踏み出した一歩に咲き誇る花。ーヒトとモノのはなし5人目ー
「作り手と使い手が出会う場所」を目指してお店づくりをしてきた日本百貨店。店頭だけでは伝えきれない、日本百貨店が愛する「ヒト」が生んだ「モノ」のはなし。
今回お話を伺ったのは、つまみかんざし作家の藤井彩野さん。日本百貨店ではアクセサリーの販売のほか、人気のワークショップも行っている。
“つまみかんざし”という言葉を聞いて最初に想像するのは、浴衣や着物などの和服に合わせる色とりどりの華やかな髪飾りという人が大半ではないだろうか。日常で使うことはほとんどなく、ハレの日につけるイメージだ。
しかし、藤井さんの作品は着物に合わせるのはもちろん、洋服にも合うイヤリングやブローチなど、日常の中でも取り入れやすい色合いやデザインとなっている。
藤井さんがつまみかんざしの世界に踏み込んだきっかけと、魅了された理由を伺った。
海外への憧れと、知らなかった「日本の文化」。
「海外で働きたいという憧れがあったのに、外に出てみると自分が住んでいる日本のことでさえ何も知らないんだと気が付いたんです」
藤井さんは大学1年生のとき、将来外国で働くことを夢見て、一週間韓国でホームステイを行なった。そこで出会った人たちに日本の文化について聞かれたとき、何一つ答えることができなかったという。
「愕然としました。外のことを知ろうと思っていたのに、まず中のことを知らない自分を恥じましたね。日本に帰ったら、何か一つでもいいからちゃんと日本の文化を語れるよう学びたい、と思いました。最初は茶道でも、なんでもよかったんです。それでいくつかのワークショップを探して辿り着いた先が“つまみ細工”でした」
きっかけは外国の人に語れる日本文化を学ぶためだったが、いつしかその魅力にはまり、大学時代は趣味でつまみかんざしを作り始めていたという。
三足のわらじで磨かれたセンス
偶然出会い魅了されたつまみ細工。趣味として制作を続けていたものの、それを仕事にすることは考えていなかったそう。当時考えていた就職活動の軸は「誰かの役に立てる職」という漠然としたもの。
「そのときに、ふと『伝統工芸の担い手が少なくなっている今、担い手になることで役に立てるのではないか』と考えました。ただ、その時の私には工房の扉をたたく勇気がなかったんです。弟子入りできるところがないか人づてに聞いて探したけど、首を縦に振ってくれる人はいませんでした。今思うと当たり前ですよね」
それでも諦めきれなかった藤井さんは職人に弟子入りという一般的な道ではなく、大学卒業後は“つまみかんざし彩野”として自分自身でその道を歩むことを決める。
しかし、もちろん最初はそれだけで食べていくことはできない。そこでつまみ細工を本業としつつ、「着物屋」と「フラワーアレンジメント教室」のアルバイトでも同時に働いた。
「着物屋では、着物の種類や着付けなどの基礎的なところから学びました。全然知らなかったので、とても勉強になりましたね。それに、そのお店にはつまみかんざしの取り扱いもあり、ずらっと置いてあるものを観察して研究することもできたんです。フラワーアレンジメントは大学時代に習い事として学んでいたこともあり、講師アシスタントとしてお手伝いしていました。様々な種類のお花を扱うので、これも作品のイメージを考える上での糧になりました」
今回伺った工房にも、花が飾られていた。
「生花の色や香りを常に身近に感じていたいから。ふとしたときに花びらの構造なんかも観察したりします」
ひとつひとつの経験が今の藤井さんを形作っている。そして、今もなお学び続けるその姿勢が、作品づくりにも活かされているのだ。
伝統工芸の新規参入のハードルと挑戦
藤井さんは千葉県指定伝統的工芸品「江戸つまみかんざし」の製作者認定を県から受けているが、たったひとりでこの世界に飛び込んだ藤井さんにとって認定のハードルはとても高いものだった。
「”その土地で10年以上製造されていること”だとか、認定されるためにはいくつかの基準があるんです。そもそも、若い人はあまりおらず、いても何代目など先代から継承している人がほとんど。私の場合、代々受け継いでいるわけでもないから、『たぶん認定されないよ』と言われていたんです。だけど、それでは担い手不足とともに今後どんどん伝統工芸が衰退していってしまう。例えば一回途絶えた伝統を掘り起こすような人がいてもいいと思うし、そういう人も基準を満たせば認められてほしい。そう思って『でも挑戦してみないとわからないじゃないですか』と申請したら通りました(笑)私のように伝統工芸の世界に飛び込みたいと思っている人に『大丈夫なんだ』と思ってもらえたら嬉しいですね」
藤井さんは千葉の指定伝統工芸品製作者認定の他に、関東経済産業局のプロジェクト「Next Crafts Generation」の千葉県代表も務める。藤井さんの作品や活動が認められれば認められるほど、今後、伝統工芸の世界に足を踏み入れようとする人たちにとって励みになり、希望となるだろう。
つまみ細工を通して触れ合う喜び
つまみ細工の作業自体はとてもシンプルだ。平面の布が自分の手で立体となり、それを集合させることで一つの作品が出来上がる。基本の『丸つまみ』と『剣つまみ』の2つを掛け合わせるだけで、アレンジや色や素材を組み合わせることによって無限に表情が変わっていく。
「だからこそ、その人その人の好みや個性でどんなふうにも作れるんです。日本百貨店さんでよくワークショップをやらせていただくんですが、初めての方ももちろん、常連さんもとても多くて、みなさんと会えることが私の楽しみになっています。みなさんのお声がとても刺激になるし、私の作品にも反映されています」
例えば、参加女性の「仕事で電話することが多いから耳に当たってしまって、素敵だけどつけられない」という声から揺れるデザインのピアスができあがった。
「出会った方々の顔を浮かべながら作品を作っています。海外からのお客さまもよくいらっしゃるので、彼らにも違和感なく使ってもらえるようデザインを考えていますね。“伝統工芸だから”ではなく、“商品そのものが素敵だから”欲しいと思ってもらいたいんです」
また、つまみ細工の発祥には様々な説があるが、その中の一つに『江戸時代、着物の端切れを活用した』というものがある。余ったものを無駄にせず、自分たちで楽しむものに変えて最後まで大切に取り扱うという文化もつまみ細工の魅力だ。
「ご自宅にある薄手の木綿ハンカチなども、つまみ細工に使用できます。生地を大きめに裁断すれば、お子さまと一緒にピンセットなしで花びらを作ることもできます。よろしければおうち時間で挑戦してみてくださいね」
大学時代憧れていた海外で見つめ直したものが、日本の伝統工芸の世界で色とりどりに花開いた。踏み出すのが困難に思える世界でも、進んでいけば自分の後ろに道ができる。つまみ細工を通してそれを体現する藤井さんの眼は、今、キラキラと輝いている。
つまみかんざし彩野:公式サイト
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