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「ワクチン神話 捏造の歴史」 ①  第17章

「ワクチン神話 捏造の歴史」要点抜粋
医療と政治の権威が創った幻想の崩壊 
 
ロマン・ビストリアニク、スザンヌ・ハンフリーズ 著
神 瞳 訳
坪内 俊憲 監修
 
 
【既にこの本の序文や著者によるまえがきなどを投稿済みであるが、それだけでは十分にこの本の著者が意図した「ワクチンの詐欺」が伝わらないと思い直し、時間がかかるが要点・抜粋してみることにした。私はこの本は約2週間前に読了しています。
 
今回。要点・抜粋でもかなりの量になるので、出来るだけ簡潔にするために各章の順番を変えて見ましたのでご了承いただきたい。この本の主題から少し離れる項目は説明だけにします。
 
読み終わって、今回の新型コロナワクチン神話も過去のワクチン神話も台本は同じです。同じ作者が?書いているからかもしれません。まず恐怖心を植え込み、それでは解決策はありますよ、と言って誘い込むのです。感情的に流されやすい人たちは、完全にいとも簡単に詐欺にあいました。そして未だにワクチンが救ってくれると信じています。これは既に宗教です。
 
マスクも同様、マスク教の信者が暑い中マスクをして外にも屋内にもウイルスがいると信じ込まされて、救われる者は信じなさい、という言葉を信じている。病院は言わばこの宗教の教会です。入場する時は必ずマスクをする。信者でなくとも強制です。

ここには医学という科学はない。ウイルスの大きさがマスクの不織布の穴の50分の1であるという事実は隠されている。0.1マイクロメータと5マイクロメータの大きさを比較できない。幼稚園児に「どっちが大きい?」という絵本があるがそのレベルにも恐怖心故に達しない】。

 
 
第17章 信仰と恐怖
 
劣った人間が常に感じているのは恐怖である—未知のもの、複雑な現象、説明ができないもの対する恐怖である。こういった人間が最も求めるものは安全である。
ヘンリー・ルイス・メンケン(1880~1956年 アメリカの評論家 ジャーナリスト)
 
 特に自分で数字を操っている時に、数字というのは誤解しやすいものだと感じる。数字に関して、ディズレイリが言ったとされる発言が正しく強力に適用される気がする。「世界には三種類の嘘がある。嘘、ひどい嘘、そして統計だ」
マーク・トウェイン(1835~1910年 アメリカの作家)

ワクチン接種やジフテリア血清が有効だという主張にはほんの僅かな真実さえも存在しない。統計にのみその主張が表されている。統計は嘘のかたまりで、二種類の嘘がが含まれている。慎重に作り上げられた嘘と馬鹿馬鹿しい嘘だ。私は、一部分の真実が何とか含まれるように医療統計を裏で操る作業を長く続け過ぎた。
F・N ・サイツ、メガノセラピー専門家、1908年
 
 非常に多くの場合、真実の最大の敵は、よく練られ計画された不誠実な嘘ではない。本当の敵は、永続的で説得力があり非現実的な神話なのである。信仰をすれば不愉快になるが、神話を信じれば、心地よく意見を受け入れることが出来る
ジョン・F・ケネディ(1917~1963年)
 
 
 
 
 
 
信仰と恐怖は心理に強大な影響を与える。不幸なことにピラミッドの頂点に存在する権力者たちがこれらの人類の弱みを利用しているために、この世界の姿が形成されてしまった。
 
人々は世界が危険な場所だと信じ込まされている。そして小さな地域社会にいる人は物事を知らないが、多くの知識を持つ政府と大きな組織のみが人々を守る手段を提供できるのだ、と信じるように誘導されている。

それから規則と制限が決められていく。これらが正しいと信じる人々は、自分自身の能力を信頼できなくなり、思考と決断を他者にゆだねるようになる。

 
医師たちもこの現象の例外ではない。医療従事者たちは自分で考えることをやめ、その代わりに、その時々の政治的な影響を受けた教科書や諮問委員会や慣習のままに行動する。
 
医学校・医学部では医師たちは人間の身体をランダムにミスが発生する容器だと見なすように教え込まれる。その容器を外科手術、抗生物質、降圧剤、抗ヒスタミン剤、抗炎症剤、そして他の医療行為に差し出すのが当然だと思い込まされる。この考え方が過去100年以上の間広がり続けた。

当然のごとく、医療の専門家たちは、人々にに対し、人間の身体は間違いや逸脱が設定されているので、身体を治すのに頼れるのは医師免許を持った者しかいないと思い込まさせるようにしてきた。

 
19世紀の終わりにチャールズ・クレイトン博士はブリタニカ百科事典に包括的な報告書を記した。彼が書いたワクチンの項目には、当時医療界が推奨していた施術に関する詳しい内容が含まれ、多くの深刻な問題点を指摘している。

エドワード・ジェンナーの発見の歴史、ワクチン接種のリスク、ワクチン接種と再接種の効果、ワクチン法制を含めた様々な側面からの批評が記されていた。

 
彼が書いた項目には、ワクチン接種後に丹毒という皮膚病で亡くなった人の数多くのデータの表が含まれていたが、ワクチン接種に利益があることは示されていない。

1903年の版ではこの項目の記事はそのままであったが、すべての表は削除されてしまった。

 
1922年までに、クレイトン博士が書いたワクチンの項目は完全に削除され新しい項目、「ワクチン療法」に差し替えられた。この項目は短いものでエドワード・ジェンナーによる最初の天然痘ワクチンに言及しているだけであった。
 
天然痘ワクチンにより免疫が得られれると書いてあり、万一ワクチン接種済みの人が天然痘に罹っても「軽い」症状で済むと書いてあった。

項目の残りの部分は、ワクチン療法の様々な施術方法を論じており、今後もっと多くの施術方法が開発され病気と闘うための重要な道具として認識されるだろうと結論付けている。

 
正しいと証明された歴史的な文書がイデオロギーと神話に置き換えられてしまったのだ。
 
消された歴史的事実は以下の通りである。
ワクチンを放棄したにもかかわらず天然痘を制御することに成功し驚愕すべきレスター市の歴史
*ワクチン接種に関連する病気とそれが原因の死者数の記録
*天然痘ワクチン接種率が低下したにも関わらず、天然痘が軽い病気に変化したという事実
*ワクチン接種によって手足口病が広まったこと
*リンゴ酢が天然痘の予防と治療に有効であること

これらの事実は、主流の医療界がますます権力をふるうにつれて全て踏みにじられていった。

 
大衆や医師たちに配布される新しい文献は殆んどが「ジェンナーの偉大な発見」に関する神話である。

ここから「危険なウイルス・細菌」と「命を救うワクチン」という考えが医療界と一般社会に支配的になって行った。

 
病気を予防するためには、ワクチン接種が最も効果的な手段であるという考え方は、一般大衆の頭の中に首尾よく埋め込まれた。次に1895年のジフテリアの抗毒素、そして、1920年に始まったジフテリアワクチン接種が続いて行く。
 
その後、資金が投下され、激しく熱狂的に他の病気に対するワクチンの開発研究が大量に行われた。

驚くべきことではないが、1900年以降、誘発ポリオ{無症状ポリオの人がポリオワクチンによって麻痺する症状}が増加していたが、同時に多くのワクチンと医療行為が筋肉注射によって行われていた。

 
以下はニュージーランドで1911年終わりに用いられていたワクチン一覧である。
【一覧はカット、36種類のワクチンがありました】。
 
前記のリストは奇妙に思われるかも知れないが、米国でも似たような種類のまやかしが起こっていたのである。1972年の上院公聴会議事録には認可を受けて市場に出回っていた32の「無価値なワクチン」の詳細が記されている。

「ほぼ無価値で有害でさえあり得る」とされたワクチンにかかった費用は「天文学的」と概算された。その中には20年も市場

に出回っていたワクチンもあった。【リストは省略】。
 
ワクチン接種はその端緒から有効性が誇大広告されることによって推進されて来たため、しょっちゅう最初の約束が反故にされた。どんな問題も災厄も大衆からは隠蔽されるだけ隠蔽されてきた。【今回の新型コロナワクチンも
 95%の有効率であったが。。。】。

20世紀初頭、感染症分野の地位の高い専門家であるチャールズ・シリル・オケル博士は数多くの論文を様々な医学雑誌に発表している。かれは猩紅熱菌毒を自分自身に投与して開発の先鞭をつけた。若くして1939年に亡くなったが、その直前、最後の論文を仕上げた。
 
これは実際のところ、今際の際の告白であった。その論文の中で、彼はワクチン接種の有効性をひどく歪曲していたことやミスの数々を隠ぺいしていたことを記した。

。。。。集団ワクチン接種はほとんど宗教的ともいえる情熱をもって行われた。ワクチンへの情熱をたぎらせる者は、接種が終了するのはいつか、或いはプロパガンダの手法をもって大衆に約束したことは、いったいいつ実現するのか、立ち止まって考えたりはしなかった。プロパガンダがなければ勿論大規模接種は不可能である。しかし、宣伝文句と科学的事実を混同することはどれ程危険なことだろうか。
 
私たちが大胆にも(分かりやすい簡単な言葉で)真実の全体を伝えたとしたら、大衆がワクチン接種を受け入れるかどうか疑わしい。。。事故とミスが起こることは不可避であるが、それらが発生した時には、後の良い教訓として活かせるはずなのに、通常無かったことにされ、或いは認識されないようにごまかされる。
 
ここ数年のワクチン接種に関わる事故を詳しく知る立場の者は知っている。何が失敗の原因なのか、真実で突き止めるには諜報機関のような組織の助けが必要だということを」。
 
 ある病気のワクチンが開発された後では、その病気の深刻度が増す傾向にある。

例えば、はしかと水疱瘡は、子供時代に罹るよくある病気とされていたが、それはワクチンが使用されるまでのことである。その後、はしかの合併症の懸念が議論の前面に出てきた。

 
はしかの危険性が報道されて恐怖が満ち、ほとんどの人がすぐに自分の責任で考えることや決断することをやめた。人々はワクチンという小さなリスクを受け入れることで、はしかに罹って合併症になるという大きなリスクを避けることが出来ると考えたのだ。
 
信仰と恐怖が入り混じり、大多数の人々がワクチン義務化を従順に受け入れ続けることになった。はしかと水疱瘡が普通の病気で無害な子供時代の病気だと知っている親たちからの抗議の声が上がっても結局は抑圧された。
 
今も昔も、ワクチン接種への反対意見は、科学を理解していない人々のものであり、そういう人々の無謀さのせいでもっと病気が蔓延して死者が増えるとされてきた。

2011年の「ワクチン運動の真実―死に至る選択(原題はDeadly Choices:How the Anti-Vaccine Movement Threatens Us All) いう著者の中で、ポール・オフィット博士は自分がエドワード・ジェンナーと最初のワクチンをどれほど信じているかについて述べている。

 
1796年、ジェンナーは地球上から天然痘を駆逐することになるワクチンを発明した。。。

1898年、イギリス政府は最終的にあきらめて、良心的拒否法を通し、怒った市民たちをなだめた。人々はワクチン接種をしたくない場合はしなくてよくなった。

1年以内に政府は20万以上の良心的拒否の許可証を発行した。1890年代末までに、ワクチン接種率は激減した。レスター市では80%の赤ん坊は接種をしていなかった。。。。反ワクチン勢力が勝利した。。。

結果としてイングランドはヨーロッパにおける天然痘流行と天然痘による死者の中心地になった。イングランドの反ワクチン活動家にとって選択の自由は、その選択により死亡することの自由となった。【今回は接種者にとって最後の行の言葉が当てはまる】。

 
欠けているのは上記の記述を裏付ける証拠である。彼の主張を裏付けるデータもグラフも示されていないが、彼の主張は他の医師たちの信仰に影響を与えている。

オフィットは単にイングランドが19世紀終わりに「ヨーロッパにおける天然痘流行と天然痘による死者の中心地」となったのみ述べている。

オフィットが感染症の専門家であり、だからこそ、ワクチン接種の歴史の専門家であるという考えから、読者はその主張を裏付ける証拠を要求しないのである。

 1850年代に「非標準治療の内科医、非正統的な医学理論の提唱者」がワクチン接種に対抗した。ワクチンの使用は減少し、天然痘は1870年代に目立った流行を起こすようになった。
 
このような主張は、歴史的な文献にも証拠がない信仰を大衆に植え付ける。

イングランドのレスター市を含む世界中の多くの地域で、ワクチン接種率は19世紀を通じて高かった。イングランド、マサチューセッツ州、シカゴ、その他の地域における厳しい法律により90%以上という極端に高いワクチン接種率が維持された。

それにもかかわらず、何度も天然痘の流行が発生し、1872年の大流行で頂点を迎えた。この時はワクチン接種率が高い地域を含む世界中の地域で数多くの死者が出た。

 
17.1のグラフではワクチン接種率が高くなると殆んどの場合、それと同期して天然痘による」死者が増えることに注目して欲しい。この事実は主流の医学で信じられていることとは反対である。

 


17.1

1880年代までにワクチン接種率はレスター市だけでなくイングランド全体でも低下した。当時の主流の考え方とは反対に、その後60年間レスター市のワクチン接種の代わりとなった天然痘対処法は効果的に実施され流行を防いだ。
 
医学界の中にはワクチン接種義務化の失敗がほとんど大衆に注目されてこなかったことに胸を撫でおろしている者がいる。その代わりに新しいワクチンに目が向けられてきたのである。
 
私たちはワクチン接種義務が何となく消え去って行くのが良いと思うし、人々が調査を要求するほど関心を持っていないことに胸をなでおろしている。
 
ワクチン後遺症で恐ろしい丹毒のように皮膚病に罹って死亡した者や牛痘の影響による死者は公的に記録されているが、決して言及されない。黄疸と梅毒も腕から腕へのワクチン接種によって広がったのである。
 
天然痘ワクチン接種は決して疑われることのない信仰装置として数十年機能して来た。ほとんど熟考されることなく、妥当性に異議を唱えられることは決してない。

ジェンナーの発明に言及する歴史書の大半は証拠を示すことなく、或いはほんのわずかな証拠らしきものを示しただけで、素晴らしく有益なものだと結論付ける。

反ワクチン運動に言及する歴史書もあるが、常に愚かで教育のない抗議者が確立された科学的手法に反対している書き方をされる。

 
実際には、信仰とは反対の事実が示されている。グラフ17.2ワクチン接種率がイングランドで低下するにつれ、天然痘による死者も減少した。

17.2

ポール・オフィットは著書にこうも書いている。百日咳ワクチンが使用される前は、毎年百日咳で亡くなる人が、7000人いたが、ワクチン導入後は30人ほどの死者になった。医学誌ペアドリックスに掲載された1988年の論文にも同様の不正確な主張がなされている。

次の表は1926年から1930年の5年間とそこから15年後の1946年から1950年の5年間の公的な統計である。1940年代終わりに百日咳ワクチンが導入された頃までに全体の平均死者数は7000人ではなく1200人に減少している。

百日咳死者数

さらにここ15年間の間に人口が25%増加している。数字を補正して死亡率を出すことが重要である。10万人当たりの死者数はこの間に85%減少したことがわかる。

百日咳で死ぬ確率は1万5625人に1人から12万5000人に1人に劇的に減った。この変化が起こったのはワクチンが使用される前なのである。

 
また多くのワクチンの熱心な推進者は抗生物質が感染者数と死亡率の低下に貢献していると主張する。

しかし百日咳の死亡率は、抗生物質が米国で使用されるずっと前の1920年代から減少を始めている。1920年代からのデータを調査すると百日咳による死亡率は継続的に低下している。(グラフ17.3)。

 

17.3

全般的な死亡率が百日咳ワクチンのプログラムが始まった後に有意に変化しているかどうかを見極めることは難しい。同じデータを拡大した表に表すと、1940年から1970年にかけても同様の継続的な死亡率の低下が示される。(グラフ17.4)。

17.4

もし百日咳ワクチンが全般的な死者数の減少に重要な役割を果たしているなら、ワクチン接種直後に注目をひく死亡率の急減が見られるはずである。しかし、何の影響も観察できない。

「百日咳ワクチンのおかげで子供の死者は毎年30人以下になった」という主張は公的データからは証明できない。明らかに天然痘と同様に、他の要因が百日咳を致死率の高い病気から軽い病気に変えたのである。

 
1970年代にイングランドでの百日咳ワクチン接種率は急激に低下した。

もしワクチン接種によって死亡率が減少するなら、接種率が低下することによって死亡数は大きく増加するはずなのだが、データからは死亡数の極端な増加は観察できない。

 
1984年の研究論文には「百日咳ワクチンに対する恐怖からワクチン接種率が劇的に低下した。そのせいで百日咳の症例報告数が大きく増加したが、死者数は増えなかった、、、」と認めている。
 
百日咳ワクチンを接種しなかったら毎年7000人の百日咳による死者が出るという予測は現実世界には全く何の証拠もない。

DTPワクチン【三種混合―ジフテリア、百日咳、破傷風】接種率も同様に減少したことにポール・オフィットは述べている。ワクチン接種率が減少するにつれて、深刻な流行が起こり百日咳による死者が増加するだろうと信じられていた。

 
1976年から1980年にかけての5年間(表のグレー部分)、ワクチン接種率は最低だった。

 公的な統計を用いると、これらの年における死者数は35となり、オフィット主張の中で用いられた数字とほぼ同じになる。その前の5年間、1971年から1975年にかけての死者数(枠線が点線の部分)は、ワクチン接種率が高かったにも関わらず、死者数の合計は55人であり、オフィットの言う「近代の歴史において最もひどい百日咳の流行」があった時期の1.5倍の死者数なのである。
 

百日咳死者数とDTPワクチン接種率

1974年はワクチン接種率がピークに近い77%を記録しているが、この年の死者数は接種率が31%だった1978年とほぼ同じである。

さらに注目すべきは、一番高い接種率の78%を記録した1971年の死者数26人は、最低の接種率31%の年、1978年12人の2倍以上である。

 
1940年からのデータを精査すると、1957年に百日咳ワクチンがイングランドに導入される17年前に、既に死者数の下落が傾向が明らかに始まっている(グラフ17.5)

17.5

百日咳による死者は100年以上も減少を続けてきていたし、ワクチン接種率によって何の影響も見られない。公的ななデータは百日咳ワクチンによって死者数が激減したとのオフィットの宣言と矛盾している。
 
はしかの歴史的なデータを同様に解釈したものが1980年のアメリカン・ジャーナル・オブ・パブリックヘルス誌に掲載されている。著者たちは以下のように述べている。

②に続く
 

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