妹 の 恋 人 【2/30】
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佐々木さんとそんな風になったのは、たしか二月の頭だった。
少なくとも初めてセックスしたのは、その頃だ。
でも、つき合いはじめたのがいつなのか……ほんとのことを言うとよく覚えていない。
あたしは好きな人ができると、頭の中でいろいろとその人との楽しい生活を想像する。
それもかなり細かいところまで詳しく思い描く。
この人の好きな食べ物は何だろうか、とか、二人で暮らしてみると、どんな風だろうか、とか、この人と一緒に休日に出かけるのならばどこに行くのが楽しいだろうか、とか……
そんな感じになってしまうので、おしまいには想像していたことと、ほんとうに起こったこととが区別できなくなることがある。
だから佐々木さんとつきあい始めたのも、あたしの中では始まりが曖昧だ。
お姉ちゃんに言われるまでは……終わりまで曖昧になるところだった。
あたしが佐々木さんのどこを好きになったのか、はっきり言い表すことはできない。
でも佐々木さんは、男の人に対してわたしが求めて止まないものを、いろんな男の人たちのいい部分から拾い集めて、一人の人間の型に流し込んだような人だった。
少なくとも、あたしにとっては。
量は少なくはなっているけども、くりくりと天使のように渦を巻く髪、佐々木さん自身の包容力を表しているみたいな、柔らかくふっくらしたお腹。
知性を隠しきれない眼鏡の奥の、聡明そうな瞳。
佐々木さんは歯が悪く、彼の吐く息はすこし臭い。
でもそれさえあたしを捉えて止まなかった。
それが、佐々木さんという人間の一部であるなら、あたしにはその香りは金木犀の香りにさえ思えた。
顔中に残るにきびの痕は若々しく、新たに出来たにきびも、その人間的な成熟度に反比例して、時折、少年のような無邪気さを見せる佐々木さんのキャラクターを表している。
時々、目をパチパチと瞬く仕草も、その後に見せる邪気のかけらもない笑顔も、少し懐かしい匂いのする煙草も、あたしはすべて大好きだった。
どんなに努力しても……彼のどの部分ひとつをとっても、あたしは佐々木さんという人を嫌いになることはできない。
……そしてあたしは佐々木さんとの関係の結果、妊娠した。
そして、これ以上悲しいことはないけど……佐々木さんとの間にできた子どもを堕ろすことになった。
佐々木さんには奥さんがいて、子ども達がいた。
たまたま、あたしが佐々木さんに出会うのが遅すぎたんだ……
本当に、そういう意味であたしはついていない。
もちろん、あたしには佐々木さんを恨むことなんてできない。
だって、奥さんと子ども達とともに幸せに暮らしている佐々木さんの生活を奪うなんて、あたしにはとてもできない。
奥さんにも、子ども達にも、幸せになってほしい……だって、それはあたしが愛している“佐々木さん”という人間から、切り離そうと思っても切り離すことができない大切な存在なのだから。
奥さんや子供たちを愛している佐々木さんの心を傷つけたくない。
でも、佐々木さんを愛し続けることは自分でも止められそうもない……あたしは何も考えられなくなってしまい……いつものようにお姉ちゃんに相談した。
お姉ちゃんはいつものように顔を真っ赤にして怒った。
怒り狂った。
佐々木さんに対してはそうだが、それ以上にあたし自身に対して。
言葉を尽くして、あたしを罵った。
こんな結末になったのはこれが初めてではない……堕胎ははじめてだけど……あたしが男の人を好きになって、その人との関係に問題が生じて……自分では問題を解決できなくなり、結局、最終的にお姉ちゃんに相談することになるのは。
あたしは、自分の問題を自分の中だけにとどめておくことができない。
そんな時、お姉ちゃんはいつもかんかんに怒って、あたしをぼろくそに貶す。
“何考えてるわけ?”とか
“一体何のつもり?”とか
“これで何回目?”とか
“いい加減にしろよ!”とか
“マジおかしいんじゃないの?”とか
“このあばずれ! 淫乱!”とか。
そんな時はいつも、あたしは一言も反論することができない。
だけど、あたしが相手の男の人……今回は佐々木さん……を好きになったことを、後悔することは決してない。
これまでにも、一度もそんなことはなかった。
あたしのそういう思いは、言葉になることなく、あたしの中にずっと蓄積されていく。
お姉ちゃんのことは大好きだし、いつもあたしの尻拭いをさせられ、そのことは本当にすまないと思ってるけど、それでもあたしは、人を好きになる自分を止められない。
今、お姉ちゃんは、あたしとの関係を完全に断ち切るために、佐々木さんに会いに行っている。
あたしはさんざん泣いて、お姉ちゃんに縋り、行かないでって頼んだけど、お姉ちゃんはあたしを足蹴にするように引き離して、出かけて行ってしまった。
あたしはぽつんと一人で部屋に残されて……お姉ちゃんからの連絡を待っている。
お姉ちゃんが佐々木さんにひどいことを言ったり、まさかと思うけど暴力を振るったり……以前にもあった……しなければいいけど……
そして佐々木さんが、まさかとは思うけど、いや、そんなことをなんで心配しなきゃなんないのかわからないけど、何かの間違いで……お姉ちゃんのことを好きになったりやしないか。
……バカみたいな考えだと、バカなあたしでも判りきっている。
あたしがそんな根拠のない不安を抱いていることをお姉ちゃんが知ったら……お姉ちゃんは怒りの余り、倒れてしまうかも知れない。
でも、あたしとお姉ちゃんは、中身はまったく違うけど、見かけがとてもよく似ている。
お姉ちゃんはそのことがイヤでイヤで仕方ないらしく、あたしが髪型を変えるたびに、あたしの髪型とはまるで似ていない髪型に変えてしまう。
服の趣味だって、わざとあたしとはまるで違うタイプ・雰囲気の物を着るように心がけているようだ。
……それでも、あたしたち双子はよく似ている。
あたしと同じ顔と、身体を持ったお姉ちゃんのことを、もし佐々木さんが新鮮に感じたらと思うと……あたしはいても立ってもいられなくなる。
佐々木さんとはじめてセックスしたのは、今あたしが居るこのアパートの部屋だ。
最初にも言ったけど、それが確か、二月の頭。
かなり寒い日だった。
あたしは佐々木さんのためにビーフシチューを作って、佐々木さんが持ってきてくれた紙パックの赤ワインを飲みながら、それを食べた。
食べ終わってから、あたしがお皿を片づけようとすると、突然、後ろから抱きついてきた佐々木さんにキスされた。
思い出しても、身体がひとりでに熱くなってくるような、激しくて、優しいキスだった。
こんなにキスの上手い人が、世の中にいるの、というくらいに。
佐々木さんは、そのままあたしの胸を服の上から揉んだ。
あたしのおっぱいは、別に大きくも小さくもない。
それはお姉ちゃんと同じだ。
たぶん、サイズもきっちり同じ数値だと思う(ああ、なんでそんなことを考えるんだろう)。それを佐々木さんの黄色い指が、丹念に……やさしく、やさしく揉んだ。
あたしは全身から力が抜けてしまって……押し倒されるままに、今あたしが腰掛けているシングルベッドに倒れた。
気がつくと、あたしは服のすべてを取り払われて、全裸にされていた。
それを佐々木さんが見下ろしている。
……いつも男の人に服を脱がされて裸を見られたときは……初めて男の人に全裸にされた時のように、恥ずかしくて恥ずかしくて気が狂いそうになる。
あまりの恥ずかしさに胸を隠して腰をよじっていると、佐々木さんが自分のズボンとパンツを脱いだ。
あたしは思わず、目を見開いた。
佐々木さんの脚の付け根で、それが余りにも大きく反り返っていたからだ。
“サッちゃんのせいでこんなになったんだよ?”と、佐々木さんは言った。“さあ、サッちゃん、これ、どうしてくれんの? ……ねえ……?”
“え……”
あたしは少し怯えて言った。
どうすればいいのか、本当にわからなかった。
“わかるでしょ? サッちゃん” 佐々木さんの言ったことは、克明に覚えている。 “できるでしょ……? ねえ、したことあるでしょ? ……前の彼氏にもしてあげたでしょ? ……同じこと、僕にもしてよ。僕らもう、恋人同士だよね?”
“は、はい……”
あたしはそう言われて、はじめて合点がいった。
佐々木さんの言うとおり……あたしは前の彼氏にも同じことをした。
その前の彼氏にも同じことをした。
そのまた前の彼氏にも……。
はじめては十六歳のとき、内藤先生としたときだ。
あれから七年……いろんな男の人に求められて、あたしはそれをした。
男の人たちはみんな、あたしがそれをしている時にそれぞれ全然違う注文をつけた。
ああして、とか、こうして、とか。
一人として同じことを求める人はいなかった。
だから、あたしは佐々木さんにそれを求められたけど……どうすれば佐々木さんが喜んでくれるかわからなかった。
“ほら”
“……あっ”
あたしがまごまごしていると、佐々木さんがあたしの手を取ってそれを握らせた。
その感触も、熱さも、固さも、握り心地も……これまでの男の人は、それぞれが違っていた。
でも、佐々木さんのは……その記憶の中のどれよりも固くて、熱いように思えた。
“ほらほら”
佐々木さんがそれを突き出し、あたしの頭を引き寄せる。
あたしは心を決めて、目を閉じると……ゆっくりとそれを口に含んだ。
その味も、男の人によってまちまちだ。
佐々木さんのは、少ししょっぱくて、苦かった。
でも、全然イヤではなかった……あたしはとりあえず、喜んでもらいたくて、これまで男の人たちに教えられたこと全てを思い出して、舌を使った。
“……ああ……” 佐々木さんが気持ちよさそうな声を出した “そうそう……なあんだ、結構、上手いじゃないか、サッちゃん。”
あたしはそう言われて、ほんとうに嬉しかった。
“……気持ちいいですか?”
あたしは佐々木さんを見上げて聞いた。
“うん、とっても……君って見かけによらず、遊んでるんだね。これまで、一体、何本味わったの?”
“え……?”
今度はそう言われて、いっぺんに悲しくなり、あたしは俯いた。
“……あ、ごめんごめん”
佐々木さんはそう言って、あたしの顎を指で掴み、くいっと上に向かせた。
目の前で、佐々木さんのそれが、あたしの唾液と、佐々木さんのそれ自体からにじみ出た液で、濡れて光っていた。
“……イジワル言っちゃったね。ごめんよ。さあ、ほら。気分直して、もういっかい……”
あたしはほっとして、それをまた口に含んだ。
“そうそう、そのまま……裏側の、皮が繋がってるとこ、そこに舌先当てて……そうそう、チロチロして。うん……そう、ああ、気持ちいい。その調子……おっおっおっ……いいよ。実にいい……じゃ、今度はそのまま舌の先を、先っぽの穴のところに当てて…………そうそう。そのまま、舌をねじ挿れるくらい突っ込んでみて……うん、そう。舌はさすがに入んないけどね。そう、その調子で………うっ……すごい……すごいよサッちゃん。やっぱさすが……いやいや、ごめんごめん……気にせず、続けて……”
佐々木さんはあたしの髪を優しくかき回しながら……いろいろなオーダーを出した。
あたしは言われるままのことをした。
とにかく、佐々木さんに喜んでもらいたくて……必死で舌を使った。
でも、それはなかなか終わらなかった。
これまで何人もの男の人に同じことをしてきたけど……そんなに長い間もった人は……ああ、あたし、いったい何を言ってるんだろう……これまでに居なかったように思う。
あたしが舌を使うたびに、ぴちゃぴちゃといやらしい音がした。
佐々木さんのそれはあたしの口の中で、固いままでいるばかりか、ますます固く、熱くなって、ピクン、ピクンと息づいていた。
あたしはそれを口の粘膜で感じて、ますます亢ぶっていった。
いつの間にか、佐々木さんは細かいことを言わなくなって……あたしのされるままにしていた。
あたしは自分の意思で……これまでどんな男の人にもしたことのないようないやらしいことを、自分の口と舌でしていた。
それがどんなことであるかは……恥ずかしくてここでは言えない。
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