ギターマン

『あなたのうた』とは何なのか。

『あなたのうた』は、聞かせていただいた15分間のお話から、世界に二つとない曲をつくる僕のライフワークだ。

この仕事の現場で起きることは、言葉にするのが難しい。
しようとしても、どんどん抽象的になってしまう。

けれど『あなたのうた』での音楽の受け渡しは、普通の音楽の接し方と違う。ただ「いいね」「うまいね」「すごいね」というのでもないし、感動よりもしばしば絶句が先に来る。

今日のブログでは、こうした体験を知ってもらう手がかりとして、『あなたのうた』という仕事の中で何が行われているかについて、まとめてみることにした。

「あなた」の話をきく。

案内ページから申し込んでもらった後、日程を調整して、まずは15分間「未二観」(みにかん)のかたちでお話をうかがう。

ほとんどの場合、フェイスブックかZOOMのビデオ通話の機能をつかってオンラインで行っているけれど、直接お会いする場合もある。

『あなたのうた』は、徹頭徹尾、きく仕事だと思う。
その聞き方のベースは、大阪の橋本久仁彦さんに学んだ「未二観」だ。

何を話してもいいし、言葉が出てこなければ、そのまま沈黙を共にする。
聞いている僕からの質問や投げかけはなく、この15分は語り手の言葉で満ちる。

僕がするのは、語られた言葉を一字一句、正確に辿ることだ。
それもただつらつらと同じ言葉を反芻するのではなく、全身全霊を目指して注意を傾ける。結果、「こんなふうに聴いてもらったことはない」と言葉が漏れるような時間・空間が現れる。

この未二観のかたちで過ごす15分間が『あなたのうた』の根幹をなす。
そのあと普通のおしゃべりをすることも多いけれど、歌の中にはあまり残らない気がする。

きいたことを歌のかたちにする。

ビデオ通話は、だいたい一時間ほどで終わり、そのあとすぐに曲づくりにとりかかる。

通話を切った瞬間からメロディーと歌詞がわっと出てくるので、その曲想をメモし、メロディーはスマホに録音して、記録する。

それからは、もっぱら「きいていく」作業だ。
記録したメロディーのキーは何か、コードは何が当てはまるか。もにゃもにゃ言っていたフレーズは、日本語でなんと言っているのか。15分の語りの中でキーワードとして残った言葉は、メロディーのどこにはまるのか。そうしたことをパズルを解くように当てはめながら、歌のかたちにしていく。

言葉(歌詞)、音(メロディー)、伴奏(ハーモニー)を何度も何度も行き来しているうちに、こんな感じで出てきた曲想が

こんなふうに仕上がる。

「作曲」という言葉には、僕が自力で作るようなニュアンスが混ざるけれど、実際には、曲が広がりたい方向をきいて、ついていく感覚に近い。

受精卵が細胞分裂を繰り返して胎児に育つように、15分聞き終えた直後に現れる曲の断片は、それぞれに育ちたい方向をもっている。それについていくと、断片はくっついたり離れたりを繰り返しながら、やがて一つのかたちを成す。

曲想が育ちたい方向に素直に広がれるよう、孵化器となって見守る。
僕にとっての作曲はそんな作業だ。これが実に面白い。

このあたりの楽しさと勘所は『作曲事始』という仕事でお伝えしているので、関心のある方はこちらをどうぞ。

できあがった曲をお渡しする。

曲にもよるけれど、早ければ数日、長くとも一週間程度で曲が完成する。

そのあとは、オンラインでのお披露目。
YouTube Live で演奏を聴いてもらい、その後、ビデオ通話で感想などを語り合う。ここが『あなたのうた』のクライマックスだ。

アップされた動画ではカットしているが、このお披露目の時には、曲を演奏する前に「受け取り方」をお伝えしている。

「グラウンディング」をして、体の隅々に意識をめぐらせるというのがその方法。10分ほど、日常生活で散っている意識を自分のところに戻す時間を設ける。

これをするとしないとで、歌の響き方が違ってくる。
味わいながら食べるのと、他のことに気を取られながらかき込むのとで、ごはんの味が変わるのに近い。

そうして参加者さんとグラウンディングをすると、僕とその方との間に、はじめて耳にする曲を招き入れるための、一期一会のステージができる。

その後に起きる衝撃や感動を、僕自身は体験できない。
僕は、絶句や涙という形で返ってくるそれを黙って受け取る。

『あなたのうた』と名付けてはいるが、言ってみれば、これらの曲は勝手につくったものだ。15分語られた内容をそのまま反映したものでもない。ついでに言うと「暗い曲だから明るく」といった好かれるための配慮もしない。

そのことを気にして「ずれを感じた部分こそが『あなたのうた』だと思います」なんて補足することもあるけれど、むしろ「この歌の中にわたしがいる」という感想をくれる人が多くて驚く。

いったい何をかたちにしているのか。僕自身も不思議だ。

でも、お披露目の後に、その不思議さを分かち合えたとき、僕はなんとも言えず幸福な気持ちになる。

「あなた」との縁をたどって。

こんなふうにして、いままで25曲の『あなたのうた』ができた。
最近の曲は、このチャンネルで視聴できる。

僕の仕事は、どの仕事も頼んでくれた人との真剣勝負だと思っている。
その日、その時を過ごす意味と責任を明らかにして、それを果たす意識で臨んでいる。

そんな関わりからできた曲は、見事にどれも似ていない。
でも、一曲ごとに「いいなあ」と感じる。

その「いいなあ」は、なぜかこのような形で生まれてきた「あなた」という不思議を称えるような感覚だ。

圧倒的に他の人と違うあなた。
生きる上で有利にも不利にもなる特徴を持ったあなた。
人を傷つけたり、ひどい目にあわせたりすることもあるあなた。

でも、どんな性格であれ、どんな境遇であれ「いい」と言える。

歌は、そのような包容に向いている。
だから僕は、歌の中で思い切り「いい」と言える。

そんな『あなたのうた』は、どんな人に体験してもらうといいのだろうか。

誰でもいいというわけではない気がする。
僕の書く文章を読んで「いいな」と思ってくれる人は、やっぱり響き方が大きい気がするし、意識の注ぎ方が違う人には曲が渡せないことすらある。

ものすごく落ち込んでいても、重たい話をしてくれても構わない。
どんなかたちでも真剣に向き合ってくれる人の参加があるとき、『あなたのうた』は本物になる。

そういうのをひっくるめて「縁」というのだとしたら、『あなたのうた』は、これまで良縁にめぐまれてきた。

そしてこれからも、この日、この時、この瞬間に出会う意味のある「あなた」と、この仕事を通してめぐり逢い、その時間を歌に刻みたい。

そういう「あなた」との縁をたどって、この仕事を続けていけたらと思う。

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澤 祐典
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