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大学3年生のにぽ、なんで「デザイン」を学んでいるんだろう?
おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。
大学3年生、デザインを学ぶにぽ(にほんまつりさ)と申します!
はじめに前回のお話にいいねをくださった方々、ありがとうございます、、!!
いいねってしていただけるのって、とても嬉しいですね。
さて、その前回の記事では私は「言語化の練習」をするためにnoteさんで話す量を増やしていくと書きましたが、その言語化する対象である一番の存在が私の場合だと絶賛学んでいる「デザイン」になります。
今回のお話は、その「デザイン」にどのようにしてめぐり合って、今に至るのか?
自分自身の整理のためにも書いていこうと思います。
小-中学校:絵を描くのが好きな全力少女
思い返せば、小学生の時は、自由帳を持ち歩いて休み時間には、絵を描いていました。
中学生の時にもその日の出来事を書いて担任の先生に提出して、次の日に先生からメッセージ付きで返却してもらう「日記ノート」のようなものに自分のオリジナルキャラクターを書きながら先生とやり取りしていました。
そのオリジナルキャラクターは今でも私のnoteやTwitterのアイコンとして、使い続けています。私のアイデンティティの一つですね。
![](https://assets.st-note.com/img/1663337611591-YDnrjwDwUS.jpg?width=1200)
絵を描く他にも、部活(陸上競技)や勉強、生徒会などやりたい!と少しでも思ったものにはなんでも飛びついてしまうという全力疾走型で生きていました。とっても楽しかったし、「頑張る」ことが当たり前だと思っていました。
そんな生活をしていたら爆発したこともあったのですが、その話はまた別の機会に書こうと思っています。
高校:工芸の授業で「ものづくり」に触れる
高校で初めて「デザイン」の一端に触れる経験をしました。
高校1年生の時に受けた工芸の授業です。
マグカップを好きな色で、好きな形で、好きなデザインで一から作ってみましょうという授業でした。
一から何かを作ることは初めてで、大変だったけどとても楽しく制作に取り組むことができました。今までは、座学での勉強や何かゴールが定められたものへ向かって作ることはしたことがありましたが、「正解のない」ものに対して向き合うことはこの授業が初めてでした。
その時にぼんやりと正解のないものに取り組むことへの楽しさを感じたことを覚えています。お絵描きが好きだったのも、その要素が含まれていたからなのかなと今は思います。
さて、その工芸の授業から約1年後の高校2年生の夏。
待っていたのは「興味のある大学のオープンキャンパスに行ってみましょう」という担任の先生からの宿題でした。
工芸の授業が頭の片隅にあった私は、何か作るところにいきたいな〜〜とまたまたぼんやりと考え、インターネットで「大学 デザイン」と調べると出てくるのは最初に美大。お絵描きは好きだったけど、得意だとは思っていなかったので違うなとスキップ。
次に出てきたのは「工業デザイン」
ものづくりができるところっぽい!といくつかの大学のHPを見て、そのまま勢いにオープンキャンパスにも、受験でも突っ走りました。
その後なんとか大学受験は無事終了し、千葉工業大学創造工学部デザイン科学科に入学します。
大学1年生:私って、不器用だったなとデザイン科に入学してから気づく
さて、大学1年生になりデザイン学ぶんだ〜どんなことするのかな〜と未知の世界にワクワクしていた時に訪れたコロナ。
全ての授業がオンライン授業になり、同級生とも画面越しでのはじめまして。
今ではもう慣れていますが、まだあの時は距離感も掴めなければ自分の部屋で黙々と作業をして、出された課題に対して取り組む。そんな日々でした。
思っていた生活と真逆の生活だな、と感じたことともう一つ。
課題制作の中で私はとあることに気づきます。
「私ってめちゃくちゃ不器用人間だった」と。
めちゃくちゃ重要なことに今更気づく、という。
今思えば、作ることは好きだったし楽しかった思い出はありますが器用か不器用かで言ったら超不器用な分類に入るほどです。工芸の授業は、先生のサポートがあってこそできた作品だったということもその時気づきます。はあ。。。
1年生の頃の授業は、「作る」ことがメインの授業ばかりで不器用な私はデザイン=「作る」というイメージだったので
デザイン=「作る」
「作る」=私には向いていない
デザイン=私には向いていない
という式を頭の中で立てては絶望していました。
もうどうすればいいんだろう、と。
そんなことを考えては課題ではやる気がおきず、パッとしない日々を過ごしていました。
大学2年生:デザイン=作る「だけではない」ことを発見してから世界が広がる
それからも、課題に対しては身が入らずになあなあと過ごしていた日々に転機が訪れます。
2年生の後期に受けた設計課題の授業でした。
何となく受けてみよーと思った授業で自分の出したコンセプト提案が教授の目に止まり、褒めていただけのです。
「このコンセプトいいね、とても素敵だと思う」
一年半以上経った今でも一言一句覚えているくらい嬉しかったです。
今までデザインに関することでは褒めていただけたこともなければ、選ばれたこともなかった。たかが、と思う方もいらっしゃると思いますが私にとってはとても大きな転機でした。その一言があったから、これまでも、これからも突っ走れる原動力の一つだと私は思っています。
その嬉しさと同時に感じたことは
デザインって作る「だけではない」んだなということです。
作るまでの工程の中で考える部分もデザインの一部であり、その過程を経てこそ作る部分に生かされるのだなと感じました。そこからはひたすら課題に打ち込んで「考える」という行為をひたすら繰り返し行いながら、取り組んでいきました。
そしてこの行為は自分にとても合っていて「作る」フェーズよりも何倍も打ち込みながら、時間を忘れながら「考える」ことを楽しめた時間でもありました。考えることが好きだったんだなと自分自身を一つ理解できました。
大学3年生:デザイン=「???」
そして3年生になって、本格的な就活が始まりました。
わからないながらもポートフォリオを作ってみて、企業説明会に参加してみて、自己分析をしてみて(いわゆるデザイナー就活をしてみて)わかったこと、わからないこと、自分に足りないものがたくさん出てきました。
その中、一つの大きな疑問として浮上したのは「デザインって、何だろう?」
ということです。
デザインって、作るだけでも、考えるだけでもない。特にこの時代はデザインの領域がますます広がっていると思います。どこまでをデザインと捉えるかは人それぞれ、会社それぞれだと思います。人によっては、デザインとはこう!!と定義している方もいらっしゃると思います。
そんな曖昧で、正解がなくて、不確実で、でもそれと同時に自分の考えや根拠を落とし込みながら一つの正解を作ることができる手段である「デザイン」ってとっても面白いものだなと感じました。
そしてその手段を活用しながら課題に向き合う、考える、ヒアリングする、分析する、落とし込む。社会に対してダイレクトではないかもしれないけど、着実に一歩いい方向へ導いている。そんなことができたら楽しいだろうな。
と思いながら今、その楽しいことを自分ができるようになるために一番の手段である「デザイン」について学んでいます。
なので、デザイン=「」
まだしばらくは、到底は、一つの答えには辿り着きそうにないけど。
というか、辿り着かないからこそ、答えがないからこそ、私はデザインにのめり込めるんだと今は思います。デザインに対する考え方や価値観は今後変わり続けると思います。それが面白いところだよね。
とっても長くなってしまいました。。でもやっぱり「話す」っていいですね。
ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございます!!
では!おやすみなさい🌛