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美大で認知科学を学ぶ理由 [2020.5.19]

はじめに

例年教室で対面で行なっている授業が今年度はオンラインでの開講になりました。こちらの講義ノートを使い、GoogleClassroom(以下Classroom)と併用しつつ授業を進めていきます。

講師自己紹介

まず、担当する教員の自己紹介をします。情報デザインコースの吉橋です。よろしくお願いします。情報デザイン学科が設立した年に多摩美に着任しました。専門は、サービスデザインUXデザイン、UIデザインです。現在は、デザイン経営や、医療とデザインの連携などに興味があり、共同研究や他大学での授業などもおこなっています。情報デザインコースでは、3年次の演習「サービスデザイン」などを担当しています。

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授業の概要

第1回は授業の概要と認知科学という学問分野について説明していきます。まず授業の概要です。スライドはシラバスからの抜粋になります。(campus squareにてシラバス参照のこと)
この授業は情報デザイン学科の専門講義科目として開講されています。情報デザイン学科の「専門家」になるための必要な内容を学んでいくことが講義の目的です。

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授業の副題に UIUXデザインのための基礎理論 とあるように、UIデザイン/UXデザインを専門にする仕事に就く場合には、認知科学や認知心理学の「理論」は必ず必要になるものです。この授業を通じてそれらの専門知識を身に付けてください。

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また、情報デザインが専門でなくとも(他学科のひと)、人間の認知の仕組みを学ぶことによって、その他のデザインやアートに応用することができます。UIUXデザイナーは目指さないというひとは、自分の専門分野と照らし合わせながら「人間の認知の仕組み」を学んでいくとよいと思います。(例えば、人間の認知の仕組みを学び、意図的に「わかりにくくする」ことが芸術表現に活かせるかもしれませんね。)

授業の進めかたと学びかた

授業はシラバスのスケジュールに沿って進めていきます(Classroomで配布した資料を参照してください)。それぞれのトピックに対して、解説や話題提供をしていきますので、関連する内容を検索したり、リンク先の情報を読んだり、必要に応じて本を読むなどして、自分の興味にしたがって学びを深めていくと良いでしょう。提出課題がある場合は、Classroomにてその都度お知らせします。

また、シラバスに載せた本以外にも専門書を紹介することがあると思いますが「すべて読みなさい」と言うことではありません。大学の専門課程では、授業を起点(きっかけ)にして自分自身でより学びを深めていくことが大切です。将来この分野で仕事をしたい人や興味を持った人は、自分から進んで専門書を手に取り勉強してみることをおすすめします。
この講義は「暗記科目」ではありませんので、専門用語をすべて覚える必要はありません。授業で取り上げるものは基本的な概念が多くなりますが、言葉や意味を知っていれば、自身のデザインを説明するときやプレゼンテーションなどにそれらを使って話すことができます。理解して記憶の隅にとどめておき、必要に応じて調べられる(どこを調べればよいか知っている)ことが大事です。

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授業の前半(6月16日まで)は、いきなり認知の「理論」を勉強せずに、その前にまず世の中にあるユーザー・インタフェースのいろいろな「事例」を見ていきます。後半は、教科書(シラバスにて指定:「心を動かすデザインの秘密」)を読みながら、認知の理論を学んでいきます。
教科書の著者は金沢美術工芸大学の荷方邦夫先生です。認知心理学、教育心理学がご専門です。美大の学生にもわかりやすく、読みやすく書かれているので、初学者の教科書として適していると思います。

後半の理論編では、前半で見た事例がどのように理論と関連付いているか、また自分がウェブやアプリをデザインするとしたらどのようにUIデザインを考えていけばいいのかを考えます。前半の事例と後半の理論を結びつけていくと理解が深まると同時に、課題制作でのUIUXの完成度が上がっていくと思います。

認知科学 と デザイン

認知科学は、「心理学、コンピュータ科学(人工知能)、言語学、人類学、神経科学、哲学を巻き込んだ学際科学として発展」しました(「認知的インタフェース」p23)。
人間の認知と思考(知ること、考えること)を扱う学問分野で、様々な研究が行われ、多くの知見が蓄積されています。

認知科学というのは、人間を中心とする脳を持つ動物の心の働きを内側から解明しようとする科学です。外側から解明するというのは、対象の物理的な構造やその機能に注目した、解剖学や神経科学的立場ですが、内側から解明するというのは言語や外界の表象(脳内に作られた外界のモデル)などをその対象にするということです。
認知科学とは? - 中島秀之 -(日本認知科学会)より

「美しさ」はデザインにとって大切な要素ですが、使いやすさやわかりやすさはセンスや直感だけでは実現することが難しい領域です。人間の認知(知ること)や思考(考えること)などの理論を学ぶことで、それらをもとに使いやすくわかりやすいデザインを実現することができます。

UIデザイナーの役割

みなさんがユーザとして利用している様々なウェブサイトやアプリ、システムなどは、それらを提供する側では、ウェブデザイナーやUIデザイナー、UXデザイナーなど専門のデザイナーが関わっています。使いやすいものも使いにくいものも「誰かがデザインしている」のです。

最近では、IT分野をはじめとして、UIデザインやUXデザインを重視する会社がどんどん増えています。みなさんのスマホに入っているアプリを眺めてみてください。ダウンロードしたアプリの使い方がよくわからなかったらすぐに削除してしまうのではないでしょうか?どんなに機能が優れたサービスでも、使い方がわからなければ継続して利用してもらうことはできません。そのことに気づいた企業は、UIデザインやUXデザインに力を入れています。

リンク先は、産学共同研究でお世話になったこともある、デザイン会社Goodpatchです。デジタルプロダクトのUIUXデザインを数多く手掛けており、デザイナーが良いUIデザインの実現のために様々な取り組みを重ねています。

また、NECでは、セブン銀行との協働で「次世代ATM端末」のUIUXデザインなどを手掛けています。すでに新型が店舗に導入されていますので利用した人もいるのではないでしょうか?多くのひとが使うATMのような端末では、初めてのひとでも戸惑うことがないよう、試作やテストを重ねながらUIの検討が行われています。
このほかにも多くの会社が、ユーザーにとって使いやすくわかりやすい、ウェブやアプリ、サービスのデザインに取り組んでいます。

美術大学でデザインを勉強しているみなさんは、社会に出てデザイナーとして製品やウェブ、アプリなどをデザインする立場になることがあります。自分がデザインしたウェブサイトやアプリが、使いにくいわかりにくいと言う理由でユーザーから見向きもされなかったらどうでしょうか?デザインを依頼してくれたクライアントにも売り上げが落ちる、お客さんが離れるなどの損害が生じることになります。

身近にある製品やアプリなどを自分だったらどのように「デザイン」するか?を考えながら、この講義で理論や考え方を学んでもらえればと思います。学んだことは、ぜひ課題制作に結びつけてもらえるとうれしいです。

配布資料について(Classroomより配布)

「認知の科学」(「認知的インタフェース」より)
認知科学という学問分野の解説です。ざっと読んでみてください。ただし専門用語が多いので難解だと思います。すべて理解できなくてかまいませんので、様々な分野が重なるところに生まれた学問分野であることが理解できればよいと思います。

参考文献

シラバスに記載されている参考文献を紹介します。これらは購入の必要はありません。大学図書館で借りられるので(宅配貸出も始まりました)、興味を持った人は手に取ってみてください。
一部、電子書籍でも購入できるものがあります。

「モバイルフロンティア」:2013年発行のため、事例は少し古くなっているものがあります。

「エモーショナル・デザイン」:「誰のためのデザイン?」を書いたノーマンが、その後、情動とデザインについて取り上げた本です。後半の理論編で「デザインの3レベル」を学びます。

「【新版】UI GRAPHICS」:UIデザインの事例とデザインの考え方が述べられています。

「はじめてのUIデザイン 改訂版」:最近、改訂版が出ました(電子書籍のみ)。UIデザインの一線で活躍するデザイナーがUIデザインの初心者向けに書いたテキストです。

「誰のためのデザイン?増補・改訂版」:著者は認知科学者のD.Aノーマンです。初版はこの分野のバイブル的な本で、長い間、デザインを学ぶ学生やプロの間で読み継がれています。

「認知的インタフェース―コンピュータとの知的つきあい方 (ワードマップ) 」:むかしこの授業で教科書に使っていましたが、すでに絶版となっています(出版社のサイトにも載っていませんでした)。1991年の本で事例は古すぎて参考になりませんが、認知の理論をやさしく解説しているバートがありますので授業で一部紹介します。

●考えてみましょう

1.いままで利用したウェブサイトやスマホのアプリの中で、よかったものはなんでしょう?それを使い続けている理由はなんですか?ウェブやアプリ以外でも使いやすいツールや機器はありますか?

2.逆に、すぐに見るのをやめてしまったサイトや、削除してしまったアプリ、使わなくなった機器などにはどのようなものがありましたか?使わなくなった理由はなんでしょうか?それらは、どのように改善したらもっとよくなると思いますか?

3.使いやすいウェブサイトやアプリに共通していることはありますか?それはどんなことでしょう?友人や家族も同じ意見でしょうか?


では、今週はこのへんで。
初回ですので配布資料が多くなっていますが、ゆっくり目を通して学習計画の参考にしてください。質問その他、Classroomで対応していきます。

おまけ

昨年、対面でインタラクティブに行った授業(学生の発表あり)の様子。