インベーダー・フロム・過去 【9/11】
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公一がいなくなって1週間が経つ。
公一の会社から何回も電話が掛かってきて、これ以上、無断欠勤が続くようなら公一の会社での立場はあやうくなる、と言われた。
……はあ。
あんまりなにも感じない。
わたしは、わたしの問題で精一杯だ。
わたしの問題その1……公一はどこに行ったのか?
わたしの問題その2……わたしの夢の中に出てくる男はつまり、誰なのか?
わたしの問題その3……意識を失った夜、わたしは誰と、何をしたのか?
わたしの問題その4……わたしを目隠ししていたあの公一のネクタイは一体何か?
どこから手をつけていいのかわからない問題だった。
具体的に何をしていいのかよくわからないので、わたしは“巡礼”をはじめた。
「ええと……どうだっけ、こんなふうだっけかな」
学生時代によく行った飲み屋のビルの非常階段に、わたそしとその男は居た。
わたしは手すりにつかまって、男に向けてお尻を突き出していた。
パンツはすでに足首まで下ろされ、スカートは捲りあげられ、裸のお尻がむき出しになっている。
少し肌寒い夜だったけど、あまり冷気は感じなかった。
とくにわたしの脚の間は……あまりに熱くたぎっていたので、かえって外の冷たい空気が心地よいくらいだ。
「……ほら……こう?」
男の指の腹が、少し冷えかけていたわたしの水面に触れた。
「……んっ」
「……そうそう、思い出してきたよ」男がゆっくり指を動かしながら言う「伊佐実ちゃん、こうするとすごく気持ちいいんだよね。こうやって、お尻突き出した姿勢で触られると」
「……あっ」
男の指に嬲られながら、わたしは言葉にも嬲られるなつかしい心地よさを味わった。
確か大学2年のときに、わたしは一度この非常階段でこんなふうに男といやらしいことをした。
当然だけど、こんなどうでもいい男のこと、わたしはすっかり忘れていた。
なにをしたかどころか、顔や、名前さえも。
わたしは自分の暗黒時代への巡礼を……
わたしのはずかしい過去の地獄巡りをすることにした。
わたしは昔みたいに髪を短くした。
夜はたらふく飲んで、意識がなくなるくらいまで飲んで、タバコもがんがん吸った。
眠り込むと、毎夜のようにあのいやらしい夢を見る。
夢の内容はこれまでと同じだったが、わたしを弄ぶ男の顔は、毎夜のように入れ替わった。
それは学生時代や新人OL時代、酔っぱらっているわたしを好きなように弄んで玩具にした男達それぞれの顔だった。
……いや、“弄んだ”とか“玩具にした”とかいう書き方は偽善的だ。
わたしはそのころ喜んで男達に自分の身体を好きに差し出して、弄ばせ、玩具にさせ、それを愉しんでいたのだから。
だから、あの暑苦しい白浜海岸の中でわたしがされることは、日によってすこしずつ違っていた。
現れる男の数だけ、わたしへの攻め方もそれぞれに違っていた。
その全てにわたしは大きく反応して、同じように声を上げて、同じように喘ぎ、悶えた。
目が覚めるといつも下着がぐっしょりと濡れていた……そしてその度に、わたしは男達のことをひとりずつ思い出していった。
この男を思いだしたのも夢のおかげだった。
思い出した男たちに片っ端から連絡をとって、久しぶりに会おう、という。
呆れ返るばかりだったけど、男達は皆、怪訝そうに振る舞うけれども、だれひとりとして断る者はいなかった。
だって、タダで人妻とできるんだから。
「……は……は、はやくっ……」
震える声で言って、潤む目で男を振り返る。
あたしはお尻でゆっくり円を描いていた…自分でその動きを見て恥ずかしくなったけど、おかげでもっといやらしい気分になった。
「……おねがい、ちょうだいっ……」
「………待って。焦るなってば」男はコンドームを装着するのに難儀しているようだった「……ほら、今すぐぶっこんでやるからね……伊佐実ちゃん、相変わらずやらしいなあ……やっぱあれ? ダンナさんだけじゃ満足できないの? ……だからおれのこと思い出したの?」
……“相変わらず”って。
よく言うよ。
わたしのことなんて電話が掛かってくるまですっかり忘れてたくせに。
男にしてみればわたしは、たまたまラッキーに挿れることのできた、何人かの女のひとり。
ほんの少しの、人生のスパイスみたいなもの。
こういう男はふと、これまでの自分の人生を思い返してみたときに、わたしみたいなヤリ捨ててきた女たちとのセックスを思い出して、なんとなくニンマリする。
……それで、自分の人生も、なかなかのもんだなっていう安っぽい自己満足を味わう。
……べつにいいけどね。
正直言って、わたしは男の心の中にそんな俗っぽい自己満足を見いだしても、そんなに反感を感じることはなかった。
むしろ、男にとって自分が、“昔、挿れた穴”くらいに貶められて捉えられていることを感じて……逆に亢奮したりした。
昔、わたしが無意味な乱れた性生活を送っていたのは、確かに寂しさからくるものもあっただろうけど……それよりもむしろ、男にそこまで見下され、貶められることに屈折した悦びを見いだしていたからなんじゃないか、とさえ思えた。
……別に縛られたり、鞭で打たれたり、蝋燭で攻められたりすることだけが、被虐の悦びなんじゃない。
自分の立場をどこまでも貶めていくことで悦を感じるという意味では、わたしだってそんな変態の女の人たちと同じなんじゃないか。
「……んっ…………くっ…………あっっ!」
わたしは思わず身体を海老反らせた。
突き出したお尻の間に、いきなり男がその太短いペニスを、ずぶりと根元まで押し込んだのだ。
「…………あ……………やっ………………んっ…………き、きつ…………いっ」
男はわざと動かなかった。
そう、夢の中の男みたいに、挿れたまま動かさずに、わたしの反応を眺めて目で愉しんでいた。
「……ほ、ほうら、ど、どう……? ……な、なつかしいでしょ、おれの……伊佐実ちゃん、これが欲しかったんだよねえ? ……ほら、何年も、これが忘れられなかったんだよねえ……?」
「…………んっ」
嘘をつくのがいやだったので、わたしは黙っていた。
ばかか。この男。
どこまで自惚れてんだ。
脳みそまでチンコなの?
「……ほら、どうしてほしい?」
男がわたしの背中に上半身を乗っけるようにしてわたしの耳元で囁く。
「…………んっっ…………くっ」
「…………ああ…………いいなあ、伊佐実ちゃんの中。昔とおんなじで、暖かいよ。あったかくて、ぬるぬるして、ぎちぎち締め付けてるよ……そんなにいい? 思い出しちゃった? 伊佐実ちゃん」
「……うっ……………………う、動かしてっ……」
わたしが泣きそうな声で言う。
腹が立つけど、そうすると男のアレはわたしのなかでさらに熱く、固くなった。
「……ダンナさんとどっちが太い? ねえ、どっちがいい……?」
男がびくん、と一回だけ突く。
「んっ!! ……やっ……!」
「……ほら、ダンナさん、こんなふうにしてくれる? おれみたいにしてくれる?」
「あっ……!…………いやっ……あっ……ああっ……」
男がまた、強く2回、びくん、びくんと動く。
「……じ、自分で動いてごらん…………ほら」
「……んんっ……」
わたしは固く目を閉じ、男に言われたとおりした。
自分でこすりつけるように、挟み込んだ肉棒をしごきあげるように、前に後ろに、上に下に、右に左に動いた。
「……ああっ……す、すげえ……すげえよ……い、伊佐実ちゃん……伊佐実ちゃんって、こんなやらしかったっけ……? ……あっ……ああっ……」
男はそれから、1分ともたなかった。
わたしは夜見る夢で“過去の男”を思い出すたびに……
そんなことを繰り返し、次々と昔の男達に会った。
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そんなこんなで、過去の男達を訪ねるわたしの放浪は続いた。
当然、日常生活に支障が生じはじめてきた。
会社から、これ以上欠勤が続くようだったら契約を考え直さざるを得ない、と遠回しに言われるようになったけど……毎日、昨晩飲んだお酒がかなり残っていて、疲弊し、ぼんやりしているわたしの神経は、そんなことは些末な問題としてちゃんと受け止められなくなっていた。
それにしても……ここ3週間くらいで、わたしはかなりの数の男とヤった。
3週間で12人。
それをわたしはちゃんと手帳に記していた。
今度はそれを、しっかり覚えておきたかったからだ。
男を呼びだして、それぞれのやりかたでイかされる度、それぞれの男たちの記憶が鮮明に蘇ってきた。
まるで、過去をひとつひとつ取り戻して、それでパズルを仕上げていくみたいに。
そうすることで、現在に繋がるわたし自身の存在が、少しずつ確かなものになっていくみたいに思えた。
これは、わたしにとって必要な心の旅だ。
日常の仕事なんかよりずっと大切で重要な。
それに反して、夢の中に現れる“あの男”はますます曖昧になってゆく。
ある時彼は、大学2年のときに飲み屋の雑居ビルの非常階段でバックから入れてきたあの男であり、ある時はOL時代にわたしにお尻の穴を舐めさせた会社の上司になった。
そうかと思えば大学1年の秋にわたしにはじめて大人のおもちゃを使った男になって……次の晩にはOL時代の後期にはじめてお尻に指を入れられた別の課の同期になった。
誰一人として、繰り返し夢に見てきた“あの男”そのものではない。
わたしはそんな生活を続けながら……いろんな男にいろんなところをいじられて、舐められて、いろいろ変わったことをされて、させられて、様々な体位でヤられながら……必死に“夢の男”の面影をその行為のうちに探していた。
それぞれは部分的に符号するのだけど……決してそれぞれの男は“夢の男”と同じではない。
そしてわたしはその週の最後あたりに……ついにはじめてわたしがヤった(あんまり、“処女をあげた”なんてロマンチックな言い方はしたくない)あの男に会った。
大学1年のころ、彼はフリーターで、わたしより4歳年上だった。
つまり男は今、30を越えている訳だけど……駅前の待ち合わせ場所に走ってきた彼を見て、わたしは愕然とせずにおれなかった。
これまで改めて会ってきた男たちは、会っていなかった期間の長さに応じてそれぞれに変わってはいたけど……その男の変わりっぷりにはいささか呆れてしまう。
わたしとはじめて会った頃、彼はスマートで長身で、少し悪っぽくて世間慣れした感じの、それなりに格好いい青年だった。
しかし今目の前に走ってくるのは、多分そこらの量販店の中でも最下層の最低価格とおぼしきへなへなのスーツに、たるみきった身体を包んだ、禿頭のデブだ。
「ひさしぶり。伊佐実ちゃん……あんまり変わってないね」
ニヤけた顔で男は言った。
「むかしみたいに髪を短くしたから……」わたしは言った。「ごめんね、突然呼び出して……」
「ううん、おれ、嬉しかったよ……ずっと伊佐実ちゃんに会いたかったんだ」
歯が浮くようなデマカセを口にしながら、男ははげた頭に溜まった汗を垢じみたハンカチで拭う。
しかしセックスに対する積極性は少しも失われていないようで、彼といきなりラブホテルに入ることになった。
彼も部屋に入るまで待ちきれず……ラブホテルのエレベータの中からわたしを抱きすくめ、厚ぼったい唇(これは昔と変わっていなかった)でわたしの口に吸い付いき、スカートの中に手を入れててきた。
蹴破るようにドアを開け、わたしは手荒く扱われている宅急便の荷物のように、ポーイっとベッドに投げ出される。
わたし自身、いつも通りにすごく亢奮していたので、そのせいでまた身体が熱くなった。
「……ねえ、わたしとはじめてやった時のこと……覚えてる?」
「……え?」
「わたしとはじめてやったとき、どうしたか、…………ちゃんと覚えてる?」
「もちろん覚えてるよ」男がネクタイを解きながら言う「たしか伊佐実ちゃん、はじめてだったよね……そうじゃなかった?」
「……うん」
「……やっぱりはじめての男は忘れらんない?」男が下卑た笑みを浮かべながらむしるようにわたしの服を剥いで、自分も服を脱ぎ散らかした「……そうなの?」
このハゲ……ちゃんと覚えてたか。
まあ、ヤリ捨ててきた女の中でも、処女はあんまり居なかったのかも知れない。
「それでさ、確か、こうしたよね」男は解いたネクタイをぴんっと両手で引っ張って、わたしに迫ってきた。「ほら、覚えてる?」
「あっ……」
男はネクタイでわたしに目隠しをした。
そうだった。
わたしは確か、目隠しをされて処女を失ったんだっけ。
男は手際よくネクタイをわたしの頭の後ろで結ぶと、わたしの身体に残っていたブラとパンツをはぎ取って全裸にし、わたしを仰向けに押し倒す。
そして……わたしの両膝に手を掛けて、思いっきり左右に開いた。
はじめてそんなことをされたときの、はずかしさといかがわしさが、ぽっとわたしの身体の芯に火をつけて……それはたちまち身体全体に燃え広がる。
「……いやっ……」
と、わたしは当時を思い出して同じことを言った。
「……へえ……伊佐実ちゃん、ここもあのころと、そんなに変わってないじゃん」
「……ば、ばかっ……」
男のニヤけた顔は見えなかったが、わたしは顔を背けて見せる。
前戯がおざなりなのも、昔どおりだった。
男はほんの少しわたしの脚の間を指でいじると、いきなり挿入してきた。
はじめての時と違って……わたしはその時点でかなり亢ぶっていたので……男の肉棒はするん、とスムーズに奧まで届き、内臓を圧迫した。
「……んんっっ!!」
「……おおおっ……」
男が情けない声をあげるのが聞こえる。
わたしは男の肉棒を締め付けた。
意識せずとも、自動的にしっかりと。
男の肉棒はわたしの中でさらに大きくなる。
「……おら……おら……おら……おら……おら……おら……おら……おら」
男はそう言いながら、烈しく腰を打ち付けた。
「……あっ……んっ…………あっ! ……ああっ……くっ……あ、あっ……」
はじめての血塗れのセックスのことを思い出して、わたしはあっというまに絶頂まで高ぶってく。
すごく……すっごくよかった。
「……あ……や……や、やだ……も、もう…………んんっ!!」
わたしは男の肉棒を絞るようにしめつけて、イった。
ほんと、あっという間。
男はそのまま耐えきれず、中で出す。
「…………も、もう一回して…………」息も絶え絶えになりながら、わたしは見えない男に言った「あのときみたいに、ほら、後ろから………」
「え? う、うん……よ、よし」
男の年齢からしてみると、酷な注文かと思ったけど、そうではなかった。
男は慌ててわたしを裏返し、這い蹲らせて、お尻を高く持ち上げさせると、全く硬さを失っていないそれをまた、一気にぶち込んでくる。
「ああああっ!」
わたしはまたそれを締め付ける。
今度、男は前よりだいぶ長くもった………。
「いやらしい女だな」とか「どうだいはじめてのチンポの味は」とか「あれからヤったどの男よりもいいだろ」とか、そんな自分を鼓舞する言葉を吐きつけながら、男は目かくしされて四つん這いになったわたしのお尻に、烈しく音を立てて叩きつけ続ける。
自慢じゃないけど、わたしは男か再び中で出すまでに、2回もイった。
……でもやはり……その男も“夢の中の男”とは別人だ。
家に帰るといつも一人。
“公一の不在”という事実からいちはやく逃れるために……わたしはいつものように服も着替えずにウイスキーを生で煽りはじめる。
今日は2回も中に出されてしまった。
……まあいいや。多分、大丈夫だろう。
そんなことをいちいち考えるのも面倒くさくなるほど、わたしは堕落している。
しかし、記録することは忘れなかった。
わたしはべろべろになりながらも、自分の手帖に今日、あの男としてきたことを克明に手帳に記す。
中に出された、とも書いた。
酔いでふらふらになった頭で自分の書いた記録を読み返しているときに……ほぼ3週間ぶりにわたしのスマホが鳴った。
着信表示を見て、酔いすぎたのか、それとももう夢でも見てるのかと思った。
公一からだった。