【ホラー小説】呪い殺されない方法【9/10】
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それから一度だけサダコに会った。
なかなか会う時間を取ることができなかったのだが、再会の宴は大いに盛り上がった。
あのビアホールで、わたしたちは飲んで、飲んで、飲んで、大声で笑った。
「ほんっと……あんた、血も涙もねえな!」サダコは大笑いしながら言った。「最低のクズだよあんたは!」
「まさか……これほど効果があるとは思ってなかったよ! ……すばらしい! 完璧だ! 君のおばあちゃんに乾杯だ!……しっかし恐ろしいねえ! 放っておい たら、自分がああなっていたとはなあ……想像しただけでゾッとするぜ!」
わたしも大いに笑った……こんなに楽しい酒は久しぶりだった。
「そっれにしても……前から聞きたかったんだけどさあ……」と、サダコがジョッキをテーブルに置き、まっすぐわたしを見る。「……いや、あんたが自分勝手 でゲスな人殺しなのはわかってるけど、あんた、なんでそこまでして“生きたい”の? ……あんたの異常なところで、とりわけ一番異常なのはそこだよ」
意外だった。
いまさらそんな質問がサダコから出てくるとは。
そんなことはわかりきっていることだと思っていた。
わたしは逆に、『死にたい』と口にする人間のほうが理解できない。
「異常? ……俺は異常じゃないよ! ぜんぜん、異常じゃない。なぜなら、死にたくなる理由なんてないもの……それなのに、何で死ななきゃなんないわけ?」
「……そこまで生きることにシューチャクできる理由が、ぜーんぜんわかんない。今の世の中、そっちのほうがフツーだよ」
「そういえば……そうかなあ」
「そうだよ」
確かに。
それはわたしが殺しを続けてきて、つくづく実感することだ。
わたしはこれまでの殺しで、自分の命を危うくするような激しい抵抗に遭ったことがない。
本気で心を動かされるような(実際にわたしの心が動くかどうかは別として)命乞いを聞いたことがない。
被害者たちはみんな、わたしの突きだしたペーパーナイフ……それは突いたり斬りつけたりでは人を傷つけることすらできない……に脅され、大人しくなり、 言われるままに紙おむつに履き替え……絞め殺されていった。
彼らはみんなひょっとして、サダコの言うように、わたくしほど生きることに執着していなかったのかも知れない。
それを考えれば、生きることに執着してい るわたしは、やはり異常なのかもしれない。
「それにしても妙な話だよなあ……生きてるときは生きることに命がけで執着してなかった奴らが、死んだら死んだで殺した相手に化けて出てくるんだから…… まったく、わけがわからん」
「別に生きてることに執着してなくても、殺されりゃあ誰だって頭にくるでしょ。そりゃ命は、たったひとつの自分の持ち物なんだから。持ち物盗まれたり、汚されたり、汚されたりし たらハラたつでしょ? 全然大切にしてなかったボロ自転車だって、誰かに盗まれりゃハラ立つでしょ? 捨てようと思ってた服にでも、ケチャップぶっか けられたら怒るでしょ? ……そーいうもんよ」
「そんな簡単なもんかな?」
「そんな簡単なもんよ……それに、死んじゃったらほかにやることもないしさ……化けて出るくらいしか……ところで……今日は小さい女の子がいるね」
「えっ?」
サダコの視線を追う……もちろん、わたしにも見えた。
ちょうどわたしの背後にあたるテーブルの上に、あの少女……このまえ、車の助手席に座っていた少女……がいる。
彼女は客たちが楽しげに会話しているテーブルのど真ん中に、紙おむつを履いて、ちょこんと正座していた。
彼女はまったく客たちのことは気にならないよう だった……
いや、客たちのほうが彼女の存在に気づいてないのだから、それはお互い様というものだが。
少女がこんな場所に出てくるのは珍しかった。
いつもと同じ、無愛想な顔だ。
来ている服はTシャツに紙おむつ。
おかっぱの髪。
貯水池に少女の死体を投げ込んだとき、水面に衝突するときの音があまりにも小さかった。
浮いてくるんじゃないかと心配したくらいだ。
「あんな子供まで殺したんだ~……マジ、鬼畜!」サダコがわたしを指差して笑う。「人間の皮を被った悪魔! カス! 人でなし!」
「いやまったく。返す言葉もないね」
わたしも笑った。
いったい、わたしは何であんな子供にまで手を掛けたのか、と言えば、少女が殺しやすい対象だったからだ。
子供が一人、行方不明になれば……大人が蒸発するよりも世間は騒ぐものだ、と一般的に思われているらしいが、決してそんなことはない。
日本でいったい、年間何人の児童が行方不明になっているかご存知か?
教育機関が認識しているだけで、一二〇〇人~一四〇〇人。
これは全国の公立小学校 が 『学校に来なくなったまま行方がわからない児童がいる』と申告している人数だ。
ほとんどが両親とともに行方不明になる。
理由は金銭トラブルが中心なのだろうが、子供の義務教育を放棄して夜逃げを選ぶような親は、平気で子供の存在す らも見捨てる。
親どころがしかるべき施設に保護されず、食事も与えられず、完全に放置されて街を野良猫のようにさまよっている子供はたくさんいる。
そんな子供を目にしたことがな い、とあなたが言うなら、それはあなたの目が真実を見ようとしていないからだ。
保護者もおらず、泣き叫ぶこともせず、人ごみの中をふらふらと歩いている子供。
それがあなたが見過ごしている現実だ。
わたしが殺したあの少女はまさにそんな一人だった。
その少女が、わたしから六時方向のテーブルの上に正座して、わたしのことをじっと見ている。
いつもどおり……べつに恨みがましい表情でもないし、わたし を怯えさせようという意図も感じられない。
「……自分が死んでることも、わかってないみたいね。あの子」
静かな調子で、サダコが言った。
「たぶん、そうだろうなあ」
実際、そうなのだろう。
「なんであんたみたいな外道が捕まらないで野放しになってるのか、わかったよ。ようするに……ほんとうに、殺す相手をよく選んでるんだね。手当たり次第に 殺してるんじゃなくて」
「そりゃそうだろ……狂ってるわけじゃないんだから」わたしはもはや殺人について、サダコにはぐらかす気も失っていた。「それに、注目されるのは昔から好 きじゃないんだ」
「殺しても、誰も注目しない、いなくなっても、誰も気にしない、誰も行方を探さない。誰にも悲しまれない。そーいう相手を、あんたは上手く見分けてるわけだ。人間の価値は平等だ、って言うけど……ほんと、マジでそれってウソだよね。悲しいね」
「ああ、悲しいね」
わたしはテーブルに座っている少女とにらめっこを続けながら、曖昧に答えた。
「口先で言ってるだけでしょ」
「ぜんぶお見通しなんだなあ」
「今さ、ロージンしか住んでない『限界集落』とかあるじゃん? ……あとドヤ街とか。あーいうところに思いっきり放火するとか、でかい爆弾仕掛けるとかして、そういうふうに 一気に大量の人間を片付けるような、そんな大仕事には興 味ないの? 男なら、デッカイ仕事したくない?」
サダコにしてみると、わたしのことが面白くて仕方がないようだ。
「いや、だから仕事じゃなくて趣味だから」少々、面倒臭くなっていた。「そんなに急ぐ必要なんて、まるでないだろ? 別に誰かと数を競い合ってる わけじゃなし。ゆったり行きたいんだよ。おれを見ればわかるでしょ? 派手なことはキライなんだ……例えばテロリストみたいにさ……いや、ああいう のはまったく気が知れないね。目立ちたがり屋の人殺し、ってのは本当に頭がおかしいんだろうなあ……おれには時間があるし、健康にはかなり気を使ってる。 この趣味は一生の趣味だから、ずっと、じっくり続けていきたいね」
「ふーん……」今度はサダコが面倒くさそうに言った。「でもさ、いつか終わりは来るよ」
「そりゃあまあ……誰だっていつかは死ぬからさ」
「いや、あんた、いつか絶対捕まるよ。あんたは自分のことを、ものすごく頭がよくて、絶対、警察なんかに捕まらないと思ってるだろうけどさ……いつかは運が 尽きるよ。人間、完璧なんかでいられるわけないんだから……捕まっちゃえば、もう趣味は続けられないよ」
「俺は捕まらないよ。それとも、俺のことを国家権力にチクるつもりかい?」
「となるとあんた、あたしを殺すんでしょ。今日の帰りとかに」
「うーん……どうかなあ」
サダコを殺す、ということに関しては初めて会ったときにその考えを退けて以来、まともに考えてみたこともなかった。
改めて、サダコの顔を見た……真っ黒 に縁どられた黒いアイシャドウの中の根性が悪そうな目。
真っ白な髪。笑った口。
頭の中は、見かけ以上にまともではない。
サダコを殺したら、彼女はわたしのところに化けて出てくるだろうか?
あの『噛みつき少女』みたいに、わたしの生命を脅かそうとするだろうか?
わたしは二つの可能性を秤にかけた……生かしておいたサダコが警察にタレ込む可能性と、そのリスクヘッジとしてサダコを始末した場合、サダコが『噛みつき少女』ばりにわたしのもとに化けて現れ、わたし身体に噛み付いたり、髪の毛を引きむしったり、あるいは胸に手を突っ込んで心臓を抉り出そうとしてくる可能性。
前者を考えれば……サダコが警察にタレ込む合理的な理由は何もないし、たとえタレ込んだところで、『幽霊が見える』などとほざく、この見た目にもま ともではない女の言い分を、警察がまともに受け入れるはずがない。
後者を考えれば……十分に起こり得ることだ。もしそうなれば、サダコはせっかく追い払ったあの『噛み付き少女』以上に脅威となるだろう。サダコの説によ ると、生前の性格が大いに怨霊の悪質さに影響してくるらしいので……
サダコを殺すべき理由もないし、リスクも高い。
やはり彼女を殺さないことにした。
それにサダコは愉快な人間で……愉快な人間はこの世界には貴重だ。
「絶対捕まるって、あんた。呪いからは逃げられても、運からは逃げられないよ」
「逃げ切るさ」かなり自信を持って言ったつもりだった。「捕まらないよ。絶対に」
しかしわたしは、一ヶ月後に逮捕された。
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取り調べ担当の刑事は思いのほか、楽しい男だった。
五十歳がらみの、痩せて浅黒い肌の男。
ちょっと口ひげを生やして、いつも顔が笑っている。
見かけも刑事らしくないし、喋りはまるでテレビのインタビュアーだ。
おかげで身柄を拘束されて以来、毎日の取り調べはそれなりに楽しかった。
「……いやあ、わたしも長いことやってますけどね、ほんとうにあなたのような人間がいるとは、それもこのわたしが、定年までにあなたのような人間を取り調 べできる日がやって来るとは、思ってませんでしたねえ……たしかに酷い犯罪は多いですけれども、あなたがやってきたことはひときわ酷い。まったく、血も涙もない冷血漢とは、あなたのような人のことを言うんでしょうなあ……」
「…………」
わたしは完全黙秘していた。弁護士がそうしろと言ったからだ。
しかし人の良さそうな、話していて楽しそうな刑事である。
ついつい、この男の軽いノリに乗せられて、軽口のひとつやふたつ叩いてしまいそうになる。
「ええと、快楽殺人っていうんですか? ……それっぽい犯人とは数回お話したことありますけど、まあどいつもこいつも……じっくり話し込んでみると、結局は何かのこだわり……まあ大きな声では言えませ んけど、シモ関係のことが多いんですけどね……そういうのに囚われて、セックスの代わりとして人に暴力を振るったり殺したりするような……まあなんといい ますか、わっかりやすい、っていうんですか? ……そんな連中ばっかり でしたよ……でも、あなたはそれとは違うようだ」
「…………」
「でまあ、当然お金目当てでもない……あなたが殺した人は、お小遣い程度のお金も持ってない人ばっかりでしたからねえ……つまりあなたは、純粋に、釣りや ゴルフみ たいな趣味として人殺しをしてたわけだ……まあこれはわたしの私見ですけどねえ……あなたはほんとうの悪人ですなあ……いろいろな被疑者の皆さんとお話してきましたけど……四歳の幼女を強姦して絞め殺して川に捨てたような奴でも……話を聞いてれば……でも、『ああ、なるほどなあ』とか『そりゃ、そういうこ ともあるかもなあ』って気になってくることがある……なんだかんだ言っても、そんな奴もわたしも、結局は同じ人間ですからねえ……人間、どこかはつながっ てるもんなんですよ。同情も共感もできないけど、なんとなく、伝わってくるものはある……でも、あなたの前にいると、あなたからは、何も伝わってこな い……いや、黙秘は結構ですよ……でも、あなたが黙っているというだけではなくて、わたしはまるで、電源を落としたテレビの前にでも座っているような気に なってくる」
「…………」
わたしは“電源を落としたテレビ”を続けた。
しかしまあ……サダコに大見栄を切ったものの、わたしの逮捕はあっけなかった。
その理由も、わたし自身が言うのも何だが、なるほど、と頷けるものだ。
わたしはいろいろとミスを犯していた。
一番の問題は、わたしに泣き方を教えてくれた女優志望の少女、ハルナを殺したことだった。
あれは大失敗だった。
わたしはハルナのことを、彼女の自己申告通り……地方で医者を目指している優秀な兄の影に隠れ、ご両親の期待から完全に外れ、親 元を離れて一人ぐらしをしながらタレント養成所で時間をつぶし、無気力にぼんやり生きている……そんな『いなくなっても誰もまったく気にかけない』、これ までわたしが手にかけてきた被害者たちと同じタイプの人間だと、心から信じ込んでいた。
わたしは自分で思っているよりも、ずっとお人好しだったようだ。
ハルナは……さすが女優を目指していただけあって、なかなかの役者だった。
彼女には兄はいなかった。
彼女は一人娘で、中流の上クラスの家庭に育ち、両親から溺愛されていた。
親から見放されている、とかまったく期待されていな い、とかいうのは、すべて彼女が作り出して自分で被っていた表向きの仮面だったらしい。
そうしているほうが、その他の無気力なタレントスクールの少女たちの仲間に入りやすかったのだろう。
しかし、家庭環境はともあれ、ハルナはしょっちゅう無断外泊を繰り返していた(一人暮らしというのもウソで、自宅住まいだった)ので、両親は二~三日の 外 泊に対してはそう心配はしなかった。それが一週間になり、二週間になり、三週間になった頃、遅まきながらこの娘のわがままを黙認してきたおめでたい両親 も、事件性を想定しはじめた。
動き出すとなったら、警察もそれなりの仕事をする。
ハルナの交友関係の線が消えたら、次に立ち上がってきたのは、タレント養成スクールに通っている子供たちが、連続して行方不明になっている事実だった。
生徒たちや子供を送り迎えする親たちへの入念な聞き込みから浮上したのが、わたしのハイエースだ。
さら に、街中に設置された監視カメラ、コンビニのカメラ、ファミリーレストランや居酒屋に設置されたカメラ……わたしの車のナンバーが浮上するのに、そう時間 は掛からなかった。
そして、それらのうちのいずれかの監視カメラが、ハルナが行方不明になった日、彼女と一緒に行動していたわたしの姿を捉えていた……
ドジった。
完全なわたしのミスで、これに関しては言い訳のしようもない。
「それにしても、あなたのような抜け目のない人がなんでまた、タレント養成スクールに通う子供たちを続けて狙うような、危ない橋を渡ったんです?」刑事は 本当にわたしに興味津々なようだった。「……そこには何か理由があるでしょう? たぶん、あなたが黙秘をやめて、自分の考えていたことをすべてわたしに 語ってくださったとしても、わたしにはあなたのことなど、ちっとも理解できないでしょうけど……まあ、精神鑑定医の先生方が、いろいろと理屈をつけて下さ るで しょうけど……そのどれも正解ではないことくらい、はなからわたしにもわかっています。まあ、これまでの経験則ですけどね」
「…………」
理由。理由か……それを聞かれるのは辛い。
あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎる。
「……たて続けに……何らかの関連性のある人間を手にかければ、自分の身が危うくなることくらい、あなたほどの人なら充分承知だったはずでしょう? それ でもあなたは、続けざまに……いわゆる『タレントの卵』たちを狙った……それも、えらく短いスパンで、妙に焦っていた。そうする必然性があった、というこ とだ……どうです? ……わたしの読み、外れてないでしょう?」
「…………」
この刑事は、かなり鋭い。
恐らく、わたしの家はしばらく警察に内偵されていたのだろう。
空室だった隣の部屋に、見慣れない人間が出入りしていることには気づいていた。
だからわたしも、しばらくは大人しくしているつもりだった……
警察と、わたしの退屈な我慢比べがしばらく続いたが、根負けしたのは警察のほうだった。
ある朝、わたしは逮捕状を携えた刑事たちに連行された。
同時に、車をはじめ、パソコンやノート類などが片っ端から押収された……警察の皆さんには気の毒だが、パソコンやノートなどから事件につながるものは何も出てこなかったと思う。
常日頃から車の中は清潔にするようにしていたし、家の周辺で怪しげな連中を見かけるようになってからは、さらに車内の清掃を徹底していた。
もっ とも事件と関連するようなもの……死体をくるむためのビニールシートや、ビニールテープ、紙おむつなどは、いつも車に載せておくようなことはせず、殺しのたびに方々のホームセンターやスーパーなどで購入するようにしていた。
しかし、こういう店舗にも必ず監視カメラがあって、そこに収められた映像もわたしの逮捕理由のひとつとなってしまった。
それに、わたしたちが視覚や嗅覚や触覚で感じることのできないようなmナノレベルの証拠が、科学捜査によってあぶり出された。
唾液の染み。
被害者が触れたシート。
ほとんど肉眼では把握できないような短い体毛や、塵のような身体の組織の一部。
わたしがこの車の中で人々を殺害したことの「決め手」になりはしないが、わたしの車には確認できるだけでも三〇人の見知らぬ人間が乗ったことが、科学の 力に よって完全に証明されてしまった。
「でもまあ、あなたがどこで被害者を殺害したのか、死体をどう処理したのか、それはあなたが黙秘を続ける限りわからない……いや、わたしたち警察も努力し ますよ……必死で証拠を探します。そして、あなたに殺された人々の死体を見つけます。そうしないと、被害者が浮かばれない……そう思いませんか?」
「…………」
最後のは、心底どうでもいいと思った。
「あなた、夢見が悪くないですか? ……いや、悪くないんでしょうね。あなたを見ていればわかります。でもあなた、わたしたち警察や、法の裁きが恐ろしく ないのはわかるんですけど……どうなんです? こんなにたくさんの人間を殺して、祟られるのが怖くなったりしないんですか? ……いや、わたしども警察 も、最新科学を用いて捜査してますので、これはあくまでわたしの私見として聞いてくださいね。あなたは……いや、あなたみたいな人間は、『悪いことをすれ ばきっと自分にバチが当たる』とか、『殺生をすれば祟りがある』とか、そういうわたしたち日本人がずっと幼い頃から植えつけられてきた道徳……いや、道徳 じゃないな……ほぼ、脅しみたいなもんですけど……そういうもの対して、まるで無関心であるように見える……どうすれば、そんな風になれるんです? ……い や、これはほんとに、わたしの個人的な質問ですよ。わたしもこんな仕事してるでしょう……治安と正義のためとは言え、そりゃあもう、逮捕した当事者から怨みを買ったり、 容疑者の家族が絶望して一家心中したりで、それなりに、背負いきれないくらいの怨みを買いながら仕事を続けてるんです……ほんとうに、いくら慣れよ うとしても夢見が悪い。 週に一度は、悪い夢にうなされて夜中に目を覚ますんです……なんか、これをなんとかするコツを、あなたからお教えいただけませんかねえ……?」
「…………」
黙秘を続けながら、わたしは別のことを考えていた。
なぜわたしが捕まったか?
なぜ、タレント養成所に通う子供たちを連続して殺害したか?
そのほんとうの理由をわたしが話せば、この刑事はどんな反 応をするだろう、と思った。
その反応を見ればさぞ痛快だろうと思ったが、それができないことに大いに苛立っていた。
警察は必死で捜査を続けたが、なぜかわたしの捨てた二~三〇の死体を発見できずに、今日に至っている。
いつもまったく同じあの貯水池に捨てていたのに、なぜ警察はそれを見つけ出せないでいるのかが、正直言って不思議だ。
わたしが少なくとも十一人の行方不明者と行動を共にしていたことは、街中のビデオカメラと科学捜査が証明した。
検察はそれで充分だと判断したらしい。
わたしは、一体も死体が発見されないままに、殺人犯として拘留され、取り調べを受けていた。
完全黙秘を続けたが、結局十一件の殺人容疑で裁判に掛けられ、死刑判決を受けた。
死体が一体も発見されないまま、死刑判決を受けた殺人犯は日本の犯罪史でもわたしが初めてだろう。
理不尽だとは思う。
でもまあ、物証も自白もないままに大勢を毒殺しようとしとした、とされれて死刑判決を受けた女性がいる。
今私が拘束されている施設の、別の棟にいるはずだ。
私の場合は完全な「死体なき殺人」だが。
しかし、死体は発見されなくとも、自分が殺してきた人々の遺族や、遺族とは何の関係もない人々から、わたしは『死ぬこと』強くを望ま れているのだ、ということはわかる。
あまり興味はないが、マスコミもわたしのことを日本犯罪史上最悪の連続殺人犯だと報じているらしく、テレビのワイドショーでは『あいつを拷問してでも死体のありかを吐かせるべきだ』と発言したタレント弁護士がいて、物議を醸しているらしい。
概ね、世間は彼に好意的だとか? 彼は近々、政界入りが囁かれているらしい。心底、興味ないが。
弁護側は『状況証拠だけ。死体すら発見されていない。証拠不十分にもほどがある』と控訴したが、今のところ判決は覆っていない。