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何を目指すのか?

 2024年8月のサークルで質問があった。〈これを知ることで現場の先生にとってどう役に立つの?〉と言うようなことだった。

 私にとって資料発表の場は仮説実験授業研究会だ。研究会での発表は授業プランが一般的である。私も「具体的なプランで示して欲しい」と言われ,プランを意識したこともあった。そう考えていただけに〈この話題をどう展開するか?〉は改めて考えるきっかけとなった。

 そのときの答えは〈学校で利用するような形では考えていない。かん字を学ぶものに役立つように考えている〉というふうに答えた。言ってから自分でもすごく納得がいった。その後の資料で書いた次の文は,自分でもすごく気に入っている。(大元は原沢伊都夫『日本人のための日本語文法入門』(講談社,2012年)をだいぶ参考にした)

 私は学校の漢字指導を学校教育における一領域とみなし,教育科学におけるかん字指導とは別物と考えます。それは〈「理科」教育と「科学」教育は違う〉という板倉聖宣の主張と似ています。学校の漢字指導では字源や書家の違いで多くの矛盾点を抱えていますが,国語という教科における伝統的な指導として認める立場です。そうすることで過去の文化遺産を継続する意義があるからです。
 しかし,一方では初めて学ぶ人たちにとって,簡潔で合理的な体系も求められます。両者は違うものですから共存ができるはずです。

「画も活用している」2024/09/10記

 現在の学校では〈学力テストのための漢字教育〉が行われている。まずは理想的なかん字教育を考えたい。最終的なまとめはどうするか?

 考えついたのが「画素索引」作りだ。画数索引ではない。画数索引は思ったよりも不便だ。同じ画数の漢字がならぶ。見ているだけで目がチカチカする。画素は→の数・↓の数・↙の数・↘の数の4つの数字で字を探す試みだ。この場合,画数で数えない。

 例えば,「口」の画数は3画になる。3画の漢字一覧の中にある。しかし,画素で見れば,→が2,↓も2だ。↙…0,↘…0となる。2200のところに「口」が来る。かん字の読み方が分からなくても,部首が分からなくても,画数が数えられなくても扱える。

 これも考える大元がある。2007年に田中久美子(東京大学)により提案された検索方法に「漢輔」だ。これは→の数・↓の数・その他の数の3つの数字で字を探す試みだ。この場合も画数で数えていない。

 画素の概念をトコトン使うのならば,画素索引だ。

2024/09/18記 文末表現等一部編集をして公開

 かん字検索についてはひとまず完成した。常用漢字約3000字を対象に検索できる。しかも,ほぼ一意的に探せる。部首索引・画数索引・音訓索引よりも迷わない。この利用方法を解説する文章作りとなる。

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