わ る い お ま わ り さ ん 【5/6】
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それから小一時間くらい経って……あたしは速水と、あの建てかけでほったらかしになっている植物園の裏に居た。
あたしが三島にヤられちゃったあの場所。
今日は平日なので、ますます誰も他の人がここに入ってくる心配はないだろう。
見上げると今日もいいお天気だった……昨日と同じで。
足元を見ると、ボタンがひとつ転がっている。
まあ普通に考えればあたしのブラウスのボタンなわけだけど……ひょっとすると別の誰かのボタンかも知れない。
一体ここで、何人の女の子がブラウスの前を引き裂かれたんだろうね?
いやそりゃまあ、男同士や女同士ってこともあるかも知れないけど。
「……ふうん……ここでヤられちゃったわけか……さっきのバイブ君に」速水が言った。「……なるほど、いかにもそういう気分になりそうなとこだなあ……まあ彼はこれから、夢でこの風景を思い出して、飛び起きるんだろうけどね」
「……いつもここだったんですよ」あたしは言った「あいつ、ここが好きだったんだろうなあ……」
「おれもこういうところは嫌いじゃないけどね」速水は言って、先ほどの吸いさしのタバコをくわえた「……ああもう、誰も来ないとこってしあわせだよね」
速水が壁を背に、地面にしゃがみ込んだ。
地べたに座り込んでも問題ないくらい、どうでもいいヨレたスーツだったので、彼が気にしないのも無理はない。
煙草に火をつけて、煙を吐き出す。
タバコの煙はコンクリートの壁を越えて、その上の青い空に向かって登っていった。
あたしは速見の横に座り込んだ。
とても気分が安らいだ。
「……あの」とは言うものの、何もいい話題は思い浮かばない。「……ケーサツのお仕事って大変ですか?」
「……うーん……」速水は首をかしげて言った「……高校生だった頃よりはましかなあ」
「……最近、誰か捕まえました?」
「……最近は、さっぱり」
「やっぱり……その、ピストルとか持ってらっしゃるんですか?」
「いや……触ったことないな」
「……結婚されてるんですか?」
「……黙秘するよ」
「……なんであたしに声掛けたんですか?」
「きみが可愛いかったからだよ」
「……なんであんなことしてくれたんですか?」
「正義を愛してるからだよ」
それくらいで会話は終わった。
やっぱりテレビで見るお巡りさんと、ほんもののお巡りさんは大違いだ。
あたしが所在なげに青空を見ていると……速水はくしゃくしゃの煙草のパックを差し出した。
「吸う?」
「……あ、いえ。あたし吸いません」
「……あ、そうか。………じゃあ……」そう言って、速見はスーツの内ポケットを探った。「これはどう?」
速水があたしの目の前に突き出したのは、キャンディの包みだった。
「……ああ……どうも」
あたしはそれを受け取る。
「甘くないよ」
速水はそう言ってもうひとつキャンディの包みを自分のために出した。
「……あれでしょ? 甘いものは良くないでしょ? ……太るから」
「……はあ」
包みを開けた。
……中に入っていたのは、これまでに見たどんなキャンディとも違っていた。
薄紫色の、直径3センチくらいのタブレット。
あたしはそれを指でつまんで、目の前に持っていった。
……どうも……ただのお菓子ではないらしい。
「……ああ。煙草より身体に害はないから」
「……これって……」
「……うん、あんまり売ってないやつだよ。ホラ、俺、こんな仕事してるじゃん……いろいろ珍しいものが手に入るんだよ」
速水は自分の錠剤を口の中に放り込むと、ほんものの飴玉のように口の中で転がし始めた。
カランコロン、カランコロン。
大の大人がそんなことをしている様はちょっと滑稽だった。
「……あの……苦くないですか? これ」
「うん。甘くもないけろれ」
あたしはそれを口に放り込んだ。
確かに、何の味もしない。
カランコロン、カランコロン。
あたしもそれを口の中で転がした。
「……で、これ、舐めれるろろうなるんれすか?」あたしはその錠剤を確実に口の中で溶かしながら速水に聞いた。「やっぱ……あれれすか、へんらもろがみえらりするんれすか?」
「いや、そんなころはないよ」と速見。「……そうららなあ……らんちゅーか……気分と、かららが、すっとかるくなるんだ……いやなことはれんぶわすれられる」
「はあ……すごいんれすね」
カランコロン、カランコロン。
あたしたちは錠剤を口の中で溶かし続けた。
そのまま、ずっとあたしは空を見ていた。
この空間にだけ開かれた、四方4メートルくらいの青空。
じっと見ていると、ゆっくり、ゆっくり雲が流れていく。
ここにも雨が降ったり、冬には雪が降ったりするのだろう。
口の中で錠剤が溶けていく。
何回か、鳩の群れが4メートル正方形の空を通り過ぎた。
左から右へ……右から左へ。
雲はゆっくりと流れ、やがて渦巻き始める。
時折現れる鳩の群れは……薄い灰色の影を残して、空に複雑な模様を描き始める。
「……ああ、なんか、きれい」
あたしはもう、ちゃんと喋ることができるくらいに口の中の錠剤を溶かしていた。
速水が、口の中でガリガリと残った錠剤を噛み砕く音がする。
その音も……なんだかエコーが掛ったように……まるで洞窟の中にでも響く足音みたいに聞こえてくる。
「これ、噛んでも大丈夫ですかあ?」
あたしは速見に聞く。
「ああ、噛んじゃえ、噛んじゃえ」そういう速水の顔は、まるで人が変わったように光輝いていた。あの土気色の疲れきった顔色はどこに行ったんだろう?「……ガリガリいっちゃえ」
ガリガリ。
あたしはほんの少し残っていた錠剤の残りを噛み砕いた。
四方を取り囲む4メートルのコンクリートの壁が、一回り狭くなったように感じる。
まあ気のせいだろう。
こころなしかこの空間の気温が上がったようにも感じる。
まあ気のせいだろう。
いつの間にか速水の肩があたしの肩に触れていて、そこがずきんずきん、と脈づいているように感じる。
まあそれも、気のせいだろう。
速水の横顔を見た。
速水もぼんやりと空を見上げていた。
あたしは速見のことが好きになりそうになった。
これも多分気のせいだろう。
しかし、あたしは昨日まで……いや、それより2、3日前だったか……そんなのはどうでもいいけど、あの三島のことだって好きだった。
いや、ほんとうに好きだったのかどうかはわからないけど、少なくともそんな風に感じていた。
で、その次にあいつのことが好きになったのかといえば、それはよくわからない。
しかし今、あたしは三島のことが好きではない。
むしろ、胸がむかつくくらい嫌いだ。
さっき、速見が見せてくれたデジカメの写真……お尻にバイブレータを入れられて、泣き叫んでいる三島の姿を見て、あたしは大笑いした。
可愛そうだなんて、これっぽっちも思わなかった。
むしろ、ざまあ見ろ、と思ったくらいだ。
そんなもんだ。
相手が好きとか嫌いとか、そんなことには実はあまり大差はない。
あたしは速見の息づくかたに頭をもたせかけた。
「……速水さん」あたしは言った「……速水さん、悪いおまわりさんですね」
「……そんなにほめられると、照れるなあ」
速水は言った。
「……あたしのこと、可愛いって言いましたよね」
「ああ、言った……今もそう思っているよ」
「じゃあ、キスしていいですか」
あたしは言った。
なんでそんなことを言ったのか、ほんとうにわからない。
気がつくと、あたしと速見はキスをしていた。
酷く濃厚なキスで、舌と舌が絡み合って、そのなんだかよくわからない薬を含んだお互いの唾液が、あっちに行ったり、こっちに来たりした。
「……ん………」
あたしは目を閉じていた。目を閉じていると、すっごく良かった。
速水の手が、そろそろとあたしのジャケットの中に伸びてきた。
キスでこんなにいいんだから、それ以上のことをされたら、もっと気持ちいいはずだ、とあたしはぼんやり考えた。
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とんでもない量だった。
あたしの目の前で、三島のアレの先っぽの穴が、何回も、何回も開いては閉じた。
そのたびに、熱いべっとりしたやつがあたしの顔めがけて飛んでくる。
あたしはぼんやりそれを見ていた。
あたしの顔はべとべとになって、顎から首に伝って流れる精液はとても熱かった。
「……うっ……うっ……うっ……ううっ……うっ………」
三島が呻く。
何度も目に入りそうになったし、当然口や鼻にも入ってきた。
何回か三島に精液を飲まされたことがあったけど、別にそんな状況だったからと言って、味に何か変わりがあるわけじゃない。
あたしはとりあえず、じっとしていた。
髪にかかるのがイヤだったからだ。
そりゃ完全に髪にかかるのをカバーすることはできなかっただろうけど、どうせもう裸も同然の格好にされていたんだし、あと守らなければならないのは髪くらいだった。
「……うっ……うっ……うっ……ううっ……うっ…………」
ああもう、一体どれだけ出すつもりなんだろう?
あたしはとにかく、じっとして……三島の射精が収まるのを待った。
「……は…………あ、はあ…………はあ…………」
顔にかかる精液のつぶての勢いがだんだん弱くなって……最後の一滴はあたしの顔まで届かなかった。
あたしはまだじっとしていた……だらだらとそれは流れて、あたしの鎖骨のくぼみやおっぱいの上に溜まっている。
その一筋は、おへそにまで垂れた。
みるみる精液は冷たくなっていった。
「…………はあ……はあ……」
三島が満足げにあたしを見下ろす。
「………………」
あたしはあんまり目を開けてられなかった……目に精液が入るからだ。
「……よ、よし」そう言って三島はあたしの頭を掴んだ「……ほら……きれいにしろ………」
「………」
あたしは抵抗なく口を開けた。
やれやれ、まだ続くのか。あたしがまだひくひくして、完全に柔らかくなっていないそれを口に含むと、三島はいきなり喉の奥まで押し込んできた。
「うげっ……」
思わず、吐きそうになる。
「噛んだらまたぶん殴るぞ……わかってるな、丁寧にやれよ、丁寧に」
というわけで……あたしは言われたとおりに丁寧に舌を使った。
かいつまんで言えば、その何分か後に……三島はあたしののどの奥めがけて、再び大量に射精した。
あたしがどんなふうに舌を使ったとか……その間に三島にどんなことを言われたとか……あたしの口の中でそれがどんなふうに硬くなっていったかとか……。
もういいでしょ?……聞かされるのもいい加減飽きてきたよねえ?
「ちゃんと飲めよ……こぼさずに、一滴残らず……」
あたしはそのとおり、全部飲んだ。
まあそれもあたしにしてみれば、はじめてではなかった。
他の男はどうだか知らないけど、三島は以前にも、あたしに精液を飲ませてはたいそう喜んだ。
さぞ昨日もお喜びのことだったろう……とにかくそれで、三島の怒りは一段落した。
「……どうだよ?……あいつのと比べて……味はどうだった?」
「…………」
あたしは黙っていた。
もう、アホらしくて答える気にもならなかった。
「……どうだったかって聞いてんだよ!!」
あたしはしばらく黙っていたけど……ついにそれを言うことにした。
ああ、もう……また殴られてもいいや。
これだけの事をされたんだから、言いたいことくらい言わなきゃ。
殴り殺されるかも知れないけど……それもまあしょうがないだろう。
あたしはようやく口を開いた。
「あんたが、あいつをあたしに押し付けたんじゃない……」
「何だと?」
三島が反射的に手を上げる。
「殴りなよ」あたしは言った。「……あんたが、あたしにあいつを押し付けたんでしょ。忘れた? ……あの日、駅前のファミレスで、あいつを紹介したんじゃない……そうじゃなかった?」
「…………」
三島は手を振り上げたまま、じっとしていた。
「……そんで、あの日、あんた……いきなり用事が出来たって言って……あいつとあたしを二人にしたじゃん……」
「……だからって……」
三島が口を開いたが、あたしは遮った。
「……その次のデートのときも、あたしがあんたを駅で待ってたら、あいつが来たじゃん……で、あんた来なかったよね。それも一回じゃないよね。その次のデートも、その次のデートもそうだったよね。なんであいつ、あたしの携帯番号知ってたの? ……ねえ、あいつの前の彼女も…………あんたが前につき合ってた子なんだってね……そうでしょ?」
「………………」
今度は三島が沈黙する番だった。三島の手が、どんどん下りていく。
「……ねえ、あたし、知ってんだよ。あんた、あの子と……もうヤっちゃってるんでしょ? ……ほら、この前バイト先に居た、あの髪が長くて背が高くて、おっぱいがあたしよりおっきい子 ……あたしと別れて……あの子と付き合いたいんでしょ? ……だからあんた……あたしにあいつを押し付けたんだよね? ……そうでしょ?」
「……だ……だからって……」
「あたしは……」あたしは手の甲で目に入りそうな精液を拭った。「……あたしは、別にどうでもいいよ。もう。あんたのことも……あいつのことも。それから、あの髪が長くて背が高くておっぱいの大きな子のことも……あの子と心置きなくつき合いなよ? ……別に……気をつかってくれなくて良かったんだよ……はっきり別れたいなら別れたいって……そう言ってくれたら良かったんだよ」
「………………」
三島がついに、手をだらんと垂らした。
三島は黙ってそそくさとズボンの中にちんこを仕舞った。
その後、足元に散らばったあたしの服の残骸を拾い集めると……それをひとつに丸めてあたしに投げつけた。
それはボロボロでとてもじゃないけど着られるものではなかったが……あたしはのろのろと、ブラウスらしいものに袖を通して、スカートらしいものを履いて、腰のところでは留められないのでそれを手で押さえた。
それから……顔を拭くものがなかったので、ブラウスで顔をごしごしと拭いた。
三島は黙ってそれを見ていた。
「……お別れだね」
あたしは言った。思ったより普通の声だった。
「………」
三島は黙ったまま、あたしに背中を向けて……立ち去ろうとした。
「待ってよ……」
あたしは三島の肩を掴んだ。
「……離せよ……まだなんかあんのかよ?」
「キスしてよ」
なんでそんなことを言ったのか未だによくわからない。
「な……」三島はぽかんと口を開いた。「……何だって?」
「……だから、キスしてよ」
三島はあたしの顔をまじまじと見た。
ブラウスでちょっと吹いただけだったから、まだあたしの顔には三島の精液がかなりこびりついていたんだろう。
それは自分でもわかっていた。
しかもあたしの口は、ほんのついさっきまで……三島のアレをさんざんねぶりまわしていた。
三島はまるで汚れ物でも見るような顔であたしを見る。
「しょ……正気かよ?」
「してよ………してったら!!」
あたしは三島をぐい、と振り向かせて、その首に手を回す。
三島がもがく……必死にあたしから顔を遠ざけているのがわかった。
あたしは愉快になった……なんとしてもあの三島の唇に吸い付いて……舌をねじ込んでやるつもりだった。
舌を絡めて、唾液を飲ませて……三島にも自分の精液を味あわせてやるつもりだった。
「離せ! ……離せって言ってるだろうが!!!」
三島があたしのおなかを膝で蹴り上げる。
あたしはひとたまりもなく、その場に崩れ落ちた。
息が出来なかった。
「……死んじまえ!! この売女!!」
地べたに這い蹲るあたしにそう言い残して、三島は立ち去っていった。
呼吸を取り戻すのに……2、30分かかった。
もう、夕方近くなっていた。
しかし、この格好で帰るにはまだ明るすぎる。
あたしは壁にもたれて上を見ながら……何回も鳩の群れが行ったり来たりして、さらにカラスの群れが行ったり来たりして、次にコウモリの群れが行ったり来たりして……空が暗くなるのを待った。
結局あたしは一回も泣かなかった。
暗くなってから……なんとか闇夜に紛れながら、無事に家に帰ることができた。