妹 の 恋 人 【29/30】
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わたし……もしくはあたしは、海の近くの公園にいる。
暖かくなってきた。
いい感じの潮風が吹いていて、空は見渡すかぎり晴れわたっている。
数年前のあの冬の海とはまったく違う風景に見えた。
とはいっても、同じ海岸なのだけれど。
今、あたしの片割れが、どこで何をしているのかは知らない。
合わなくなってから、もう三年になる。
わたしは、いま恋人とこの公園にいた。
今日はその彼女と、海辺をデートしている。
彼女はどんな人かって?
うーん、ひょっとすると、わたしにちょっと雰囲気が似ているかも知れない。
美人だし、スタイルいいし、頭もいい。
しかもおしゃれだし。
ということはあたしの片割れと、彼女は似ているということだ。
でも、そんなことはどうでもいい。
わたしと彼女は、似ている。
でも、違うところもある。
そのどちらも、たまらないほど愛おしい。
彼女はあたしの過去を、いろいろ詮索したりもしない。質問もしない。
彼女にとっては今と、未来のことが重要で、過去はどうでもいいようだ。
そんな人に巡り会えたことは、ほんとうにラッキーだったというしかない。
結婚式は、二人だけでこっそりと行うつもりだ。
両親も、,もちろんわたしの片割れも呼ばない。
あたしはあれから、とても自由だ。
今はとても幸せで、こうやって海風の中を二人であてもなく歩いているという事実を、誰にも侵害されないし、邪魔させるつもりもない。
彼女の髪に鼻をくっつけて、その匂いを嗅いだ。
とても素敵な匂いがした……一緒に暮らして、同じシャンプーとリンスを使ってるのだけれど。
でもそれが、わたしだけにとって心地よい匂いであっても、一向に構わない。
……ええ、のろけさせてもらいますよ。
あたしがこれまで歩いてきた人生を考えれば、のろけるくらいの権利は充分にあると思う。
わたしの片割れは今、どうしているだろうか?
それが、まったく気にならないわけではない。
あたしと片割れは、同じ遺伝子を共有している双子だから。
ときどき不意に、意味もなく哀しくなることがある。
また、意味もなく楽しくなるときがある。
それに……大きな声では言えないけれど、意味もなくいやらしい気分になって、積極的にエッチなことをしたくなるときもある。
……たぶんどこかの空の下で、わたしの片割れが、そういう気分に浸っているのだろう。
そんな時、強引に迫ってくるあたしに彼女はちょっと戸惑うけど、決してイヤではないらしい。
だからまあ、もう実害は何もないわけだけど。
時々伝わってくる、この不意に襲ってくる意味もない衝動が、わたしとその片割れとの唯一の情報交換の手段だ。
顔を合わせなくても、ときどき電話をしなくても、手紙を出さなくても、いつだって二人は繋がっている。
それは好む好まざるに関わらず、運命で、宿命だ。
あのひたすら孤独だった時代を経て、自分が今、こんな幸せの中にいることが、ときどき信じられなくなるときがある。
暗い場所に、ひとりぼっちで立っている片割れの夢をよく見た。
目を覚ます度に、それが夢であったことを心から感謝する。
「もう、二度と、会わないようにしよう」
それがわたしと、その片割れとの約束だった。
あたしたちはお互いを見捨て、大きく、とても大きく距離を取ることにした。
そして今、わたしと片割れは、それぞれの人生を生きている。
波止場に彼女と腰を下ろし、しばらく夕陽に照らされた海を見ていた。
と、目の前を一〇歳くらいの双子の姉妹が横切っていった。
二人とも泣いている。
泣いている理由は察することはできないけど……たぶんどちらかが、とても哀しい気分なんだろう。
そして、片割れは何の理由もなく、哀しくなって泣き出す。
ある種の双子には、そんな不思議な繋がりがある。
あたしたちもそうだった。
幼い双子が砂浜の遙か向こうに小さくなっていくまで、わたしは二人の背中を見つめていた。
わたしは少しだけ微笑みを浮かべた……またどこかの空の下で、あたしの片割れが、意味もなく微笑みを浮かべているかもしれない。
「ああ、やっぱり海っていいよなー」彼女が伸びをしながら言う。「……泳がなくても、気分いいね。今年の夏はさ、泳ぎに来ようよ」
「そうだね」
わたしは真心からそう答えた。
「エッチな水着着ちゃうよ~……あんたも、そうしなよ」
「スケベだねえ……じゃいっそ、真夜中に2人、すっぽんぽんで泳いじゃう?」
「いいね~……てか、どっちがスケベだよ」
そして、いつまでもいつまでも、たまにでもいいから、そんな風に言葉を交わし合える仲でいたいと思った。
彼女に出会うまで、あたしは、片割れとの縁を切ってしまったことに……やはりどうしようもない孤独を感じていた。
思えば、この孤独というやっかいな感情の反応が、ずっとわたしたち双子を縛り付けていたのだろう。
多くの人は一人で生まれてきて、人生をたった一人で生きて、孤独を感じることもなく死んでいく。
しかし、わたしたち双子はそういう訳にはいかなかった。
あたしたちは、ひとつの心と身体を二人で共有して生きることに慣れきっていた。
また、はなればなれになって……はじめてわかったことだけど、わたしたちの人生はいつでも二つに切り分けることができたはずだ。
ただ、そのためには孤独という、どうしようもない難関を乗り越えなければならなかったけど。
「そろそろ帰ろっか」
彼女がそう言ったあと立ち上がり、ジーンズのお尻についた砂を払いながら、わたしの名前を呼んだ。
そんなふうに愛する人から、自分の名前をちゃんと呼ばれるのが、あたし……もしくはわたしは、一番好きだ。