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感じることはわかること(1) [2021.6.8改訂]

2021ガイダンス改訂210715.001

今回と次回は、第3章 感じることはわかること を読んでいきます。今回の授業で取り上げるアフォーダンスシグニフィア、次回のメンタルモデルマジカルナンバー情報の外化など、「わかりやすさ」「使いやすさ」を考えるにあたって重要な理論がたくさん出てきます。
注: "Signifier" の日本語訳に、シグニフィア、シグニファイアのふたつの日本語表記(読み)がありますが、以下では引用元の書籍の記述にそろえて両方の記述を用います。「心を動かすデザインの秘密」ではシグニフィアを使っています。
[修正] 「シグニフィア」の表記をノーマンの著書の表記にならって「シグニファイア」に統一しました。(2021.7.15)

14. 目を奪われる注意と知覚のプロセス

示差性

まず、注意示差性について理解しましょう。日常の中で、意識しなくてもつい見てしまう経験や、情報が目に入ってしまうということはないでしょうか?このようなものやことに意識が集中してしまうことを「注意」といいます。

人間が注意を向ける特質を一言で言い表すと、「他と違う」と知覚できることです。この他と違う性質を「視差性(distinctiveness)」といいます。私たちは視差性を手がかりに注意を引き付けられているのです。
(心を動かすデザインの秘密 p094)

図3-01 示差性と注意の関係 を見てみましょう。この図では円の大きさが示差性となっています。大きくすることで目立たせたり、逆に小さい方に目が行ったりします。ふだんの課題制作でも意図的におこなっているのではないでしょうか? 人間が注意を向けてしまう特質を理解すると、注意をひきつけるようにデザインしたり、その逆に無用に注意をひきつけないようにすることもできます。

示差性を高めて注意を引きつけようとするあまりかえって差がわからなくなる例として「選挙ポスター」が取り上げられています(p095, 図3-02 選挙のポスター)。写真1は、前回の東京都知事選挙(2020年6月)のために都内某所に掲出されたポスターです。「示差性」という観点でみるとどうでしょうか?

画像1

写真1:東京都知事選挙ポスター掲示場(2020年6月、都内にて筆者撮影。特定の候補者や政党を応援・推奨する意図はありません。)

次の写真は飲料の自動販売機ですが、このように2台並んで設置されていました。飲料のパッケージデザインはそれぞれ特徴がありますが、自販機に並んだ場合の「示差性」はどうでしょう? スーパーマーケットやコンビニエンスストアの陳列棚でも、これと同じような後景を見ることができます。飲料以外の陳列棚はどうなっているでしょう?買い物の時にぜひ眺めてみてください。

ポスター掲示板と飲料自販機のふたつの例を見てわかるように、「目を引く」こととそれが優れたポスターやパッケージかという「デザインの質」はまた別の話です。このことは、示差性をデザインに応用する場合の難しさも示しています。

自販機

写真2:飲料の自動販売機。(2020年7月都内にて筆者撮影。特定のメーカーや個別の商品を推奨する意図はありません。)

●考えてみましょう

なにかをデザインしたり、大学の課題を制作するために、みなさんが意識して(あるいは無意識に)使っている「示差性」にはどんなものがあるでしょう? 教科書にある点滅や色などの例(p094-095)のほかに、どんな要素があるでしょう? これまでの課題制作や作品の中で示差性をうまく使ったものにはどんな作品がありますか?

15. 「そうさせられてしまう」アフォーダンスとシグニファイア

アフォーダンス(Affordance)

この講義ノートを読んでいるみなさんは、いま「どこに」座っているでしょうか。椅子でしょうか?床やクッションの上でしょうか? それとも「それ以外の何か」でしょうか?
図3-03 さまざまな「腰掛け」の形(p099)を見てみましょう。日常生活の中で、「椅子ではないものに腰掛ける」ことは、案外たくさんあるのではないでしょうか。ではなぜ「椅子ではないものに腰掛ける、あるいは、腰掛けてしまう」のでしょう?

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公園の柵

写真3,4:散歩の途中に撮った写真。噴水の外周(上)と公園入口の柵(下)

1枚目めの写真は噴水の外周を囲っている石材です。ベンチにしては固くて座りにくそうですが座ることを想定して作られているようにも見えます。わざわざ[SOCIAL DISTANCE](距離を取る)の注意書きが貼ってあるということはここに座る人がいるのでしょう(見た時には実際に何人か座っていました)。2枚目は公園の入口にある金属パイプ製の柵です。自転車などが進入しないように、あるいは子供の道路への飛び出しを防ぐために設置されたものでしょうか。どう見ても座るためには作られていませんが(座りにくそうです)、ここに腰掛けたくなることもあります。

このような、つい座ってしまう、座らされてしまう、ということには「アフォーダンス」という認知の理論が関係しています。
椅子や平らなほどよい面を認識して座ろうとする時に、その対象(椅子や平らな面)は「座ることをアフォードする」という言い方をします。もし疲れていなければ座りたいと思わないかもしれませんし、大人と子供では座れると思う高さや条件が変わりますので、誰もが常にそこに座ろうとするわけではありません。

ギブソン と ノーマン

アフォーダンスは、認知心理学者の J.J.ギブソン(Gibson, J. J.)が、生態心理学という研究領域の中で提唱した理論です。その後、D.Aノーマン(Norman, D. A.)が「誰のためのデザイン?」(日本語版 初版,1988)で、わかりやすさや人間の行動の特性と関連付けて紹介したことで、デザイナーにも広く知られるようになりました。

ギブソンによればアフォーダンスとは、環境を知覚するのに必要な情報は環境(私たちの身の回りの世界)によって提供されるものであり、記憶や推論の助けなしに直接知覚され、環境は動物に対してその相互の関係の中で特定の知覚を引き起こすようになっているというものです。
(心を動かすデザインの秘密 p098)

重要な点は、「アフォーダンス」は個人と環境の間に生まれる相互作用によって生まれるという点です。アフォーダンスを、色や形のようにモノが持っている固有の特性と誤解する人が多いのですが、相互作用(関係性)から生じるものです。

 ノーマンは「誰のためのデザイン?」の中で、それまでの美しさ中心のデザインを批判し、わかりやすさや使いやすさがデザインにとって重要であると述べています。その中で「アフォーダンス」という考え方を様々な事例をあげて紹介し、わかりやすく使いやすい人工物のデザインへの応用をすすめています。(p101参照)

図3-04 アフォーダンス(シグニファイア)を考慮したドアのデザイン を見てください。押す側のドアには平らなプレートが付いていて、引く側のドアには引き手が付いています。このようにデザインすることで、ひとは知らず知らずのうちに間違えることなく引くのか押すのかがわかり、自然にドアを開け閉めできるというわけです。
身近な例をあげると、多摩美八王子図書館の1階出入り口のドアは、これと同じように「プレートと引き手」が対になっています。外から入る時には縦長の引き手を引いてドアを開け出る時には縦長のプレートを押してドアを開けます。ドアには他所でよく見かける[押][引]の文字板は付いていません。図書館に行く機会があったら確認してみてください。

八王子図書館

図書館引き手

写真5:多摩美術大学八王子図書館(筆者撮影),2枚目はドア部分の拡大

画像が粗いのですが引き手がついているのがわかるでしょうか? ドアの反対側(内側)は押すためのプレートです。(こちらの記事にドアの引き手がよくわかる写真がありますので参考にどうぞ。)

では、こちらのマンションのドアはどうでしょう? 写真左が部屋の外側で、バーを引いて手前に開けます。写真右は室内で、このバーの中ほどを押すとロックが外れてドアが外側に開きます。外から押して開けるタイプのマンションのドアはあまりないので、日常生活では押す/引くを間違えることはほぼありませんが、ご覧のとおり見かけは似通っています。内側のバー(写真右)は「引くことをアフォード」していますが実際は押して開けます。この形状でよいでしょうか? よく見ると少しバーが浮いているので「押し込むことをアフォードしている」と無理やり言えなくもありませんが、これは「引くこと」を強くアフォードする形ですね。

ドア

写真6:マンションドアの取っ手(外側と内側)(筆者撮影)

シグニファイア(Signifier)

ノーマンが紹介した「アフォーダンス」の考え方は、認知科学の知見を応用してわかりやすさや使いやすさを実現するという点で、インタフェースデザインの分野に大きく貢献しました。しかし、もともとのギブソンの理論(生態心理学)が難解な上に、モノの属性ではなく関係性であるアフォーダンスは、デザイナーにとってはコントロールしにくいものでもありました。ギブソンのアフォーダンス理論と、デザイナーが意図を持って設計する人工物のデザインにはやや相性がわるい点もあり、ノーマンは後に「シグニファイア」という新たな概念を導入します(p103参照)。

ノーマンは著書複雑さとともに暮らす(日本語版, 2011)の中で、社会的シグニファイアの章を設けてその中で以下のように説明をしています。

「シグニファイア」はある種のインジケーターであり、物理的、社会的世界で我々が意味あるものとして解釈できるシグナルである。意図的シグニファイアは意図を持って作られ、配置される。偶発的シグニファイアは世界の中での活動やできごとに付随する偶然の副産物である。社会的シグニファイアは他の人の行動の結果から起こる。デザイナーは適切な使い方を助けるためにシグニファイアを慎重に配置するのである。
(複雑さとともに暮らす,D.A.ノーマン p99-100)

ノーマンは、シグニファイアは、「知覚されたアフォーダンス」であり、理解のための「手がかり」であると述べています。
2015年に出版された「誰のためのデザイン 増補・改訂版」ではさらにそれを進めて第1章で様々な例をあげながらアフォーダンスとシグニファイアについて詳しく説明しています。以下にその一部を引用します。興味を持った人はこちらの本もぜひ手に取ってみてください。

人には、使いたいと思っている製品やサービスを理解するための何らかの方法と、それが何のためのものか、何が起こっているのか、他にとりうる行動は何かを示す何らかのサインが必要である。人は、うまく処理したり理解する助けになる手がかり、何らかのサインを探す。重要なのは、意味のある情報を指し示すサインである。デザイナーはこの手がかりを提供しなければならない。人が必要とし、デザイナーが提供しなければならないのはシグニファイアである。良いデザインには、何にもまして、使う人に対する、機器の目的、構造、操作についての良いコミニケーションが要求される。これがシグニファイアの役割である。
(誰のためのデザイン? 増補・改定版,p19)

●探してみましょう

みなさんの身の回りにある「シグニファイア」にはどんなものがあるでしょう? 例にあがっているトイレのサイン(p104)のほかには何が思いつくでしょう? また、デザイナーは、その「シグニフィア」を、どのような意図でデザインしたと思いますか?もしも、先ほどのマンションのような仕組みのドアが公共空間に設置され、多くのはじめて利用する人たちがドアを開閉するとしたら、あなたはドアの使いやすさを改善するためにどのようなシグニファイア(手がかり)をデザインしますか?

まとめ

注意、示差性、アフォーダンス、シグニファイアなどについて学んできました。これらの認知の理論をデザインにどう応用し反映させていくかは、認知科学の研究者ではなくデザイナーが担う役割です。これから大学の課題やインターンシップなどでウェブデザインやスマホアプリのUIデザインなどに取り組む際には、ぜひ思い出して応用してみましょう。またこれらの概念や用語を正しく理解して使えるようになると自身のデザインの意図やデザインの理由を説明することができます。作品のプレゼンテーションにも役立つと思います。

参考リンク・参考図書

「生態学的視覚論」J.J.ギブソン

日本生態心理学会
生態心理学に関するブックリストもあります)

「誰のためのデザイン? 増補・改訂版」 D.A.ノーマン

「複雑さと共に暮らす」D.A.ノーマン

jnd.org (Don Norman)

「新版 アフォーダンス 岩波科学ライブラリー」佐々木正人

佐々木正人:日本認知科学会 フェロー(東京大学名誉教授, 多摩美術大学美術学部統合デザイン学科 客員教授)