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妹 の 恋 人 【22/30】

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 南野さんがレンタカーを借りてきた。
 その小さな青い経自動車の助手席で、あたしはとても困っていた。

 というのも、南野さんがハンドルを握っていない左手で、ちょくちょくあたしの脚の間などにいらずらを仕掛けてくるからだ。

 あたしはシートベルトをしっかり締めていたし、車の中は狭いので、ほとんど逃げ場所がない。
 もちろん、抵抗もままらない。

「み……南野さんっ……あ、危ないですよっ……」

「だ……だ、大丈夫だって……ちゃんと……ま、前見て運転しているから…………」

「だ、だってっ……あっ! ……やっ……」南野さんの手が、あたしのジーンズの前ボタンを器用に外す。「だ……ダメですってばっ……こ、こんな……運転中に……あっ、いやっ……」

 必死で南野さんの手を払いのけようとしたが……南野さんはほんとうにちゃんと前を見て運転しながら、あたしのジーンズのジッパーを降ろしてしまった。

「ぼ、僕、あ……あ、案外、器用なんだ」

「そ、それでもっ……そ、そうじゃなくってっ…………ん、んっ!」

 手が、巣穴に潜り込む軟体動物のように、ジーンズの中に入ってくる。
 手は中でうねうねと動き……とんでもないところまであっさり侵入してきた。

「海を見に行こう」

 と南野さんが突然言いだしたのは、一週間前のこと。

 それまであたしは、南野さんの呼びかけに応じては……彼の部屋に出向き、そこで……その度にいろいろと、いやらしいことをされてきた。

 目かくしと、ローションは必須
 時折、手首に手錠を掛けられたり、奇妙な液をあの……その……だ、大事なとこに塗られたり、セーラー服を着せられたり…………オプションはその日ごとに変化した。

 南野さんが言うには、これはぜんぶ江田島さんの書いた小説、『双子どんぶり』に書いてあることだという。
 あたしは依然として、その本を読んでいない。
 
 しかし、南野さんにとって、『双子どんぶり』は聖書のように重要な本らしい。 
 ってことは、こんな風に車の中で運転中にいたずらされることも、あの本に書いてあるのだろうか。

 だとしたらとんでもないウソだ。
 江田島さんは車の運転どころか、自転車にすら乗られなかった。

 それに、自宅から半径五〇メートル以内のコンビニや本屋にしか出かけず、生活のほとんどを自宅の自室で過ごしていたのだから。 

 あたしは、助手席でジーンズに手を突っ込まれ、中で指を動かされながら、ぼんやりとお姉ちゃんのことを考えていた。


 最後に会ったのは、二年も前になる。

 お姉ちゃんはお盆にも実家に帰ってこなかった。
 学校が忙しいそうだ。

 多分、ウソだろうと思う。
 ほんとうのところ…………お姉ちゃんは、あたしと顔を合わせたくないんだろう。

 その気持ちはとてもよくわかる。
 あたしだって今のこの南野さんとの生活を考えると……お姉ちゃんに合わせる顔がない。

「だ……だ、だんだん、し……し、湿ってきてない…………?」

「そ、そんなっ……」ちょっと、ムキになって言った。「そ、そんなことありませんっ!」

 といいつつも、車の振動に併せて、南野さんの指で的確に……その、大事なところをパンツの上からじっくりとこね回されていると……だんだん自分が潤っていくのがわかる。

「…………あっ……んっ! ……や……やめてっ…………」

 情けないほど早く、よだれみたいに甘い声がこぼれ出た。

「…ほ……ほ、ほら。だ、だ、だんだん気持ち……よ、よくなってきたでしょ」

「や、やだっ……あっ!」今度は、パンツの縁から、へ手が侵入してきた。「だ、ダメですよっ……こ、こんな…………んっ!」

 あたしの義務的な抵抗を完全に無視して、南野さんの指先が、一番熱くなっている部分を捉える。

 南野さんは相変わらず、しっかり前方を見て運転していた。
 あたしたちの車のわきを、車高の高いトラックが通り過ぎていく。

 その運転手さんが、慌ててサイドミラーで車の中のわたしたちを確認した。

 ような気がした。

「や……やだっ……あの運転手さん…………あたしたちのこと見てましたよっ……」あたしは南野さんに懇願した。「…は……恥ずかしいですっ……やだっ……」

「み……み、見せて……見せてやればいいじゃん」南野さんは言った。「……そ、そ、そっちのほうが……さ……サッちゃんだって……こ、こ、興奮しちゃうだろ?」

「ち、ちがいっ……ますっ……そ、そんなっ……や、やだっ!」

 南野さんの指が小刻みに動き始めた。
 微かに、ほんの微かに、湿った音も聞こえてくる。

 南野さんにとっては天国のドライブ。
 あたしにとっては地獄のドライブだった。

 車高の高い車があたしたちの横を通り過ぎていくたびに……あたしはなんとか身をかがめた。



 前方に海が見えてきたときは心底ホッとした。
 南野さんが海岸のすぐ近くの駐車場に車を止める。

 車の外は風が強く、とても寒かった。

「あ……え……?」あたしは駐車場に停められている車を見て言った。「おんなじ車……?」

 あたしたちの車の正面に、南野さんが借りてきたブルーの小さな軽自動車と全く同じ車が、ちん、と停車されている。
 まるで車の前に鏡を置いたみたいに。

 あたしはマフラーをぐるぐるに巻くと、その両端をPコートの襟元に押し込んだ。
 両手はポケットの中。
 でも鼻から上の皮膚には、容赦ない冷気が直撃してくる。

 南野さんはさすがに夏と同じTシャツ一枚、というわけではなかったが、相変わらず薄着だった。
 汗で透けたTシャツの上に、薄い緑色のパーカーを着ている。

 でも、夏と同じように大汗をかいていた。
 なんでこんなに寒いのに汗をかくのだろう?
 ……乾燥すると死んでしまうのだろうか?

 
 海岸に出る。
 ほんとうに、雪がちらつきそうな荒れた天気だ。

 鉛色の雲が、ゴミ箱のなかにぎゅうぎゅうに詰められたティッシュみたいに空を埋め尽くしている。
 砂浜に打ち寄せる波は強く、その音も冷気をはらんでいた。

 海岸に人影はほとんどない。

 遙か向こうに、凧を揚げている人が見える。
 見上げると……気づかなかったけど、カラフルな大小の凧が、ずっしりと重そうな曇り空に舞っていた。

「…………ど、どう……? ……き、きれいでしょ、海」

「は、はあ……」

 どうなんだろうか。
 空は黄土色の厚い雲に覆われ、海は乱暴に波打ち、水面はどこまでも暗かった。

 『憂鬱』というタイトルで額の中に収まっていそうな風景だ。

 確かに人の気配はしない。
 軒を並べる海の家は、どれもこれも閉じられたまま次の夏を待っている。

 また夏が来ればこの海も、人々を誘うそれなりに美しい色に変わるのだろう……

 しかし……確かに心躍る風景というわけではないが、その荒涼とした景色は、その時のあたしにぴったり似合うように思えた。
 
 とにかく寒かったけど、あたしはほぼ強引に、とりあえず景色を楽しむことに専念した。
 鉛色の空と、遠くに揺れるいくつかの凧、真っ暗な海に、波の音……。

 
 確かにそれほど……悪くはない。 

 
 傷跡を残しそうなほどするどい潮風が、からっぽのあたしを満たすことなく、するりするりと通り抜けていく。
 

 冬の海は素敵だ、とあたしは改めて思った。
 夏には人でごったがえし、冬になれば忘れ去られる。
 思えばここ十年以上、海に来たことなどなかった。
 
 最後に海水浴をしたのは、いくつの時だっけ……?
 たしか、六つか七つの時だったと思う。
 
 そのときは確か、お姉ちゃんも一緒だった。
 お揃いの黄色の横縞ワンピースを着て、水泳帽を被ったあたしたちは、本当に瓜二つだった。
 
 二人でたくさん笑って、たくさん泳いだ。
 日が暮れるまで、くたくたになるまで遊び続けた。
 
 あたしはそんなことを思い出しながら、砂浜に立ちつくしていた。
 南野さんは、しきりに腕時計に目をやって、時間を気にしている様子だった。

 

 と、海岸線のずっと向こうに、一組のカップルの姿が見えた。

 

 男の人はとても大きく、隣に並んで歩いているのは、あたしとほぼ背格好が同じくらいの女性。
 その女性の体重は、男性の四分の一くらいだろう。

 その人たちがだんだん近づいてくる。
 男の人はほんとうに相撲取りみたいに大きくて、薄い緑色のパーカーを着ている。

 女の人は紺のハーフコートを着てデニムのパンツを履き、貌をマフラーでぐるぐる巻きにしている。

 はっとして、南野さんの方を見た。
 

 南野さんも、近づいてくるカップルを見ている。
 にやにやと笑いながら。

 南野さんが着ているのは、薄い緑色のパーカーだ。 
 さらに近づいてくる二人を見てめまいを覚えた。

 男の人は、南野さんとまったくの瓜二つで……
 その横を並んで歩く女性は、髪型が違うだけで、あたしにそっくりだった。

 
 あたしが言葉もなく立ちつくしていると、そのわたしにそっくりな女性……お姉ちゃんは……驚きのあまり、これ以上ないというくらい目を見開いていた。

「ど、ど……どうなってんの!?

 あたしとお姉ちゃんは、ほぼ同時にそう言った。

 南野さんと、その南野さんと瓜二つの男性は、そんなあたしたち姉妹の驚く様子を見て、ほぼ同時に吹き出し、同じ笑い声で笑い続けた。


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