2017年11月、福島。常磐道〜スクリーニング場
8ヶ月ぶりの福島取材2日目は、双葉町のOさんの一時帰宅に同行する形で案内してもらいます。いよいよ防護服を着て、帰還困難区域に入域することになります。
帰還困難区域に入れるのは9時〜16時のうち5時間だけと決まってます。僕らは9時早々に入域することを想定し、7時半にホテルロビーに集合しました。前日一睡も出来なかった僕は、この日も夜中に何度も目が覚め、4時間程度しか眠れませんでした。しかし今日の行程が行程なので、朝起きた時から緊張感でいっぱいでした。集合して軽く打ち合わせした後、Nさんの車とOさんの車、2台に別れていわきから浪江のスクリーニング場を目指します。
前日の夕方と同様、いわきや広野から原発周辺へ仕事に向かう車で道路は渋滞していました。常磐道でさえも「渋滞」との表示が出ていましたが、いざ走ってみるとさほど渋滞はしていませんでした。
この日、常磐道で最も放射線量の高いところは3.4μSv/h。2年前の5月に走った時は5.8μSv/hだったので、それと比較すれば下がりました。しかし依然として、高濃度に汚染されたままです。
常磐道から見えるフレコンバッグの数は、2年前と比べて減ったように思いました。東京五輪のこともあり、例によって高速道路から見えない仮置場に移動した、ということでしょう。こうしてたらい回しは繰り返されます。
車内の放射線量。
対面通行の常磐道を広げるため、地面から土が剥ぎ取られ、それが入れられたフレコンバッグ。
その地点通過時の車内の線量。放射線管理区域スレスレ。
民家の先に大量のフレコンバッグ(当然住人はいない)。
民家の先に大量のフレコンバッグ(当然住人はいない)。
浪江インターで降りる。
浪江インターで降りスクリーニング場へ。ここでは写真撮影が禁じられました。TEPCO管轄のスクリーニング場での撮影は禁止されることが多いようです。一瞬何様かと思いますが、現場で働く人に罪はありません。
朝礼。
スクリーニング場は除染してあり、線量は低い。
トイレを済ませた後に受付を済ませ、防護服を受け取ります。そしてプレハブの中で防護服を着ました。
被曝量はこれで確認する。
ところで、防護服というと放射線が防げるように聞こえますが、そうではありません。放射線は防護服を着ようが着まいが身体を突き抜けます。これはただ単に、衣服等に放射性物質が付着するのを防ぐものに過ぎません。言うなれば、介護施設等でウイルス性胃腸炎等を発症してる利用者を介助する時に着るものと変わりません。
Oさんの車で移動、Nさんはボンネットにカメラを設置。
いよいよ帰還困難区域へ入域します。ここで身分証明書の提示を求められますが、代表であるOさんの身分証を確認しただけで入域が出来ました。そこらへんは、現場で対応する職員のさじ加減で決まるようです。
<続く>
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