聞こえてきた。
まったくもう。下品なんだから。
てかまあ、下品な常連しかいないからわたしもこの店で居心地よかったんだけど。
「セックスしましょう」
男が答えた。相変わらずオウム返し。
「じゃ、店出よっか……わたしがおごる」
「はい、店を出ましょう。あなたのおごりで」
『ヒョー!』とか『ヒャー!』とか背中で3匹の酔っ払いの声を聞いた。
「あんたのおうち、どこ?」
「わたしのおうちは、このへんの近くです」
「じゃ、出よっか」
「出ましょう」
「おねーさん、わたしとこの人でおいくら?」
と、ママさんに聞いた。
「あーー……」パチパチと年期の入ったそろばんをはじくママさん「1800円だす」
わたしが支払いを済ませた……財布を出すと男が払おうとすると思ったが……男は真っ黒な黒目であらぬ方向を見ている……で、わたしが払う。
「じゃーねー、みなさん……おやすみ」
と、肩越しに酔っ払い三匹を見た。
「がんばってね~」
「どうなっても知らないよ~」
「来年まで腰立たんようになるでえ!」
ギャハハハハ、と下品な笑いを背に、わたしは男と店を出た。
そのまま、男の住んでいるマンションに向かった。
実際、歩いてすぐだった。
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