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2021年2月双葉町取材の記録(写真)その10/東電双葉社宅〜双葉南小学校

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<続き>


双葉高校から更に南下

双葉高校前にあるおにぎり屋。昼間は高校生の溜まり場として、
夜は居酒屋として繁盛したのだろう。
高校脇のフェンスは震災で傾いたまま。23年3月時点でもこのままだった。

廃工場

新山牛踏。帰還困難区域とのスレスレに建つ工場。今はここは解体されている。
この工場の主は帰還を考えていたが、次々と町が解体され
変貌していく様子を見て心が折れたという。

東電双葉社宅

 双葉町新山高万迫にある東電双葉社宅。ここは元々は公園であり、双葉町の戦没者追悼碑も建っていた場所。しかしそれが、原発が建設され東電社員の社宅が必要となり、新山城址へと移された。ここは双葉町が一望出来る高台であり、わざわざ戦没者の追悼碑を移してまでここに社宅を建てた東電には、「町を見下ろす」といった傲慢さを感じる。

 2020年6月、双葉町の大沼勇治さんとここを訪れた際には、晒し者のようにされている双葉町に対して、ここだけ立入禁止となってることに憤りを感じていた。

 この当時既に中は片付けられていて、外壁には足場が作られていた。解体かと思ったが、24年の段階で今もまだ残されている。再利用する気だろうか。

線量は比較的高め。
除染中。

高台より双葉町を見渡す

 双葉町を見下ろす。手前の大きい道路は六国(国道6号)、中断奥の白い建物は双葉厚生病院、右奥の茶色い建物は旧双葉町役場、その手前の緑色のビニールシートは「放射性廃棄物」を詰め込んだフレコンバッグの仮置場。

この風景は、今は更地だらけになっている。
双葉駅方面。

双葉南小学校に向かう

双葉南小は東電双葉社宅の西側の高台にある。
二宮金次郎像。

清戸迫横穴

 双葉南小の敷地内には、史跡、清戸迫横穴がある。装飾壁画を持つ横穴としては、ここが北端と言われている。それだけの史跡が、原発事故によって今は見ることが出来なくなっている。

 学者などによって今現在は無事であることが確認されている。いつかまた一般の人たちにも見れる日が来ることを願う。

双葉南小学校

洗剤も当時のままだ。
中庭。
双葉南小を訪れるのは2020年6月以来。当時はこの時計は落ちていなかったので、
21年2月13日の震度6の地震で落ちたのだろう。
かつて校庭だった場所。
双葉南小を後にする。

 双葉南小は、いち早く学校を開放して、震災当時の小学生だった子たちに置きっぱなしだった私物を取りに来させた学校だ。ニュースにもなったが、僕の心にはその私物の汚染状況が気になった。

 通常であれば「放射性廃棄物」になるものを、美談として引き取りに来させる。原発事故後、「被曝防護」というものが蔑ろにされてしまった。それは、今の政治に原因がある。

<続く>

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