「もちろん修理できますよ」
2018年6月、フランスから帰国して自宅で荷物を整理していた私は、お気に入りの赤のリモワが負傷しているのに気づいた。ボディのコーナー部分に亀裂が入っている。出発時のホテルでパッキングした時にはなかった亀裂だ。ボンマルシェの食品館で購入した瓶詰の蓋が凹み、中身が若干漏れていた。相当手荒い扱いを受けたのだろう。スーツケースの傷は旅の勲章、その時はそう思うことにした。
半年後、ワイン仲間とフランス・ボーヌの街で行われたワイン祭りに参加するため再びリモワと旅に出た。帰国の時、しこたま買ったワイン、ジャムやグラノーラ、チーズ、バターなど、現地の食材でいっぱいになったリモワ。毎度のことながら、まるで食料難民だな。
到着地の羽田で荷物を引き取った時、同行のマダム・ル・ボワに前回の旅でできたリモワの亀裂について話した。
「航空会社に申し出れば、修理してもらえるよ。私、以前その仕事をしてたんだ」
マダム・ル・ボワとは山梨のワイン用ぶどう畑の栽培ボランティアで知り合った。彼女は海外旅行の添乗員やグランドスタッフの仕事をしていたことがあり、旅慣れている。
先ほど受け取ったリモワはすでに自宅に向けてヤマトのカウンターにいる。その日はすでに遅い時間だったし、あとで対応することにして空港を後にした。
翌日、航空会社に電話をしたがつながらない。諦めかけていたところ、加入していた海外旅行保険からのメールに「スーツケースの破損」の文字が。補償内容の「携行品補償」に該当するらしい。前回も同じ海外旅行保険に加入していたが、スーツケースの「亀裂」を「破損」とは思っておらず、申請はしていなかった。
サポートデスクに連絡すると、スーツケースをリペアセンターに送って修理可能かどうか判断し、補償の金額内で修理できればそのまま修理に移行、補償以上の金額がかかるようであれば差額を負担して修理するか、修理はせず、補償金額を受け取って終わりにするかとのことだった。
購入して10年以上経っているスーツケースの補償金額は購入価格の半額である。1万円くらいなら出してもいいかなと思っていたが、リペアサービスの見積額は2万円近い金額だった。修理はせず、補償金額を受け取ることにした。
送ったリモワはリペアセンターで処分することもできると言われたが、これまでに何度も旅行を共にし、思い入れもたっぷりあるのでそれは断り、返送を依頼した。
ただ、私は修理をあきらめた訳ではなかった。最後の砦、メーカーでの修理である。
リペアセンターから戻ってきたリモワを引いて、おそるおそる新しくできた銀座にあるショールームに向かう。最新のリモワが素敵にディスプレイされていた。
私が持ち込んだ傷だらけの廃盤商品を一目見るなり、
「ずいぶん長く使用してくださっているんですね。ありがとうございます」と店員さん。
「もちろん修理できますよ。返送料だけ着払いでご負担ください」
ボディの亀裂は裏から補強し、ついでに長年の使用で外れてしまった内部のベルトも縫い直してくれるとのこと。しかも無料で。
メーカー保証は5年なので、保証が切れてから既に5年が経っているのに。
これまでの旅で何度も何度も現地の食材を満タンにしてきた赤のリモワ。
人生は旅。私の旅の終わりにもこの子が寄り添ってくれるんだな、そう思うと泣きそうになる。
私はずっとリモワを使い続ける。そう誓った瞬間だった。
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