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認知的インタフェースの科学とその周辺[2021.5.25改訂]

2021ガイダンス120413.025

○配布資料について(google Classroomにて配布済)

難解な専門用語や概念がたくさん含まれていますが、全てを理解する必要はありません(無理です)。この講義ノートで取り上げたものを中心に参考として読んでください。

はじめに

前回までの事例編に続き今回から理論編に入ります。理論だけに偏らず事例を交えながら、認知の理論とデザインの関わりをみていくことにします。
今日は、「認知的インタフェース―コンピュータとの知的つきあい方」 (海保博之・黒須 正明・原田 悦子 著, 1991, 新曜社)をもとに学んでいきます(配布資料を参照)。
認知科学の様々な専門用語が出てきますが、すべてを完ぺきに理解する必要はありませんし定義を丸暗記する必要もありません。初回でも説明しましたが認知の理論を学ぶ目的は、理論の概要を理解してデザインへの応用のしかたを知ることです。
もちろん、より深く知りたくなった概念や分野についてはそれぞれの専門書を読んでみることをおすすめします(はじめは入門書を手に取るとよいでしょう)。

2021ガイダンス改訂210524.001

9. 記号

高度情報社会と言われるいまの時代、私たちの周りは様々な「記号」であふれています。最初にその「記号」に注目し、その特性について学んでいきます。
記号について辞書には以下のような説明があります。

社会習慣的な約束によって、一定の内容を表すために用いられる文字・符号・標章などの総称。言語も記号の一つと考えられる。広く交通信号などから、象徴的なものまでを含む。また、文字と区別して特に符号類をいうこともある。しるし。符号。「元素記号」「音声記号」
(デジタル大辞林 小学館)goo辞書より

みなさんの身の回りを見渡してみてください。見える範囲にどのような記号があるでしょうか?
言語(ことば)は典型的な記号ですがそれ以外の「記号」について、「認知的インタフェース」では以下の4つをあげています。いずれもデザインに関わりが深いものです。

シグナル(信号)
サイン(符号)
アイコン(類像、図像)
シンボル(象徴)
「認知的インタフェース」(p11-12)

シグナル(信号)は、交通信号機の「赤→止まれ」のように行為を指示します。条件反射で反応するような記号です。
サイン(符号)は、数学の符号(+−×÷など)のように、指示を簡略化したり一般化したものです。
アイコン(類像、図像)はモノの形や機能の特徴を強調・簡略化したものです。(パソコン画面に並ぶいわゆる「アイコン」よりも広い意味です)
シンボル(象徴)
は、ものごとに意味を付与します。概念を形にしたものです。

たとえば、みなさんよく知っている多摩美のマークは、この4つの中では「シンボル」と考えられます。「美」を象ったものですが次のような意図・意味が込められています。

シンボルマークは、杉浦非水の羊の頭をシンボライズした校章『美』の原型を変容させている。上下二本のラインが『自由』と『意力』で、五十嵐威暢がデザインしたものである。
多摩美術大学ウェブサイト 沿革より

多摩美ロゴ2

▶デザインにどう生かすか?

視覚的な「記号」のすべてがこの4つに厳密に分けられるわけではなく重なる部分もありますので、既存の記号を正確に分類することは目的ではありません。
大事なことは、自分がこれからデザインしようとしているものがこれらの「どの記号に該当するのか?」ということを正しく理解することです。たとえば、シンボルのデザインを依頼されているのにアイコンとして描いたら情報は正しく伝わりません。シグナルのように理屈抜きで伝えたい情報についてはシンボルのような深い意味を持たせる表現は適切ではないでしょう。
様々な「記号」の特徴とその働きを理解したうえで、それを使い分けながら表現に生かすことによって見るひとに情報を適切に伝えるデザインが可能になります。

[参考]
記号を専門的に扱う学問領域に「記号論」があります。図書館にも関連する本がありますので、興味を持ったひとは読んでみてください。

10. 道具、機械、そしてコンピュータ

道具的システムから知的システムへ
次に道具や機械の進化とヒトとの関係について見ていきます。以下の図は「認知的インタフェース」の図I-5 道具,機械の進化 です。左側に時代、その隣にヒト(ユーザー)、右側には道具や機械の進化の様子が描かれています。

ラスムッセンの図

「認知的インタフェース」(p15)図I-5 道具,機械の進化

ヒトと道具、機械の関わり
石器時代には、ヒトはたとえば木の棒で高いところの果実を落とすなど物や役畜などを使って対象にはたらきかけていました。
次に、ヒトは道具を作るようになります。自然にあるものをそのまま使うのではなく、「道具」として加工しそれを使うことによって対象に対して様々なはたらきかけが可能になりました。
産業革命の時代には蒸気機関の発明により、機械の力で対象にはたらきかけるようになります。道具を自分が操ることからさらに進んで、(エネルギーを供給して)機械が自動で対象にはたらきかけることが可能になりました。
さらに、情報革命が起きると、機械は情報によって制御されるようになります。コンピュータが機械を制御する世界です。
いちばん下は、ヒトが操作するコンピュータと機械を制御するコンピュータがつながります。さらにネットワークでコンピュータ同士が繋がり、ヒトがいる場所とは離れた場所で複雑な処理を行なえるようになりました。
さらにいまはここにAI(人工知能)が関わるようになり、ヒトの様々な操作や判断をサポートしたり代行したりするようになってきています。

ヒトと対象との乖離
この図を見てわかることは、時代と共に「ヒトと対象との距離がどんどん離れていっている」ということです。棒で枝を叩いて木の実を落としていた時には、行為の結果はすぐ目の前で落ちた木の実を見て確認することができました。それに対して、途中にコンピューターやネットワークが介在した複雑なシステムでは、たとえば自分が押したボタンがネットワークの先の「自分からは見えない」場所で、いったいどんな結果をもたらしているのかが実感しにくくなっています。

▶デザインにどう生かすか?

このようなヒトと対象との乖離について、ユーザーインターフェースをデザインするデザイナーはよく理解しておく必要があります。
目の前の人に肉声で話しかければ相づちや答えが返ってきて、話し手の意図が伝わったかどうかわかります。電子機器(道具)が介在したコミュニケーションではどうでしょう? スマホを手にLINEでメッセージを送ればたとえ相手が目の前にいなくとも(海外にいても)既読が付いてメッセージが届いたことがわかり、返信も文字でなくともスタンプですぐ返すことができます。この場合の「既読通知」や「スタンプ」は、相手の姿が見えないことを補うインタフェースとして「デザインされている」と考えられます。
当然ながら世の中にはもっと複雑で大きなシステムがありインタフェースのデザインが必要です。そのような場合には、ユーザーと対象とがどのくらい「離れて」いるかを把握し、リアルな距離と認知的な距離の両方について考えながら、適切なユーザーインタフェースをデザインしていく必要があります。

11. インタフェースとコンピュータと

Interface:接する面
英語の Interface という語には、境界面、接点などの意味があります。この講義で使う場合のインタフェースは、もちろんユーザー・インタフェースのことですが「ユーザーと機器やシステムが接する面」という意味です。

第一接面 と 第二接面
この項では、ユーザーと道具の関係を見る際のひとつの理論(考え方)を紹介します。「第一接面・第二接面」佐伯胖による)という理論です。
キーボードやマウス、タッチパネルの画面などが第一接面、その操作の結果が及ぶ現実世界(物理的世界)が第二接面です。

第一接面とは、人が機械と接する面である。本書で問題とするインタフェースがこれである。しかし、機械が対象とふれるところにも、明らかにもう一つの接面が存在する。これが第二接面である(図I-6)。
「認知的インタフェース」(p19)

佐伯の図

「認知的インタフェース」(p19)図I-6 ユーザーと道具・機械と対象と

例題:「ボタン」をデザインする
では、第一接面・第二接面について、具体的なデザインの例を使って考えてみましょう。

問い:あなたは、クライアント(依頼主)から、ある「押しボタン」(以下、ボタン)のデザインを依頼されました。どのようにデザインしますか?
【考えてから下へ]


押しボタン単独

このような「ボタン」でいいでしょうか? 押しやすそうですね。サイズはひとさし指でちょうど押しやすいくらいにしましょう。これが第一接面のデザインです。依頼主が満足してくれ良いインタフェースデザインをしました。(ホントに?)

ところで、このボタンを押すと、いったい何が起きるのでしょうか?

押しボタンを押したら何が

ケースA: 
実はボタンはライトのON/OFFに使うものでした。ボタンを押すと点灯しもう一回押すと消灯します。

押しボタンを押したら点灯

離れたところにあるライトを点灯させるためのボタンとしては使用には特に問題なさそうです。(これが必要なのかというツッコミはさておき)
ボタンを押すという第一接面での操作によって、第二接面でライトが点灯するという結果を確認できます。

では、別のケースです。

押しボタンを押したらミサイル

ケースB:
実はボタンはロケットの発射ボタンでした。ボタンを押すとロケットが発射されます。ボタンを押すという第一接面での操作によって、第二接面ではロケットのエンジンに点火して打ち上げが行われます(物理的世界での結果)。

さて、ここで考えなければいけないことがあります。ロケットの発射ボタンはこの形のように「押しやすく」していいのでしょうか? かんたんに押せると準備が整わないうちに誤って押してしまうかもしれません。もし点火のタイミングを誤って発射が失敗したら金銭的な損失は膨大です。少なくとも、図のようなボタンのデザインではいろいろ問題がありそうです。
(ロケットをミサイルに置き換えるとさらに緊迫感が増します。問題がありそうどころではありませんね。)

▶デザインにどう生かすか?

第一接面と第二接面の議論から、単にユーザーの目の前にあるアプリ画面や操作ボタンを見やすく使いやすくしただけでは充分ではない、ということがわかります。ユーザーの操作がその先で結果として何をもたらすのか、やや大げさに言えば社会で何が起こるのかということを理解した上で、第一接面である操作部分のインタフェースをデザインする必要があるのです。第二接面を無視して第一接面だけを整えても、それだけではよいインタフェースデザインとは言えません。
また場合によっては、第二接面について考えた結果、デザインの根本から(そもそもそのユーザーが操作して良いのか?など)考えなければいけないことも出てくるかもしれません。

●考えてみましょう

あなたが使っているアプリや機器、ツールについて「第一接面」と「第二接面」がなにか(どこか)?を考えてみましょう。その第一接面のインタフェースデザインは、第二接面のことを考慮したデザインになっているでしょうか? なっていないとしたらそれはなぜでしょう?
また、あなたならそのデザインを(第一接面と第二接面の理論を使って)どのように修正しますか?

[エピソード]

僕(吉橋)は、1990年代の初めに多摩美術大学大学院で、まさにこの「第一接面・第二接面」をテーマに修士の研究に取り組んでいました。当時はまだインタフェースデザインといえば、第一接面の使いやすさ(たとえばGUI)に焦点をあてたものが多く、佐伯胖先生の様々な論考は示唆に富むものでした。論文を読んで「第二接面とはなにか?!」と研究室で連日議論を交わしていたのを覚えています。第一接面・第二接面の意味を解釈すると同時に、そのデザインへの適用について実験的なプロトタイプを交えて修士論文を書きましたが、いまとなっては、なんと初歩的なレベルに止まっていたのかと思います(遠い目)。

まとめ

ヒトと道具、機械、コンピュータとの関係や、距離の乖離について学んできました。また、インタフェース(接するところ)の理論のひとつとして、第一接面・第二接面という概念を取り上げました。
これらの概念や理論を知ることによって、ユーザー・インタフェースのデザインについて、より深く考え、アイデアを検討し、具体的なデザイン案を出すことができるようになります。理論は決して万能ではありませんが、単に自分の感覚やセンスから、あるいはユーザーテストの結果からだけでなく、認知の様々な理論を参照しながらそれをデザインに生かす方法を身に付けてください。