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吸血鬼ハンターDについて書く
去年末に神保町シアターで「バンパイアハンターD(Vampire Hunter D: Bloodlust)」を観てきました。自分は原作小説の“吸血鬼ハンターD”を読み始めてハマったのがつい2、3年前と新しい読者のため、このタイミングで上映されたら見に行かない手はありませんでした。その縁もあり、今回は吸血鬼ハンターDについて書きます。
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吸血鬼ハンターDの世界観
“吸血鬼ハンターD”はファンタジーというよりSF作品だ。「吸血鬼もの」と聞くと伝承や逸話が濃い20世紀以前の時代背景を想像しそうだが、“吸血鬼ハンターD”の世界は西暦12090年の超未来。吸血鬼が地球を支配し、人間は食料同然に扱われている。また、作中では吸血鬼は地球外生命体(OSB:アウタース・ペース・ビーイング)と地球の覇権を巡って戦争までしている。
OSBは「遊星からの物体X」に登場する異星生物がモデルだと思う。他生物を吸収して姿をコピーできる点や、取り込んだ生物の記憶まで受け継ぐ性質はまさに「遊星からの物体X」だ。
作中、吸血鬼は人間よりヒエラルキーが高い存在で「貴族」と呼ばれる。貴族は不死性や再生能力など吸血鬼特性に加えて、科学技術を駆使して高度な文明を築いている。貴族が生物工学によって創り出した魔獣や邪神(!)も多数登場する。
“D”は吸血鬼と人間の間に生まれたダンピール。貴族に反旗を翻した人間の依頼を受け、貴族を狩る孤高の吸血鬼ハンターだ。美形でめちゃくちゃ強い。無口だが左手の人面瘡はよく喋る。
吸血鬼ハンターDの魅力
吸血鬼ハンターDを初めて読んだのは3年前くらい。年末に帰省した際、たまたま地元の本屋で見つけたのが「D-ひねくれた貴公子」だ。
自分は元々クトゥルー神話が好きで、その繋がりで著者の名前を知っていたため目に留まった(菊地秀行さんは「妖神グルメ」「邪神金融道」などクトゥルー神話系の小説も多数執筆されている)。
購入して読んでみると、これが面白い。まず、"D"と敵貴族の戦術の奇想天外さに驚いた。前述のとおり作中の世界は超未来であるため、様々な未来的ガジェットが登場する。衛星軌道上や冥王星からの狙撃を得意とする敵や星間転送装置によって戦場が一瞬で火星に移り変わるなど、1場面ごとに予測不能な展開が次々と繰り広げられる。そのため、読んでいて飽きることがなく一気に読み進めてしまう。
もう一つの魅力は、登場キャラクターに人間味があることだ。人間のキャラクターはもちろんのこと、吸血鬼のキャラクターにも人間味を感じてしまう。ここで言う「人間味」とは、ある種の苦悩や生きづらさを抱えて藻掻く様だ。
人間たちは反旗を翻したと言え、依然貴族に支配され続けている。一方の吸血鬼も永遠の生命に退廃し、繁栄の全盛期から徐々に下っている印象を受ける。貴族の中には永遠の生命に嫌気がさし、邪神を召喚して地球上の生命ごと貴族も滅ぶ計画を遂行するものまで現れる(“神祖”によって阻止され、邪神は封印された)。つまり、支配する側もされる側も苦悩を抱えている点では同じなのだ。
そこに人間でもあり、貴族でもある(またはどちらでもない)“D”が登場する。作中で“D”の苦悩は書かれない。何が起きても動じず淡々と処理するような、達観した精神の持ち主のような印象を受ける。このように書くと“D”はまるで苦悩を知らない機械のように見えるが、それは間違いだ。“D”は人間にも貴族にも属せないため孤独だが、出会った他者を常に受け入れている。他者を否定も肯定もせず、導く訳でもなくただ受け入れる。そのため、"D”は人情味のあるキャラクターに映るはずだ。
一方、読者としては“D”を通して彼の苦悩を感じずにはいられない。“D”にとっては地球の覇権が貴族のものであったも人間のものであったもどちらにせよ喜ばしいと言えないのではないか。“D”はどちらにも属さず貴族を狩るしかない。映画「Vampire Hunter D: Bloodlust」でもそのようなセリフがあった。
クトゥルー神話との関係性
吸血鬼ハンターDはクトゥルー神話と関係がある。Dの世界にクトゥルー神話の邪神が存在することは「貴族グレイランサー」で語られている。
そもそも、なぜDの世界に邪神が存在するのかというと以下である。
貴族が生物工学によって魔獣や妖物を創り地球を魔窟にしたことで、太古から地球で眠っていた邪神が活動し始めたのだ。
「D-邪神砦」にはその名も“クルル”という触手を持つ邪神が登場する(おそらくクトゥルー)。また、「貴族グレイランサー」では映画「Vampire Hunter D: Bloodlust」で“D”と死闘を繰り広げた貴族マイエルリンクが”風の邪神イタカ”と対峙する(!)。
作中では地水火風を司る神が甦ったとされているため、今後ニャルラトホテプやクトゥグアも登場するかもしれない。
最後に
今回は「吸血鬼ハンターD」について個人的な思いを書きました。
この記事を書いているとき、ちょうどDの新刊情報を見つけました。
菊地秀行さんの作品は他にも面白い本がたくさんあるので、「妖神グルメ」や「魔王伝」なども書きたいと思います。