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フ ァ ッ ク ・ マ シ ー ン 【2/8】

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「お疲れ様でしたあ」
 
 そう告げて会社を出たのは6時50分。

 会社から7時までに出られた日にはいつも行く飲み屋があって、わたしはそこの常連だった。
 もう30を過ぎたので、こんな角打ちに毛が生えたような飲み屋に女一人で入るのも、まるで抵抗がなくなった。
 
 顔なじみになった客も数人いる……というか、いつ行ってもわたしより先に来て、かなりいい感じで飲んでいるメンツが3人。いつも入り口に近いカウンターに陣取っている。

「あら、ミナミちゃん今日は早いねえ~」

 と、店に入るなり声をかけてくれたのは、年長者の70を越ええているっぽい女性の“ジャバさん”。

 みんながそう呼んでいて、自分でもそう名乗っている。
 どうも「スターウォーズ」に出てくるキャラクターらしいけど、わたしはあの界隈に詳しくなかったので、みんなが呼んでいるように「ジャバさん、ジャバさん」と呼んでいたけど……最近ネットでそのキャラクターをはじめて見て、「やば! 悪口じゃん! ……でも、似てる……」と思った。
 でも今さら呼び直すのもなんだし、そもそも本名も知らないし、いまも“ジャバさん”と呼び続けている。

「うん、早く仕事が終わったから」

「まあ月曜から遅くまで仕事なんてバカらしくてやってらんないよね」

 とジャバさんの奥に座っていたのが“ト●タさん”。
 歳は50歳代後半、いわゆるロマンスグレーで、いつも仕立てのいいスーツを着ている紳士だ。なんで毎日のようにこんなシケた立ち飲みで飲んでいるのか、謎。
 今日のスーツは紺のスリーピース。身体は、年齢にしては絞られているほうだろう……ちなみにあだ名の理由だが、あの有名な、有名な、有名な、日本一有名な自動車メーカーの社章をスーツにつけているから……やはり本名は知らない。

「なんかえらい機嫌悪そうやないかいな……なんかイヤなことでもあったんか?」

 ジャバさんとト●タさんのさらに奥……コの字型のカウンターのコーナーで飲んでいたのが「社長」だ。  ふくよかな身体で、たぶんジャバさんとト●タさんの中間ぐらいの年齢。スラックスにワイシャツ、紺色の作業ジャンパーを着ている。塩辛声の関西弁で、この店の近所の工場の社長をやっているから「社長」。
 なにを作っている工場なのかは誰も知らない。

「まあね~……この歳になると会社でもいろいろね~……あ、お母さん生」

「はーいー……」

 この店のママさんは……はっきりいって、いったいいくつなのか想像もつかないくらいの歳よりで……注文されたときだけ動く。

「何言ってんの~……この店で最年少のクセして」とジャバさん。「あたしの半分も生きてないくせに、一人前に“いろいろ”とか笑っちゃうわよ」

「若いと機嫌悪くしてちゃだめ? ……若いときほどいろいろあるもんっしょ」

 と口答えしてみたが、すでに出来上がっている三人はゲラゲラと笑うだけだ。

「どないや、最近はオトコ関係は上手くいっとんのかあ?」

 と社長。

「あー……ぜんぜん。得意先のオーヤマさん、なんだか勃ちが悪くてさあ……でも、ナメるのだけはしつこいわけ……なんだろうね? ホント。バカ犬みたい。ふやける、ってーの」

 ギャハハ、とジャバさん、ト●タさん、社長が笑う。
 生を一口飲んだだけだけど、ここではこんな下ネタがすぐ口をついて出る。
 言っとくけど……わたしは普段、とくに会社ではこんなキャラじゃない。
 どっちかと言えば、地味で、大人しくて、目立たない、陰キャだ。

「あいかわらずミナミちゃんはハッテン家だなあ」とト●タさん。「君のお父さんじゃなくてほんとうによかった、って思うよ」

「ト●タさんの娘さんだっていまごろ誰かと腰振りたくってズコズコしてるよ」

 と返す。

「せや!」社長が乗ってくる「今ごろ駅弁スタイルでズコズコやられとるでえ!!」

「いやいや、お馬さんスタイルで跳ねまわってるかも~」とジャバさん。

「もう! やめてよ!」ト●タさんがわたしを指さして言った「ウチの娘はこんなアバズレと違うんだから!」

 でわたしも笑う。アバズレ呼ばわりされて。
 で、実際のわたしがどうかといえば、ほんもののアバズレだ。


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