海の底
わたしには何もなかった
本当に何もなかった
唸り声を上げることが唯一出来るだけのけものだった
それがいつしかことばなんてものを手に入れて
けれども使い方が分からずに
先に嘘の吐き方を覚えた
それはけものの吼きだった
どうしようもないわたしが
何もないながらものたうち回ってみせた痕跡だった
この先に何も遺らないだろうと人は言うけれど
それが何だと言うのだろう
わたしは嘘を吐けるようになった
今まで出来ないことが出来るようになった
ことばは
未だ難しいけれど
それでもけものが
人間のふりを出来るようになったのだ
それはきっと
何もなかったわたしにとって暗闇だったのだと思う
目を瞑っても許される
あたたかな暗闇だった