妹 の 恋 人 【23/30】
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わたしたちは……というか、わたしと、咲子と二匹の巨大ナメクジは、海の近くにどちらかの南野が予約していたらしい小さな観光ホテルのスイートにいた。
スイートとはいえ、ツインの部屋がおざなりに横に繋がっているだけのシケた部屋だったけど。
こんなシーズンなので、ホテルの中はいやに人気がなく、不気味なくらいに静かだった。
波の音と、磯の香りがした。
まあ、それはいいけど、なんで四人揃ってこんな部屋に居るの?
わたしはずっと頭が混乱したままだったし、咲子を見ると、俯いて、ぶるぶる、ぶるぶると震えている。
咲子から見れば、わたしも同じように震えていたのかも知れない。
しかし自分でそれを認めたくはなかった。
南野たちは……つまり二匹の南野は……ふたりともTシャツ一枚になって……それぞれシャツが透けるくらいに、大汗をかいていた。
わたしたちはコートを着たままで、寒さ以外の理由で震えていた。
それにしても……わたしと咲子は……示し合わせたように同じ服装だった。
メーカーや細部の作りは違うだろうけど、同じような紺色のピーコート、同じような色合いのジーンズに、二人とも茶色のブーツ。
ぞっとしたのは、マフラーがまったく同じオレンジ色だったことだ。
たぶん、二人のマフラーはそれぞれが住んでいる街のユニクロに売っていたものだろうと思う……
いや、そうとしか考えられない。
そんな不可解な符号によって、わたしはさらに寒気を煽られた。
やはり、わたしたち二人は、どこかでつながっている。
と、もごもごという音とともに、誰かが沈黙を破った。
「…………え、え、え、江田島先生の大傑作小説……『双子どんぶり』は、……ぼ、ぼ、ぼくら兄弟にとって、ほ、ほ、本当に重要な意味を持っていたんです…………ひ、ひきこもりである……しゅ、主人公は、まさに僕たちそのものでした……し、し、しかし、それ以上に…………ぼ、ぼ、僕らの心を捉えたのは、あ、あ、あ………あなたたち、ふ。ふ、ふた……双子姉妹の、ふ、ふ、不思議で、め、め、め……目に見えない……つ、つ、つながりです」
咲子と並んでベッドに座っているほうの南野が言った。
わたしの隣でベッドに座り込んでいる南野が、ウンウンと相づちを打っている。
今度は、わたしの横の南野が口を開く。
喋り方からどもり方まで、まるでそっくりだった。
「…………わ……わ……わ、わ、わかるでしょ、貴子さん。あ、あ、あ……あなたたちにも、ふ……ふ、ふ、ふ、不思議な……つ、つ、つ…つ、繋がりがある…………か、か、か、片方が悲しめば、も、も、もう片方も悲しくなる……か、片方が……よ、喜べば……も、も、もう片方も……う、う、嬉しくなる……そんなこと、こ、子どもの頃から、ず、ず、ず……ずっと、あ、ありません……で、でしたか?」
「…………」
わたしは黙っておくことにした。
一体、何が始まろうとしているのだろう。
いや、もう、非現実感は充分に味わった。
もうお腹いっぱい。
でも、また何かが始まろうとしている。
「あっ…………」
いきなり、咲子の横に座っていた南野が、咲子の唇にキスをした。
咲子の、わたしとまったく同じように華奢な身体を、しっかりと両腕で押さえつけ、逃げられないように咲子の顎を、あの太短いナメクジのような指ががっちりと抑えている。
咲子は抵抗しきれずに、南野に口を犯されていた。
わたしはどうすることもできなかった。
ただ、黙って見ている以外に。
まるで……鏡を見ているような気分だった。
咲子と、南野が口で繋がっている部分を、つい凝視してしまう。
見えないけれども、その中では、咲子と南野の弟(兄?)の舌が絡みあって、お互いの唾液がそれぞれの口の中を、入ったり来たりしているのだろう。
「……え、え、江田島先生の『双子どんぶり』が、ぼ、ぼ、僕らの心を捉えて……は、離さなかったのは…………あ、あ、あなたたち、双子を……つ……つないでいる……き……き、き、奇妙な……か、か、身体の……き、き、き、『きずな』でした……ひ、ひとりが……い、い、い、いやらしい事を……か、か、考えると……も、も、もう一人も……そ、そ、それを……それを『いやらしい』と感じる……ま、まるで自分たち……きょ、きょ、兄弟みたいに…………た、貴子さん、さ、咲子さん……ぼ、ぼ、僕たちも…………ど、ど、『双子どんぶり』に書かれていることの、す、す、全てが、真実だとは思っていません…………でも……あ、あなたたち二人を繋ぐ、き、き、絆は……ふ、ふ、双子である僕たちには…………え、え、絵空事とは…………お、思えなかったのです。だから……ず、ず、ずっと…………こ、この日を……ゆ、ゆ、夢見てきました」
「…………んっ……」
気が付けば、わたしも隣に座っていた南野(2)に抱き寄せられていた。
自分が着ているPコートとセーター、肌着や下着を通して、南野の湿り気が肌まで染み込んでくるようだ。
ちらりと横目で見ると、咲子の頬が膨らんだり、萎んだりしている。
まるで、大きな飴玉でも口の中で転がしているみたいに……つまり、咲子の口の中で南野(1)の野太い舌が蠢いていた。
咲子の口の端からは、早くも涎の滴が滴り、顎にまで伝っている。
「…………」
それから、金縛りからあったように視線を逸らすことができなかった。
おぞましい眺めではあったけど……こんなふうに、そんなことをされている咲子を見ていると……自分が幽体離脱して、自分自身の姿を見ているような気分になる。
いや幽体離脱とかしたことないけど。
やがて、わたしの隣の南野(2)がわたしの肩に手を回し、くいっとわたしの顎を持ち上げて、唇を重ねてきた。
大きなナメクジ(こんな表現ばっかりで悪いけど)のような舌がわたしの口に入ってくる。
いつものように、これまで何回も繰り返してきたように…南野の口の中のナメクジはわたしの舌をあっさりと絡めとり、おとなしくさせてしまう。
抵抗する間もなく、南野(2)の舌による、口内へのいやらしい愛撫が始まった。
それでも、わたしされるままにしていた。
ちらりと横目で見ると、咲子は早くもコートのボタン外され、セーターを胸の上までまくり上げられている。
これまた奇しくも、咲子がその日つけていたブラは、わたしと同じ薄いブルーだった。
ひょっとすると、メーカーまで同じものだったのかもしれない(楽天で買った)。
わたしも、咲子も、昔からブラのサイズは同じ。
だと思う。いやきっとそうだ。
わたしたちの『絆』と、南野(1)だか南野(2)だかがうんちくを垂れていた……うん、まったくそのとおり……わたしたち二人は、不思議で、呪われた絆で結ばれている。
そんな生臭く、ねちっこいキスをされているうちに、わたしの身体の芯が、じんじんと熱くなってきた。
そして、目の前では、同じ顔と姿の男が、わたしと同じ姿形をした女の子を好きなように弄んでいる。
「…………いっ……やっ…………!」
咲子のジーンズ前が、開かれようとしていた。
わたしのジーンズの前にも、南野(2)の手の平がずうずうしく侵入してくる。
二人の南野が全く同じ性格なら、咲子もまた、この海まで来る道中の車の中で、かなりヤバいところまで股間をまさぐられてきたのだろう。
あっという間に、南野(2)の手はわたしのジーンズの前を開き、パンツの中に侵入してきた。
「…………んっ!」
そこは、運転中に種火をつけられたせいか、すっかり熱くなっている。
自分でもそれはよくわかっていた。
南野(2)は、知り尽くしたわたしの身体から、その部分を的確に探り当て、野太い指の腹で刺激を加え始めた。
「あ、あっ……んっ……くっ……」
見れば、咲子も同じようにされている。
「…………ほ……ほ、ほ、ほらね……ぼ、ぼ、僕らも……さ、咲子さんと…………た、貴子さんも…………お、同じなんですよ…………わ…………わ、我々は……べ、別々の二人の人間ですけども…………じ、じ、実は……ひ、ひ、一人の心と身体を、二人の人間で……き、き、共有しているんですよ…………」
くだらないゴタクを南野(のうちのどっちか)が並べる。
わたしも咲子と同じようにセーターをたくし上げられた。
そして、ひょい、と持ち上げられ、咲子と同じベッドの上に投げ出される。
「…………お、お姉ちゃんっ…………」
咲子がつぶやく。
見れば、咲子はすがるような眼差しでわたしのことを見ている。
ぷい、と咲子から目を背けた。
……こんなところで頼られても困るし……咲子の紅潮した顔を見ていると……ますますへんな気分が出ちゃいそうだったからだ。
いわゆる、4Pってやつですか?
……ってか、女二人と、大きくて得体の知れない生き物二匹って感じですけど。
わたしにははじめての体験だったが……ここまでくると、何だかもう、開き直ったような気分だった。
たぶん、ふつうの4Pを体験した人はいるだろうけど、わたしたち姉妹が体験したことに比べれば、男女四人で山にピクニックに行きました、くらいの可愛らしい出来事に思えるに違いない。
咲子は、薄いブルーの下着上下の姿にまで剥がされていた。
咲子は髪を後ろで束ねている。
だから角度によっては、ショートヘアにも見えた
えっ………?
はっとして、部屋の壁に掛かっていた鏡でわたしたち二人の姿を見比べた。
何て似てるんだろう。
いや、似ているなんてもんじゃない……まったく同じだ。
ぴったり、寸分も違わない。
気分が悪くなるくらい、二人は完全に同じだった。
ちなみにわたしも……そのときは下着姿に剥かれていた。
下着は咲子と同じ、薄いブルーの上下。
いつの間に、そうなったんだろう?
「こ……こ、これ……の、飲んでもらえますか……す、すごく、た、楽しいですよ…………」
目の前にブルーの錠剤が突き出される。
それを突き出したのが、南野(1)であるのか(2)であるのかはもはやどうでもよくなっていた。
全てのことがどうでもよかった。
わたしはそれを、恐れずに口に含んだ。
見ると、咲子も同じようなものを口に含んでいる。
甘い、ラムネのような味がした。
「……の、の、飲み込まずに……く、口の中で……と、溶かしてください」
と、南野(のいずれか)が言う。
素直にそうした。
甘い味が口の中に広がる……その間も、そこら中から手が伸びてきた。
それは、手というよりも軟体動物の触手のように感じられた。
ぬるぬるの触手が、わたしの耳の中に入ってきたり、口の中に入ってきたり、首筋を撫でたり、胸をやわやわと捏ねたりする。
気が付けばわたしは全裸だった。
咲子も全裸で、無数の触手を持つ謎の軟体動物に、身体中をねぶりまわされていた。
咲子のわたしとそっくりな白い肌に、幾筋もの粘液の跡がついている。
多分、わたしの肌もそうなっているのだろう。
「…………あっ……んんっ……!」
先に甘い声を上げたのは、多分わたしの方だったと思う。
いや、咲子のほうだったかな?
「…………な……な……何よっ……なによこれっ…………?」
わたしの中にかろうじて残っていた理性が、南野に抗議した。
目に見える視覚の世界と、聞こえてくる音の世界が、いびつに歪んでくる。
「…………んあっ…………」
咲子の左の乳首に、南野(2)が吸い付き、咲子がのけぞった……と思ったら、本当は左乳首を吸われているのはわたしのほうで、咲子がわたしのことを熱っぽい目で見ていた。
なんだか、どうもおかしい。
自分の身体がなくなっちゃったみたいだ。
自分の身体と認識している感覚の領域が失われ……咲子の身体の感覚と、とろけあっていくみたいだ。
同じベッドの上で、わたしと咲子の身体は、アメーバのように繋がっていくように思えた。
咲子は南野(1もしくは2)に、首筋をちゅうちゅう吸われながら、両胸をゆっくりこね回されている。
「あっ……あ、ああっ……んっ……んんっ……ああああっ……」
咲子がエロい声を出す。
で、咲子の感覚は、わたしにもしっかりと伝わってくる……実際に、もう一匹の南野がわたしの首筋を吸い、おっぱいを愛撫してるのだろうか?
「うっ……あっ……い、やっ……ああっ……ああああっ……」
思わず声が出た。
というか声を抑えておくことができなかった。
……もう、何がなんだかわからない…………やばい。
だんだん、現実の世界が遠ざかっていくような気がした。
目から見る世界も奇妙だった。
耳に入ってくる音も妙にエコーがかかって歪んでいる。
今や、南野は二人ではなくなっていた。
灰色の大きなぬめぬめした生き物が、とぐろを巻き、あたしたち(というくらい、その時のわたしは咲子と自分のもうひとりの区別がついていなかった)の身体に、巻きつき、まとわりつき、からみついてくる。
南野(1)と南野(2)は、完全にひとつの生き物になっていた。
見るも醜悪な、脂ぎった、ぬめぬめした粘液に覆われた、手も、足も、目も、口もない、名前すらない生き物…………確かにおぞましかったが…………ここ数ヶ月間、わたし自身はずっとこのおぞましい生き物の愛撫に、慣れ親しんできた。
「……どうですか、ほら、やっぱり……双子は、二人の人間だけど、ひとつの心を共有している不思議な生き物なんですよ」
珍しく、南野(いまは1も2もない)が、急にどもらずに言った。
その軟体動物の一部が、あたしの顔めがけて伸びてきて、口の中に入ってきた。
ぞっとする味がしたが……ほかの部分がそれよりはましだということはない。
あたしはわけもわからず、それを舌で転がしていた。