共同体感覚と差別

都市化と差別の問題は、社会学や環境心理学においても重要な議論の一つです。都市に生きる私たちがどのように自然や他者との関係を形成し、無意識に差別的な態度を取る可能性があるかを考えることは、現代の都市社会を理解する上で不可欠です。本記事では、都市化と差別の関係について、学術的な視点や関連研究を踏まえて議論を深めていきます。

1. 差別の心理的起源と学習行動

差別の起源を考える上で、心理学的観点から「社会的学習理論」が有用です。バンデューラ(Albert Bandura)の社会的学習理論によれば、人間は他者の行動を観察し、その行動を模倣することで、価値観や行動パターンを学びます。この理論は、差別がどのように形成されるかの理解に役立ちます。たとえば、虫嫌いの感情は、親や周囲の人々の行動を通して学習されることが多いです。親が虫に対して嫌悪感を示す姿を見た子供は、その行動を模倣し、自分も虫を嫌うようになるかもしれません。

さらに、子供は自分が親と同じ価値観を持つことで、家族やコミュニティに属する感覚を得ます。これがいわば、社会的つながりの一環として無意識に差別的な態度を強化するプロセスです。この学習の過程は、心理学者タジフェル(Henri Tajfel)の「内集団と外集団」理論とも関連しています。この理論は、人間が自らが属する集団(内集団)を優先し、外部の集団(外集団)を敵視したり否定的に捉える傾向があることを説明します。虫に対する嫌悪は、内集団に共通の感情を共有することで強化され、他者や異質なものに対する否定的な感情が拡大する可能性があるのです。

2. 都市化と自然との分断

都市化の進展は、自然環境と人間生活の分断をもたらし、人々が自然に対して無意識に差別的な態度を取ることに繋がるという考えがあります。特に、都市化が進むにつれて、自然環境が人間の生活空間から遠ざかり、都市計画や開発のために森林、湿地、農地などが破壊されてきました。この過程は、環境史家ウィリアム・クローノン(William Cronon)の著作『The Trouble with Wilderness』においても指摘されています。クローノンは、都市化が自然を「他者」として扱い、自然を異質で制御すべき対象とみなす文化的態度を形成したと主張しています。

この考え方を差別の観点で見れば、都市に適応した生活者は、無意識に自然を人間とは異質で、制御が難しいものと捉え、それを恐れや敬遠の対象とします。たとえば、都市では自然が管理され、公園や植物園など限られた場所で「安全な自然」として体験されます。一方で、都市の外に広がる手つかずの自然や野生動物は「危険」や「不快」として見なされる傾向があり、このような態度は無意識的な差別の一形態と考えることができます。

3. 都市における社会的・経済的階層化と差別

都市環境はまた、経済的・社会的な階層が顕著に現れる場所でもあります。地理学者デヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey)は都市の発展と階層化の問題について広く議論しており、都市空間の開発がどのように社会的不平等を拡大するかを論じています。彼の主張によれば、都市空間の中で富裕層と貧困層の居住エリアはしばしば明確に分かれており、これによって社会的階層の違いが固定化され、無意識の差別が強化される可能性があります。

都市に適応するためには、競争や効率が重要な要素となり、それに伴い「成功」や「豊かさ」といった社会的評価基準が形成されます。こうした基準に基づいて、無意識に他者を評価し、階層化する行動が起こります。都市化が進むにつれて、富裕層が中心部に住み、貧困層が周辺部に追いやられるといった都市の階層化現象は、物理的な距離だけでなく、社会的な距離も広げることになります。このようにして、都市における経済的な格差や不平等が、無意識的な差別を助長しているのです。

4. 都市生活のスピードと効率重視がもたらす差別

都市生活の特徴として、効率やスピードが重要視される点があります。社会学者リチャード・セネット(Richard Sennett)は、都市における時間と効率の重視が、人々の人間関係や社会的なつながりにどのような影響を与えるかについて詳しく論じています。都市では、効率的に生活し、仕事をこなすことが高く評価され、逆にゆっくりとしたペースや効率的でない行動は批判されることがあります。この効率優先の価値観が、無意識に他者を「劣ったもの」や「障害」として見る態度を強化する可能性があります。

たとえば、都市では歩行者が歩道で急いで歩くのが一般的ですが、遅いペースで歩く人々に対してイライラしたり、批判的な感情を抱くことがあります。こうした状況は、効率やスピードを重視する都市文化の中で無意識に差別的な態度を強化している一例です。

5. 無意識の差別を克服するために

都市化が進む現代社会において、無意識のうちに行われる差別的な態度や行動を見直すことは重要です。環境心理学者は、人間と自然の関係を回復し、自然との調和を取り戻すことが都市住民の精神的な健康やウェルビーイングに貢献することを指摘しています。また、社会学者のマヌエル・カステル(Manuel Castells)は、都市が持つ社会的ネットワークや文化的多様性の力を活用することで、差別や不平等を克服できる可能性があると主張しています。

一方で、都市に住む私たちが自然や他者に対して抱く無意識の差別を認識し、それを解消するためには、まずその無意識的な態度に気づくことが必要です。都市生活の中で、自分がどのような価値観や行動パターンに基づいて他者や環境を捉えているのかを自己認識することが、差別を克服するための第一歩となります。

結論

都市化と差別の問題は、私たちの社会における深刻な課題であり、無意識のうちに他者や自然を区別し排除する行動は、都市生活の中でますます強化される傾向があります。しかし、この無意識の差別を意識化し、都市と自然、人と人との新たな関係性を築くための取り組みは、より公平で包括的な社会を目指す上で不可欠です。

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